ロスバゲ家族|世界一不運な仕立て屋による50代からのしあわせな人生の繕い方
その日私たちは、世界一不運な家族となった。
考えてもみてほしい。せっかくの結婚25周年を祝うニュージーランド家族旅行のしょっぱなで、ロストバゲージ(ロスバゲ)に遭ってしまったのだから。泣くよね。
飛行機に預けた家族4人分の荷物が消えた。確率でいえばものすごい不運を、我が家が独占してしまったのだ!

荷物の中には、この日のために作ったウェディングドレスと家族の衣装、25年前にNZの教会で交換した結婚指輪が入っている。もちろん着替えのパンツも靴下も、お気に入りの一軍コスメたちも。
嘘でしょ、お願い嘘だと言って。
記念撮影は、あさって。いったいどうすれば?

「やっぱり年齢がねえ」と言われて
40代後半で大学、50代で大学院に入り、仕事と家事と学業を両立しながら資格と修士を取った。なんて、ひとことでは書ききれないくらい努力してきた。
せっかく資格を取ったので、それを活かせる求人へ挑戦していたのだけど、まあ落ちる落ちる、みごとに全落ちだった。それでも気持ちを奮い立たせて挑戦は続けた。
でもさすがにこれはキツかったなあ。不採用の理由として、
「やっぱり年齢が…ねぇ」
と年上の男性に面と向かって言われたのだ。それ言うかなこの令和の時代に。ちょっとどうなん? とは思ったけれど、ショックのあまりヘラヘラ笑ってしまった。そんな自分にも嫌気がさし、悔しくて泣けてきた。
鏡を見た。なんだか急に老けて見える。「50代ってつまらん」と、ため息をついた。自己肯定感は地に落ちすぎて南半球まで届きそうだ。
しかしため息をついた直後に私はニヤリとした。だって気がついたのだ。地球はまるい。落ちるだけ落ちたら逆に地上に出られるってことに。地に落ちて2秒後、私はものすごいスピードで地球を貫通し、南半球に到達した。こうなったら南十字星を見てやる。ああでもせっかく南半球に行くなら結婚式を挙げたニュージーランドにしよう。
いまに見ておれ。私は50代を楽しく生きぬいてやる。「年齢がねぇ」って言われたことも、ネタにして本にしてやる。そしてその本を、いつかあなたの職場に寄贈してやるんだ。そう思ったら急にワクワクしてきた。
それで私はニュージーランドの教会で「25年目のウェディングドレス」を着ることにしたってわけ。何で急にドレス着るのかっていうと、私がウェディングドレスの仕立て屋だからです。これがほんとの自作自演。

50代を生きぬくために
くしくも今年は私たちの結婚25周年イヤーだ。せっかくなら夫、社会人の息子、大学生の娘といっしょにNZへ行きたい。家族に提案したら全員一致の「おもろいやん」で、決定。おもろさへの瞬発力よ。
私たちが結婚式を挙げたのは、NZのテカポ湖のほとりにたたずむ「Church of the Good Shepherd(グッド・シェパード教会)」という教会だ。近年「世界一美しい星空の見える教会」としてバズって観光客が増え、結婚式を挙げることができなくなったらしい。がっかり。写真を撮ることさえ大変そう。でもやっぱり遠くからでもいいから、あの湖の青と石造りの教会をバックに家族で写真を撮りたい。それならプロに撮影をお願いしようと、現地のウェディング会社のHPを見てみた。

HPには若い新郎新婦の画像ばかり。美しいお二人が湖を前に寄り添ったり、手を繋いだり、腰に手を回して体を寄せ合ったりしている。ルピナスの咲くお花畑をあははうふふと駆け回り、「つ〜かまえた」「キャ」なんて見つめあっている。
やっぱ無理。
あの日の「やっぱり年齢がねぇ」という言葉が、まるで呪いのように脳内再生される。
うじうじ悩んでいたら、ビジネスオーナーのK子さんご夫妻が結婚30周年を記念して日本で撮影された、振袖と袴姿のお写真が送られてきた。とっても素敵だった。そうだよね、私たちはいくつになっても振袖やドレスを着ていい。いくつになっても「きれい」はうれしい。それが決め手となり、撮影をお願いすることにした。
もしかしたら私たちの写真も、いつか誰かの背中を押すかもしれない。そう考えるとこれはただの思い出旅行や記念撮影なんかじゃない。50代をワクワクして生きぬくためのものなんだ。
1、準備は裏切らない、たぶん
日記
旅日記は半年前から始めた。羊の国NZにちなんで、ひつじちゃんノート。

