見出し画像

メモ 日本における安全保障教育の課題

日本では中国、北朝鮮、ロシアなどの脅威を想定し、新しい防衛計画に基づいて防衛力強化に取り組んでいます。しかし、依然として国内では防衛や外交をめぐる議論が深まっていないと感じます。一般にこの課題は党派の対立に起因するものと理解されていますが、これを党派の問題ではなく、世代の問題として捉える必要があることを裏付ける研究があります。

吉田純、ミリタリー・カルチャー研究会(2024)「現代日本における戦争観・平和観の計量分析」は日本における戦争と平和に対する社会意識を定量的に分析した研究であり、その分析結果を見ると、安全保障に関する日本の有権者の意見対立は、右派と左派との間よりも、支持政党を持つ人と、持たない人との間で大きくなっていることが確認できます。

支持政党がない有権者層で、現在、政府が進めている防衛計画の見直しに対する態度として「どちらともいえない」、「わからない」の割合が大きくなっていました。この傾向は若年層、特に20歳以下の有権者に顕著であり、著者らは戦争・軍事のリアリティに冷静に向き合う、世代を超えて合意を形成する点で課題を指摘しています。

現在の学校教育では、軍事・安全保障に関するトピック、特に戦争と平和は平和学習の枠組みの中で扱われていますが、第二次世界大戦における日本の戦争被害を中心に据えた内容である場合が多く、現代の世界情勢との関連が希薄です。

例えば、1945年以降の国際法では国際安全保障の仕組みとして、国連安保理による強制行動と自衛権に基づく武力行使を認めています。また、核の時代に全面戦争を防ぐため、抑止論や限定戦争論といった考え方が発達しており、軍備管理では軍備を外交交渉で取引材料とすることも行われています。これらは現代の安全保障環境を理解する上で基礎的な知識ですが、学校で教えられる機会がありません。

そのため、大学で新入生に国際政治学を教える場合、1945年にまでさかのぼって冷戦の歴史をかなり丁寧に説明しなければならない場合が多く、21世紀現在の核戦略が急速に変化していることを詳しく取り扱うことが難しくなっています。平和学習の本質的な意義がなくなることはないと思いますが、現状の教育システムで次世代の若者が中国やロシアの脅威について理解することは難しいと思います。

アメリカでも軍事・安全保障を教育する方法を改善するための研究が行われています(Obradovic & Black 2019)。この論文では、2016年にアメリカの学生が持つ軍事・安全保障に関する知識を調査した結果を引用しており、核抑止の正しい定義を選択できたのは49%、条約によって日本と韓国を防衛する義務をアメリカが追っていることを知っている割合は28%と34%、抑止論について教育を受けたことがある学生は9%しかいなかったことを指摘してています。これは日本に比べればよい数値だと思いますが、著者らはこれを教育上の課題と捉え、そのギャップを埋めるために大学での政治学教育の内容を調整することを提案しています。

「この議論は特に外交政策の分野で根強く、政策立案者とアカデミアの間にある「ベルトウェイとアイボリータワーのギャップを埋める」ことや、私たちが書いたり教えたりすることが実社会にいる人々にとって有用であるかということが問題になっている。より緊密な関係を求める声がある一方で、慎重にその危険性を強調し、この分野の「知的整合性」の維持を主張する者もいる。隔たりは、軍事組織・国防部門の行政官と我々、専門家との交流や知的関与という点で特に大きくなっている」

(Obradovic & Black 2019: 345)

すでにネブラスカ大学オマハ校ではアメリカ軍との連携によって抑止教育の見直しを行っており、安全保障方面の人材確保に取り組んでいます。ただ、アメリカの大学でも抑止の教育に取り組む事例は少なく、日本の大学でこうした取り組みを行うことはさらに難しいことになると思います。ただ、安全保障環境が厳しさを増している中で、次世代の知識ニーズをどのような形で満たしていくべきかを検討すべき時期は来ていると思います。

参考文献

  • 吉田純・ミリタリー・カルチャー研究会. (2024). 現代日本における戦争観・平和観の計量分析. 社会システム研究, 27, 1-20.

  • Obradovic, L., & Black, M. (2019). Teaching Deterrence: A 21st-Century Update. Journal of Political Science Education, 16(3), 344–356. https://doi.org/10.1080/15512169.2019.1575228

関連記事


いいなと思ったら応援しよう!

武内和人 / Takeuchi Kazuto 調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。