内向的でもいい、無理に明るくしなくてもいい、そのままでも人脈は築ける
ロサンゼルスにやってきて13年以上。いまの僕を見ている人は、たぶん僕を「社交的なタイプ」だと思っているはずです。
実際、必要とあらばパーティーにも顔を出すし、初対面の相手にも自分から話しかけにいきます。シャンパングラスを片手に5分で名刺交換を済ませて、次の相手へ。あの軽やかなスピード感も、いまならそれなりにこなせるようになりました。
ただ、本当のところを言うと、こういうのは後天的に身につけたスキルなんです。
もともとの僕は、人混みでテンションが上がるタイプではありません。大勢の前で話すのも、最初は苦手でした。
ロサンゼルスのスタートアップ文化が、僕を変えてくれた。あるいは、変えざるを得なかった、という言い方のほうが近いかもしれません。
「やらなきゃ始まらない」街だから

ロサンゼルスは、人と繋がってナンボの街です。
スタートアップをやろうと思ったら、ピッチイベントに出る、投資家のカクテルパーティーに行く、業界のミキサーで顔を売る。そのサイクルの中にいないと、そもそも勝負のテーブルに着けません。
3人の子どもと妻を連れて、300万円の貯金を握りしめてロサンゼルスに渡った時、僕には選択肢がありませんでした。
家族を養うためには、引っ込み思案でいるわけにいかなかったのです。
最初は、やっぱり相当に消耗しました。週に何度もイベントに出て、慣れない英語で自己紹介を繰り返し、夜中に名刺の整理をするという流れ。
出張先で何人もの人と話したあと、ホテルの部屋に戻って、気疲れのせいか思考力ゼロでボーッと天井を見ていたこともあります。
それでも不思議なもので、だんだん「型」が掴めてきました。
どういう場には行くべきで、どこなら別に行かなくてもいい。誰と深く話すべきで、誰とは軽い挨拶でいい。アメリカ流の「フラットに話しかける作法」も、気づけば自然にできるようになっていたのです。
数年が経過した頃には、自分から声をかけることに、ほとんど抵抗がなくなっていました。
本来の僕はそっちじゃない

そうやって「外向モード」を身につけた一方で、はっきり自覚していることがあります。
それは、僕の本来のホームは、たぶん大勢の場ではないということ。賑やかなパーティーから帰った夜は、いまでもやっぱり疲れを感じます。
本当に楽しいのは、信頼できる相手と少人数で長時間しゃべる時間です。
週末のゴルフがまさにそれで、朝もやのフェアウェイを4人で歩きながら、18ホールを回るあいだに、ぽつりぽつりと交わされる会話のほうが、僕にはずっと豊かに感じられます。
ロサンゼルスに来た当初、知り合いがほぼゼロだった僕の人脈は、ゴルフ場から少しずつ広がっていきました。
パーティーで100枚の名刺を集めるより、4時間ちょっと一緒にプレーした相手のほうが、ずっと深く繋がっているのを実感します。
家族と過ごす週末も、同じくらい大事です。そういう静かな時間のほうが、自分の頭がよく回るし、いいアイデアも生まれます。
ロサンゼルス流のネットワーキングは、僕にとって、必要だから装着している鎧のようなもの。営業用のスーツみたいな感じですね。
だからこそ思うんです。
僕みたいに「やろうと思えばできる」タイプは、まあ、なんとかなる。けれど、そもそも装備すら手にしたくない人、鎧を装着したら重さのせいで壊れてしまう人も、世の中にはたくさんいるんだろうなあ、と。
内向型を肯定する一冊
そんなことを考えている時に出会ったのが、元ハフィントンポスト日本版編集長の竹下隆一郎さんが書いた『内向的な人のための スタンフォード流 ピンポイント人脈術』という本でした。
本書の主張はとてもシンプルで、「広く浅く」より「狭く深く」のほうが、長い目で見れば豊かな人生に繋がる、というもの。
そして、そのために役立つのは、派手な社交スキルではないと書いてあります。
むしろ、相手の話をじっくり聞ける力、細かな変化に気づける観察眼、相手の立場に立てる共感力。これらは、内向的な人がもともと持っている強みです。
読みながら、僕はうんうんと頷いていました。
ロサンゼルス流の外向モードを獲得した自分のことを、否定するつもりはありません。それはそれで、自分の世界を確実に広げてくれた財産です。
ただ、もし装備がどうしても合わない人がいるなら、無理に装着しなくていい。むしろ、装着しないからこそ磨かれる感覚もある。本書はそれを、優しく、しかし論理的に説いていました。
「狭く深く」が、結局いちばん効く

振り返ってみると、僕の人生を大きく動かした転換点は、大規模な交流会から生まれたものではありませんでした。
さっきも書いた朝もやのゴルフ場。あるいは、誰かに誘われた小さなディナーの席。記憶を辿ると、いつもそういう地味な場所が起点になっています。
もちろん、派手な人脈づくりにも、ちゃんと意味はありました。そのお陰で、業界の地図が見えるようになったし、いざという時に声をかける先も増えました。
けれど、本当に深いところで仕事を支えてくれているのは、いつも「狭く深い」関係のほうなんです。
たぶんこれは、外向的とか内向的とか、そういう話ではないんじゃないかな。多くの人にとって、人生を変える繋がりは、案外、地味な場所から生まれるものではないでしょうか。
それぞれの距離感で繋がれたらいい
ロサンゼルスでも、ここ数年で空気は少し変わってきたと感じます。
パンデミックを経て、本当に大事な人とだけ会いたいし、つながっていたいと思う人が増えた気がするんです。それに、SNSの繋がりに少し疲れた人も増えてきました。
「広く浅く」が正解の時代は、終わりつつあります。
だからこそ、外向的に振る舞える人は振る舞えばいいし、苦手な人は無理しなくていい。
それぞれが、自分にとって自然な距離感で人と繋がる。そういう時代になってきたんじゃないでしょうか。
僕自身は、これからも必要なシーンではグイグイ行くつもりです。けれど、自分の本当のホームが「少人数の深い対話」のほうにあることも、忘れないようにしたいと思います。
両方を行き来できることが、たぶん、僕にとってのいちばん心地よい人づきあいの形なんです。