貯金
まずは半年前から節約と貯金。目標があるときの貯金は得意。貯金ゼロから80万円貯めて息子をイギリスに連れて行ったこともある。貯金額や節約方法も日記に記録。

ドレスをきれいに着るための表情筋トレーニング
表情筋を鍛えると笑顔がつくりやすいし、姿勢を正し、胸を開くと前向きになれる。
その結果がこれ。すごくない?

食物
娘に食物アレルギーがあるためキッチン付きの宿をとり、食品を持ち込む。NZは食品の持ち込みに厳しいので、税関申告用リストを作成した。

英会話
「私たち結婚記念日なんです」という例文をつくってひつじちゃんノートにまとめる。

そんなことより「旅のトラブル例文集」作っとけよ。準備の方向を完全に間違えてる。
こんなに準備、がんばったのに…ねえ。
サバイバルメモ:準備は必ず役に立つ。ただし、思ってもみなかった所で。
さて私にはもうひとつ、とても大切な準備があった。「自分のドレスを作る」という重大なミッションだ。
ドレス製作
まずは手持ちのドレスを試着し、50代に似合うスタイルを模索する。着ていてテンション上がり、私らしいものがいい。それに今までの仕事の集大成にもしたい。だったらやっぱりリメイクだ。
以前作ったドレスを仕立て直し、今までのドレスの端切れを再利用してリメイクすることにした。

艶やかなシルクサテンやふわふわのシフォンを重ねてギャザーを縫う。生地に触れ、ミシンの前に座るとうきうきする。

ひんやりとした生地に指先が触れると、ドレスの記憶がフッと蘇る。緑が見える。そうかあれは森の中の結婚式だった。シルクの光沢が新緑に映えていた。

繊細なレース、柔らかなジョーゼット、ハリのあるシルク。指先がひとつひとつのドレスの物語を記憶している。

それぞれの端切れを大切に使いたくて、思ったより手間と時間がかかってしまった。でもその過程で、今までのドレスの物語を振り返ることができた。25年前も、そうやって出発ギリギリまでドレスを作っていた。あのとき自分のために作ったドレスから、今の仕事が始まったのだ。
大変なこともあったけど、よくがんばってきたなあ。作ってきたドレスの、ひとつひとつが愛おしい。
花嫁さまたち、どうか力を貸してね。
2、記録せよ、書き出せ。
出発前夜、めずらしく夫が、
「結婚指輪も入れとかなあかんのちゃう?」
と言いだした。普段は二人とも指輪をはめていない。夫は夫で浮かれていたんだろう。(フラグ?)

出発当日は雨。「なんか遅延してるっぽい」と関西空港で合流予定の息子から連絡。嫌な予感。
関空からは経由地で乗り継ぎ、オークランド空港へ。そこでいったん荷物を受け取り、クライストチャーチまで行く予定だ。

経由地での乗り継ぎ時間はたったの1時間半。なのに遅延ってヤバくないか。気持ちがざわざわする。
「遅延してるみたいよ」と夫にいうと、
「オレ別にええもん、仕事休めるし」と、他人事だ。
「え? ホテルとかレンタカーとかぜんぶ手配し直さなあかんでしょ」
「オニ(息子)がおるやん。なんたって外大卒やで」とそしらぬ顔。
なんつう他力本願な。安定の次男坊ムーブかましてくる。
チェックインすると、夫のパスポート番号とNZeTA(電子入国申請)番号が違うという。申請時の読み取りミスだ。もお〜。スタッフがあちこちに電話をかけてくれ、なんとかなった。4個のスーツケースを預け、ひとまずほっとする。
薬局で機内用にパック7枚入りを買う。娘は探していたコップ付き歯ブラシセットを機内用に買っていた。私たちは数時間後、この買い物に感謝することになる。
機内ではなぜか私の席だけモニターが消えないという不可解な現象が起きた。遅延・パスポート不備・モニター故障…今思えばフラグが立ちすぎてる。
そんな時こそ、日記帳だ。私が好きな「無人島サバイバルもの」では紙とペンを持つ者が強かった。まず、起こったことと不安をすべて記録せよ。その上で、今できることを書き出すんだ。

