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読書変遷としての自分史

「たくさん本読むよね?」
「それって昔から?」

そう聞かれることが、増えてきました。
実際、ひと月に数万円くらい本に使います。

けど昔から読書家だったかというと、そうでもありません。

いつから自分は本を読むようになったのか。
そう考えて、ひとつの転機に気が付きました。

初めての転職先でうまくいかず、休職していた頃。
あの日、僕は世界を知るために、本を読み始めました。


世界がわからなくなるまで


小学生の頃、ひたすらマンガを読んでいた

僕の読書体験は、マンガから始まります。

母からは、「毎月1冊、好きな本を買ってやる。マンガも可」と言われていました。
さらに、父と「マンガ図書館」と呼んでいた、なぜか大量のマンガを借りれる図書館にひと月に2~3回は通っていました。

そこはパラダイスでした。

『遊戯王』や『ベイブレード』などの小学生向けマンガはもちろん、
父が読んでいた『スラムダンク』や『龍狼伝』などの青年向けマンガも読みました。
さらに、3つ上の姉が読んでいた『きみはペット』や『愛してるぜベイベ』など、少女漫画も読んでいました。
マンガという形であれば、どんな内容でも楽しめました。

一方、小説を読むのは苦手で、学校の「朝の読書」はキライでした。
なのに、国語の教科書に載っているお話はスキでした(少年の日の思い出、赤い実はじけたなど)。

いま思うと、「読むのは好きだけど、長い文章に耐える力がなかった」のだろうと思います。


中学の頃、エッセイを読んでニヤニヤしてた

中学生になり、相変わらずマンガも読んでいました。

だけど、いつの間にか「月1冊買ってよい」ルールがなくなり、県外に引っ越したため「マンガ図書館」もなくなりました。

お小遣いは、月3,000円。

うち1,000円はPCオンラインゲーム『メイプルストーリー』の「サクチケ」(=経験値が2倍になるチケット)に課金。
残りの2,000円で、毎日を楽しむにはどうするかを考えていました。

そこで、中古マンガを立ち読みしてみたのですが、これは身体的にも精神的にも限界がありました。

次に、中古マンガを買ってみました。
しかし、一番安い1冊100円のラインナップでも、買えるのは月に数冊。
マンガは2~3巻だと、それほどお話が進まず、満足度が上がりません(むしろ、続きが気になりフラストレーションがたまる)。

また、思春期だったこともあり、「大人が読む本を楽しめるオレ」になりたい欲も出てきました。
そこで、薄くて安い文庫本コーナーを眺めていると、気楽そうな本を発見。

これが、原田宗典エッセイとの出会いでした。


掲載元:https://booklog.jp/item/1/4041762138

原田宗典は、2000年代にエッセイストとして人気を博していました。

彼は、高校〜大学時代のやらかしエピソードを中心に、エッセイを綴ります。

原田くんは、多くの若者がそうであるように、自己愛が強く、余裕がなく、スケ。だけど、他人のことも大切にできる。

要するに、「可愛いやつ」でした。
最近の作家だと、穂村弘さんみたいな弱さと可愛らしさです。

この頃から僕は、「ちゃんとした人」よりも「どうしようもないけど愛せるやつ」に関心を持つようになっていきました。

そこに自分自身を重ねていたんだと思います。


高校の頃、カッコつけて小説を読もうとした

高校では、引き続きマンガやエッセイを読む一方で、どちらかというと音楽への関心が強くなりました(当時流行っていたバンプオブチキンなど)。

また、カッコよくなるため、洋服や髪型の研究に精を出しており、あまり本を読まなくなりました(ファッション雑誌CHOKi CHOKiは熟読)。

一時期は「これを読めたらカッコいい」と思って、小説にチャレンジもしました。
しかし、「なんか、いいな」と思っても、何が良かったのか自分でもわからずモヤモヤ。

趣味として定着しませんでした。


大学〜新卒の頃、読まなくても大丈夫だと思ってた

大学では、テコンドー部の活動に、ほぼすべての時間を費やし、隙間時間にアルバイトで生活費を稼ぐ生活を送っていました。

テコンドーを上手くなるため、教本を熟読した記憶はありますが、エッセイや小説は読まなくなりました。

この頃は、テコンドーを通じた勝利や挫折、仲間との連帯や断絶など、
直接経験を全身で感じて、対処するのに精いっぱいで、本から学ぶ余裕は無かったんだと思います。


新卒で日揮に入社した後は、
「この仕事で成長するには?」に関心がありました。

しかし、
「ニッチな仕事だから良い本はないだろう」
と決めてかかり、実務や社内資料で学ぼうとしていました。

まだ経営目線で業務を捉えたり、人文科学を学んで人生観を育てる大切さには、気づいてませんでした。

また、いわゆる自己啓発書が大量に出た時期で、
それらをちゃんと読みもせず「意識高い系」と冷笑する、イヤなやつでもありました。

自分に自信がなかったんだと思います。

そのくせ、
目の前の仕事、
目の前の人間関係、
目の前の勝ち負けにこだわりました。

そして、それだけで十分だと思っていました。


世界がわからなくなった日

転職失敗、休職、世界を知るために読んだ

30歳になった頃、初めての転職先でうまくいかず、休職することになりました。

それまでの僕は、どこかで「自分はやれる」と思っていました。

勉強も、部活も、仕事も、努力すれば何とかなった。
わからないことがあっても、考えれば前に進めた。
苦しいことがあっても、踏ん張れば乗り越えられた。

でも、そのときは違いました。

何が正しいのか。
自分のどこが悪かったのか。
上司が合わなかっただけなのか。
社会とは、そもそもこういうものなのか。

なぜ、こんなにも噛み合わないのか。
指のすき間から、砂が零れ落ちていくような感覚でした。

ある朝、目が覚めると、心臓が痛むような気がしました。
明確な痛みではありません。
やろうと思えば、ふつうに起き上がることもできます。

けど僕は布団に寝たまま、妻に「胸が痛い気がする」と言いました。
彼女は、僕の気持ちがわかっているようでした。

「そっか、じゃあお仕事は休んだ方がいいね」

それから僕は、投薬で頭がボーっとする中、毎日近所の海沿いを散歩して過ごしました。妻や父、義母の優しさにも触れながら、すこしずつ、自分がまだここにいていいのだと思えるようになっていきました。

