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一度は諦めたアメリカの夢を、ふたたびこの手につかむために。


背水の挑戦が今の人生をつくった話

ここ南カリフォルニアの空って、どうしてこんなに青いんだろう。
濁りもくすみもない、まさしく純度100%の青。
 
どこまでも限りなく澄み渡る空を眺めているだけで、胸の奥に貼りついた小さな不安や悩みが溶けていく気がします。

この青い空の下で、僕の「二度目の挑戦」は始まりました。
 

最初の渡米に失敗、「夢の残骸」を抱いて帰国

 
今でこそ、アメリカでウェルネスブランドを創業し、複数のビジネスを手がけ、常に世界中を飛び回っている僕ですが、最初から順調だったわけではありません。
 
 
むしろ……失敗や挫折が今のキャリアのきっかけだったのです。
 
 
最初の渡米を決めた頃の僕は、『とにかく海外で挑戦したい!』その一心でした。もっと広い舞台に出て、自分の可能性を試したいと、逸る思いに急き立てられるようにして、日本を飛び出したのです。
 
若さゆえの勢いがあった。やる気もあった。夢もあった。
でも、現実はそんなに甘くありませんでした。
 
言語の壁、働き方の違い、結果が出ない不安。
何より、自分の力の無さを思い知らされた日々。
 
 
「このままじゃ、無理かもしれない」と悟って、僕は一度、アメリカを離れる決断をします。悔しさと、情けなさと、惨めさを抱えた、不本意な撤退でした。
 
 

心の奥底で燻っていた“夢の残り火”

 
帰国後は、幸いなことに仕事もあったし、友人もいたし、表面上は普通の暮らしができました。
 
けれど、胸の奥にひっかかる小さな棘のような感覚が、ずっと抜けなかったのです。
 
あと一歩、本気で踏み出せば、結果は変わったんじゃないか?

もう一度チャレンジしたら、違う未来があるんじゃないか?
 
 
失敗はした。でも、終わってしまったわけじゃない。
 
僕が海外起業をあきらめ切れなかったのは、未練や執着ではなく「挑戦しなかった後悔」を抱えて生きる人生が怖かったからなのです。
 
 
その後も、海外で挑戦する人たちの記事を読み漁り、YouTubeで起業家の対談を見て、夜中に一人でノートに自分の未来計画を書き出したりしていました。
 
現実の自分は日本にいるんだけれど、意識だけは海の彼方のアメリカに向かっているような感覚。
 
そんなある夜更け。自分の中の小さな声がはっきりと聞こえたのです。
 
もう一度、やってみよう

意識だけがアメリカへ

逃げ道のない再挑戦に賭ける

 
二度目の渡米は、最初の時よりずっと現実的でした。
 
資金の準備、働き方の整理、ネットワークづくり。前回の挫折が、挑戦の設計図になりました。
 
 
当時の僕が持っていたのは300万円の貯金と、妻と3人の幼子。末っ子はまだ乳飲み子でした。
 
 
「絶対に失敗できない。今度こそ結果を出す」
 
一度目の時とは比較にならないほど重い覚悟をもって、まさしく「背水の陣」を敷いて、ロサンゼルスを目指したのです。
 
ロサンゼルス空港に降り立った日の空は、驚くほどクリアで、雲ひとつない青さが広がっていました。
 
 
もう一度、ここから始めるんだ
 
そう思ったときの風の温度、車の音、人々のざわめき──今でもリアルに思い出します。
 

再始動は順調な滑り出しではなかったけれど

 
ここから、僕の挑戦はようやく現実に動き始めました。
 
……と言いたいところですが、もちろんすぐに順調に運んだわけではありません。
 
二度目のアメリカ生活は、生活の基盤づくりからスタート。
 
企画書を持って走り回っても話が前に進まなかったり、英語での商談で悔しい思いをしたり。

子どもたちの寝顔を見ながら「本当にこれで良かったのか」と自問する夜も数えきれませんでした。

胸の奥でくすぶる焦り。資金も体力も少しずつ削れていく。
 
けれど、前回とは決定的に違うことがひとつありました。
 
一度諦めたからこそのリベンジマッチ!僕には、もう後がない
 
という決死の覚悟です。逃げ道を断った挑戦が、僕の心を強くしたのだと思います。 

ヒントは幼い日の記憶の中にあった


 そんなある日。
 
オレンジカウンティの公園を散歩していたとき、ふと、幼い頃の記憶が蘇ったのです。
 
祖母や父と一緒に、わらびやつくしを摘みに山へ入った日の匂い。土の湿った香り、朝露に濡れた指先、籠に少しずつ溜まっていく山菜。松茸が見つかった時の、あの誇らしい気持ち。
 
自然の恵みを「採り、分け合い、味わう」とても豊かな時間でした。
 
そして気づいたのです。僕の原点は自然の中にあったということに。
 
薬草や野生の恵みが暮らしに溶け込んでいたあの日々こそ、今の僕の価値観の核になっているのだと。
 
日本の植物のチカラを、世界へ届けたい
 
僕の中で、めざすべきものが明確になった瞬間でした。
 

幼いころの記憶

ひらめきに導かれて進む道

 
当時のアメリカでは、クリーンビューティーやキノコ、発酵素材がブームになりつつありました。けれど、どれだけ探しても、日本の天然素材を原料にした"洗練されたウェルネスブランド"は見当たらなかったのです。
 
 
すでにあるのなら競争!ないのなら挑戦!」
 
そう思ったとき、視界が一気に開けました。
 
食品はFDAの規制が厳しいけれど、
肌からアプローチするスキンケアなら道がある。
 
その事実と、幼少期の記憶と現在の市場が一本の線でつながった瞬間、
ブランド「Shikohin」は静かに芽を出したのです。
 
派手な成功のドラマではありません。
試行錯誤と、行き詰まりと、小さな気づきの連続があっただけです。

けれど、一度は手放した夢を再び掴むには、“静かな、だけど確かなひらめき”こそが力になるということが今はわかります。
 

夢の続き

 
今も僕は、南カリフォルニアの青い空の下で挑戦を続けています。
 
あの日の山の匂いを胸に、日本の植物が持つ確かな力を信じて。
 
 
このnoteでは今後、こんなことを書いていく予定です。
 
・海外で挑戦するリアルと、乗り越えた壁
・『Shikohin』が形になるまでの裏話
・ロサンゼルスやその近郊での暮らしのこと
・「挑戦は特別な人だけのものではない」という想い
 
よかったらフォローして、続きを待っていてください。
 


プロフィールや経歴は以下の記事に書きました。


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