私と息子の長子チームは「ヤバいかもな」とあれこれ考えている。一方、夫と娘の末っ子チームは、夫が機内に持ち込んだブランケットにくるまってスヤスヤ寝ている。息子はボソッと呟く。
「いやこれオレら間に合ってもさ、荷物ついてこれへんとかない?」
ドキッとする。まさかね。
結果的に私たちは乗り継ぎには間に合った。
でも、荷物は、
ついてこれへんかった。
サバイバルメモ:深刻なときほど、隣に「他人事」な人がいた方がいい。
3、とりあえず笑っとこ
NZオークランド空港。私たちの荷物は出てこなかった。
ロスト・バゲージだ。

嘘でしょ。ドレスと指輪はよ?
あんなにがんばってドレス作ったのに!!
バゲージ窓口の係員は、必要事項を聞いてペラっと紛失証明書を発行しただけだった。荷物の状況はいつわかるのかと食い下がっても、係員は無愛想に「ディスタイム」とだけ繰り返す。デスタイムってまさか…死の時間…?
そのとき息子がポツリと言った。
「俺らまだ飛行機乗らなあかんよな。時間やばいんちゃう?」
忘れてた!
「死の時間」を宣告され動揺してる場合じゃない。まだ乗り継ぎがあった。パニックになると私はいつもこう。息子が気づいてくれなきゃ終わってた。航空会社のアプリを開けようにも、焦って手が震え、パスワードが打てない。
「焦りすぎてて草」「ここにきて老眼」と子ども達。
もうそんなこと今言わないでよ、と半泣きになりながら急いで税関に並ぶ。税関のお姉さんに事前に用意していた食品リストを見せると、
「パーフェクト! ラブリー!」
と褒められた。うううれしい。このイギリス英語圏の「ラブリー」は、「最高」「いいね」を表すスーパー褒め言葉だ。えーん、ここに来てはじめて褒められた。ここまでトラブル続きで、自己肯定感はベコベコだった。だからうれしくて泣きそうになった。Have a nice day! と税関を走り抜け、国内線ターミナルへと急ぐ。
先頭を走っていた夫がくるっと振り返り、「みんなこっち向いて〜」とおもむろにスマホを向ける。こんなときにもう!

って思いながらも、
みんな笑ってるし。なんならピースしてるし。なんつうお気楽家族。

そういえば夫は、私が必死になってムキーってなってるときに、フッと力を抜かせてくれる天才だった。それは膝カックンするような力の抜かせ方なんだけど、焦りんぼの私には有効な手段だった。
赤ちゃんだった息子がギャン泣きした時、泣きやますどころか息子の口に手を当て「あわわわわ」とふざけたり、じたばたする手を取ってバスの運転手に見立て「バスでしゅよー」と言ってみたり。
娘の給食アレルギー対応を学校がしてくれなくなった時も「めっちゃいい弁当箱買おうぜ! 」と想像のナナメ上の提案をしてくる。ちっとも解決しないんだけど、笑ってしまう。
走りながら娘が、「なんか旅の醍醐味ってかんじ〜!」と笑う。それならまあいいか。とりあえず笑っとこ。
ギリギリで搭乗し、機内で出てきた紅茶をひとくち飲む。
ふう。
で、紅茶は美味しいんかい。
サバイバルメモ:とりあえずお茶でも飲んで笑っとこ。
4、今あるものでなんとかする
ようやくホテルに到着した。