それからは、それまでの分を取り戻すように、ビジネス書や自己啓発書を読み漁りました。

むさぼるように読んで、自分の理解や疑問をページに直接書きなぐり、これは違うと思った本はすぐ捨てました。

当時、理由は言語化できていなかったのですが、
とにかく世界の仕組みを知りたいと思っていました。

お金とは何か、
戦略とは何か、
財務とは何か、
経済とは何か、
人間とは何か、
働くとは何か。

今でも確信はないけど、
職場で受けた傷の意味を確かめるため、
世界との距離を測り直すため、
他人の評価に飲み込まれない、自律した人間になるために。
すべてを知りたかったのだと思います。


外資コンサル入社、本を読んでも仕事はできなかった

その後、数十社に応募して、外資コンサルの1社になんとか引っかかりました。
ここでも、僕はすぐには「仕事ができる人」にはなりませんでした。

休職期間に本を読み、世界を語る言葉はすこし増えていました。
でも、言葉が増えたことと、目の前の仕事ができることは、まったく別でした。

上司からの指摘を、どう受け止めればいいのか。
クライアントに出す資料を、どう直せばいいのか。
自分には、何が足りないのか。

本の中に、その答えはありませんでした。

上司との議論で、対等以上に渡り合いたい。
クライアントに、自分の言葉で語りたい。
一人前になりたい。
そのためなら、書籍代などいくらでも払う。

本気でそう思っていました。
書店のビジネス書棚を睨みつけるように眺めて、
怒りか絶望かもわからない、ぐるぐるした気持ちを抱えていました。

その後、気が付いたら徐々に「仕事ができる」ようになっていきました。
ただ、そこに明確な転機があったわけではありません。

毎回のように資料を直され、会議でうまく話せず、上司の言葉を反芻し、次はこうしようと思って、また外す。
その繰り返しの中で、少しずつ、何を求められているのかが見えるようになっていきました。
本で読んだ知識が効いたのか、怒りと絶望が原動力になったのか、それとも上司や同僚のサポートが優れていたのか。

今もよくわかりません。

ただ少なくとも、本が僕の代わりに仕事をしてくれたわけではありませんでした。


戦略チームへ異動、読みながら仕事観をつくっていた

その頃、クライアントの戦略づくりを手伝うチームに、手をあげて異動しました。
そのチームは、僕の目には「社内で最高の知識と思考力を持つ集団」に見えていました。

そこで僕は、上司や同僚に、ある違和感を持っていました。

「この人たちは、戦略論をどこまでわかって、話しているんだ?」
「ミンツバーグは?」「ルメルトは?」「楠木建は?」

いま思うと、かなり面倒な新人です。
しかも、まだ十分に仕事をできていたわけでもない。

それでも当時の僕にとっては、切実な問題でした。
「目の前の世界」と「本の中の世界」のギャップに戸惑い、その理由を知りたかったから。

そして、
なぜプロジェクトの現場では、経営理論が使われないのか。
コンサルタントとは、何をする仕事なのか。
戦略とは、何なのか。

本を読んで、仕事をしながら考えて、そういう問いに言葉を与えようとしていました。

それまでの読書が、「外の世界を知るため」だったとしたら、
この頃の読書は、「自分の世界観をつくるため」だったと言えるかもしれません。


それから組織変革に関わるようになり、探求対象はさらに広がっていきました。

意味がある、とは何か。
知は、どこから生まれるのか。
なぜ人は、変わろうとしないのか。
人は、どういう時に動くのか。

読む本も、戦略から組織論、哲学、人類学、精神医学、詩、文学などに広がりました。

いま自分が本を読む理由を一言で言えば、「人間観を練り上げるため」なのかもしれません。

人は、何に喜ぶのか。
何に傷つくのか。
何にすがるのか。
どんなときに、もう一度動き出せるのか。

そういうことを考え続けるために、本を読んでいます。

もちろんマンガやエッセイも読んでいます。
むしろ、心に刻まれているのは、結局マンガのワンシーンだったりします。

たとえ周りがどんな正論、洞察、真理、啓蒙をふりかざそうと、俺は俺を認める。それこそが俺の使命、仕事、生きる意味、走る理由。

魚豊『ひゃくえむ。』講談社、海堂のセリフ

長かった話を振り返る

こうして振り返ってみると、僕は「本が好きになった」から読むようになったわけではありません。
ただ、世界がわからなくなって、切実さだけがありました。

小学生の頃、読むことは遊びでした。
中学生の頃、エッセイは自分を重ねる先でした。
高校では、本を読める人に憧れて失敗しました。
大学では、本よりも現実の方が重要でした。

社会人になってからも、最初は実務だけで十分だと思っていました。
でも、世界がわからなくなったとき、初めて本が必要になりました。

本は、僕の人生を一気に変えてくれたわけではありません。
今もわからないことだらけです。知れば知るほど、無力感も強まります。

だけど、やれることは、あるかもしれない。

だから、これからも本を読み続けると思います。

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