部屋はメゾネットタイプ。一階がキッチンとリビング、二階にふたつの寝室があり、なんとバスルームもふたつ! 最高。

「ああ、こんなに素敵なホテルなのにずっとスウェット!」
と娘は嘆く。どうせホテルで寝るだけだからと、よりによってスウェットパンツで来てしまったのだ。
そう、私たちは着の身着のまま。これはもう、サバイバルだ。今あるものでなんとかしないといけない。
夫が機内に持ち込んだ災害時用ブランケットはボタンをとめてポンチョにし、部屋着として使用した。化粧品は空港で買ったパックの絞り汁と、旅慣れた息子が機内に持ち込んだクリーム、日焼け止めをみんなで使った。歯ブラシは奇跡的に全員が機内持ち込みにしていた。
私は小説やドラマなどの「無人島もの」が大好きで、常に「どうやって生存するか」を考えて生きてきた。無人島では「今あるものでなんとかする」「今のうちに今できることを」というのが鉄則だ。洗濯物は、洗えるうちに洗っておこう。(そこ?)
今夜は全員ノーパンで寝ることにして服を洗濯した。

テーブルには、ワインが用意されていた。添えられたカードには「25周年おめでとうございます」とある。そうだった。結婚記念例文をひつじちゃんノートに書きとめたついでにホテルにもメッセージしていたのだ。私、ラブリー!

いろいろあっただけに、ジーンとうれしい。さんざんな一日だったけど、なんだかんだ楽しかったような気もする。私は焦りちぎり倒していたけど、家族はみんな「なんかたのしー」と笑ってて救われた。

娘はこの日のBeRealに「ロスバゲしたけどハッピー家族」と投稿したそうだ。どんな家族だ。
シャワーを浴びてさっぱりし、みんなパンツをはかずに寝た。

翌朝、私たちはふかふかのパンツで1日をスタートできた。
洗いたてのパンツって、なんてしあわせなんだろう!
サバイバルメモ:「あるものでなんとかする」は、実はクリエイティブ。
5、「好き」と「得意」を使う
翌朝。

この日はK子さんと打ち合わせのあと、市内を観光し、レンタカーでテカポに移動する予定だった。でもこうなった以上、航空会社の連絡を待ちながら、代替の衣装を用意することに。K子さんに「明日の撮影は決行でお願いします」と伝えたら、覚悟が決まってさっぱりした。
「前向きなご家族でよかったです」
ええ、それだけがとりえなもので。
それに衣装のことだったらなんとかなる。だって私は「服の人」。先月からスーツケース破損、遅延、パスポート不備、モニター地獄、ロスバゲ、と世界一不運な仕立て屋だけど、服ならば。
いやでもよく考えたら逆にすごくないか? 先月スーツケース破損、今月ロスバゲだよ。もはやネタ。帰国後友人に話したら「逆にズルい」って笑われた。
でもやはり私、「服」に関しては強運の持ち主だった。
まずは家族お揃いのTシャツを探す。色を「白」に統一し、ウェディング感とチーム感を出す。
最初のお土産やさんでいきなり白Tシャツを見つけ、すぐにレジに持っていこうとして「もうちょい考えたら」と家族に止められる。お前らわかってねえな海外仕入れの鉄則はいいと思ったらすぐ買えなんだよと思いつつも、いったんは引き下がる。しかし最終的にはやはりそのTシャツを購入した。仕入れはスピードが命。もはや完全に仕入れになっとる。


このTシャツのおかげですごくいいチーム写真が撮れた。(また後ほど)
リバーサイドマーケットへ。服を探しながらも、観光を楽しむことも忘れない。



男性チームはシャツを探す。ふらりと立ち寄った古着屋さんで、「これどう?」と娘が、いい感じのシャツを見つけてきた。

「ちょっとこれイヴ・サンローランじゃないの!」
「おと(夫)にどうかなと思って」

「これはオニにどう?」
「ディオール様が10ドルですって!? でかした!」


娘が10ドルのディオールを掘り当てる。「食物アレルギーで不自由があるぶん、着るものは自由に」そう伝えてきた娘への「服育」が、ここに来て活かされたのだ。ラブリー!

さあでも問題はその娘の服よ。


「わたしはずっとスウェットでかわいくない」
いくら前向きな娘でも、そりゃ凹む。早くなんとかしてやりたいが、身長152センチの娘には合うものが見つからない。
かつて子ども服の企画デザインをしていた私がふとひらめいて、試しにH&Mのキッズフロアでデニムパンツを試着してみたところ、驚くほどぴったりだった。丈感もシルエットも良い。まさにシンデレラフィット。
「一軍デニム手に入れてて草」と息子が笑う。
ああよかった。服がかわいいって大事だから。
家族と別行動で自分の服を探す。私の服は白一択だ。50代にうれしいレフ板効果もある。首尾よく白い綿のフリルブラウスと麻のスカートを見つけた。異素材でも白のトーンを合わせればいい。白は200色あるが、こちとら「白」のプロじゃい。
着画を家族LINEに送る。
「変?」
と送ると、
「変ちゃうな」
と息子から返信が来た。
違う。
そこは「かわいい」とか「めっちゃいいやん」じゃないのか?
ブラウスはかわいいけど、首とデコルテが隠れてしまい、顔が丸く見える。丸いんだけど。「やっぱり年齢が」に負けたくなくてがんばってきたのに。

やりきれない思いで「せっかくドレス作ったのにな」とLINE。
息子は「まあしゃあないす」と返信してきた。だーかーら。
後から気づいたことだけど、このとき夫と娘はWi-Fi未接続で、LINEを追えていなかったのだ。息子のリアクションに期待した私がバカだったわ。息子なんてそんなもんす。

ひと通り衣装が揃ったらもう夕方だった。航空会社からの連絡はない。あきらめてテカポに向かうことした。テカポまでは約3時間。夫と息子が交代しながら運転してくれる。頼りになる。

窓の外を見て「わー羊かわいいー」と娘がはしゃぐ。
荷物のことは不安だし、無くしたドレスのことを考えると悲しいけれど、もふもふの羊たちに癒される。いや、羊によろこぶ娘にか。それ察してあんなにはしゃいでいたのかもね。

ようやく到着した25年ぶりのテカポの町。真っ黒で何も見えなかったけれど星空がとてもきれいだった。南十字星も見えた。
夜遅く、ようやく航空会社からメールが届く。荷物は明日北島オークランドへ到着するという。ひとまずよかった。そこから南島に送って欲しいと返信。これで荷物はなんとかなるはず。いやなんとかしてくれ。

できることはやった。「得意」と「服運」をつかって衣装も調達した。ピンチのときこそ「好き」や「得意」を使って、自分を保ちながら、私たちはやっていくしかないみたいだ。大丈夫。「好き」を使えば生き抜ける。
それにしても長い長い、結婚記念日だった。
サバイバルメモ:顔まわりに白などの高明度の色を持ってくると映える。
6、楽しむことを優先した私たちえらい
翌朝カーテンを開け、テカポの美しい湖に息を飲んだ。

「外の景色見た? マジですげー」
と息子。
「そう、この景色を見せたかったんだよ」
ここが私たち家族が始まった場所。

今日は思い切り楽しもう。
ヘアメイクさんが来てくれて、メイクしてくれた。きれいにしてもらうのってやっぱりうれしい。

衣装に着替えたら、ちゃんとウェディングの雰囲気が出た。やっぱり白は特別。
カメラマンが到着し、フォトツアーに出かける。25年前もこんな快晴で、「Beautiful Day!」と声をかけられたことを思いだす。

風の音、鳥の鳴き声、ミルキーブルーと言われる湖の色。25年前と変わらない石造りの教会。

ふたりで撮影なんて久しぶりで恥ずかしかったけど、私たちには「25年」という年月がある。いろんなことがあった。仕事と育児の両立、子どもたちの病気や進路など、悩みはつきなかった。でも家族でなんだかんだ乗り越えてきた。
私はふと羊文学の歌詞を思い出した。
とっておきのドレスを纏って
ストーリーを味方につけるの
準備したドレスは届かなかった。でも今までのドレスたちの物語はちゃんと私の心の中にあって、力をくれている。花嫁さまたちがついている。家族のストーリーもある。私はそれらの物語をぜんぶ味方につけて、ここで笑っていればいい。
撮影中、ずっと笑ってた気がする。50代だからとか、歳なのに恥ずかしいとか、誰かを見返してやるだとかは、不思議と1ミリも考えなかった。ただただ楽しくて、うれしかった。
意外だったのは夫がノリノリだったこと。衣装も褒めてくれたし、あれだけ恥ずかしいって言ってた「あははうふふ」ショットもノリでつい。(やったんかーい)
では、あれから25年後、いきます。




この小さな教会の日本語の名前は、「善き羊飼いの教会」。
付き合う前の夫と初めていっしょに観た映画『英国式庭園殺人事件』の主題歌が、『羊飼いにまかせとけ』だったということは、結婚後に知った。

羊飼いにまかせといてよかった。こうして25年も経って、家族みんなでNZに来れたのだから。それがいちばんの奇跡。
「そういや撮影のときみんな笑ってたよね」
と言うと、
「旅行中ずっと笑ってたよ」
と娘。ほんと、私らずっと笑ってたなあ。荷物ないのに。

出来上がった写真を見ても、かえってこれで完璧だったと思える。白いブラウスも、10ドルのディオールも、お土産物屋のTシャツも。カジュアルな衣装のおかげで教会近くまで入れたし、チーム感も出せた。
それでいいのかもしれない。人生何があっても「かえってよかったかも」と言い合いながら、楽しく生きていたい。楽しんだもん勝ちよね。
本当は、予定を変更して直接かけあっていれば、早く解決したかもしれない。でも、私たちは、ちゃんと楽しむことを優先できた。

その夜の星空がすごかった。

夜、私は研究発表で行けなかったが、みんなは星空ツアーに出かけた。全員顔をキラッキラに輝かせ「何から話そ?」と興奮しながら帰ってきた。

その日は晴天の多いテカポでも特別に晴れた新月の夜で、天の川、南十字星、マゼラン星雲、オーロラがくっきり観れたそうだ。こんなの見たら、ロスバゲなんて笑っちゃうくらいちっぽけなことだよね。

宇宙のはるか遠くで生まれた光は、4年から35万年の年月をかけて、いま私たちに降り注いでいるらしい。
「もしかしたら、25年前の光も届いているかもね」と娘はいう。
うん、きっと届いている。
そんな奇跡が人知れず起こっていてもおかしくないような夜だった。
サバイバルメモ:星空を見たらどんな悩みも問題も、ちっぽけに思える。
7、人生はチーム戦
結局、旅行中に荷物が戻ってくることはなかった。
それでも娘は前向きだったし、夫も膝カックンするような形ではあるけれどむりやり場を和ませ、息子は航空会社と交渉してくれた。思わず「留学させてよかった」と夫と顔を見合わせたほどである。
私は…私は…焦ってばかりだったけど、「焦る人も必要なんじゃないかな」と娘が言ってくれた。
そうやって世代を超えて、チームで助け合った。
子どもがうんと小さい頃、病気の発作で入退院を繰り返していたとき、悩む私に夫は言った。「家族はチームだ。チームで乗り越えよう」と。ふっと気持ちが楽になったのを覚えている。私たち、ちゃんとやれたね。

スーツケースは、わたしたちが帰国したあとにひょっこり戻ってきた。

4つでワンチームになって。
サバイバルメモ:人生はチーム戦。誰にだって何かしらの役割がある。
世界一不運で宇宙一しあわせな人生の繕い方
今振り返ると、私が「やっぱり年齢が」と言われてショックだった理由。それは今までの努力や心を尽くしてきたことが「年齢」に一括りされ、なかったことにされていたのが哀しくて、やるせなかったのだと思う。
でも、今までやってきたこと、努力、出会った人、奇跡、それらはすべて私の大切な「物語」で、けっして失われることはないのだ。むしろそれは私たちを必ず助けてくれる。たとえほころんでしまっても、何度でも繕える。「物語」を糸で繕い、より善きものにするのが私の仕事じゃないか。だから私たちは、これからもたくさんの「物語」を武器に、楽しく生き抜いていけばいい。

「たぶんわたしらロスバゲした人のなかでいちばん楽しんだんじゃない?」
旅をふりかえって娘はいう。なんならロスバゲしてない人を入れてもいちばん楽しんでる説あるよね。
その日わたしたちは、世界一不運で、でも宇宙一しあわせな家族になった。

追伸:
さて、無事戻ってきたドレス。いつどこで着よう。
「ルーロットで着たらいいやん」と娘は言う。
じつは私、かつてルーロット(Roulottes)というトレーラーハウス型の「移動式チャペル」のオーナーをやっていて。

そうね、そこで着るというのもありかもしれない。
でもその話はかなり長くなりそうなので、また別の「物語」で。
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