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論文紹介 軍隊と民間が共に育てたウォーゲームの技術

ゲーム(game)は古くから世界中の文化で見られますが、軍事訓練の分野でもさまざまに応用されてきました。現在では軍事目的で開発されたコンピューターゲームの技術が民間産業として発展を遂げており、私たちにとって馴染み深いものになっています。以下の論文は20世紀後半の展開を中心にコンピューター化されたウォーゲームの発展を記述したもので、軍隊のウォーゲームの技術が民間に転用されたことを述べています。

Smith, R. (2010). The long history of gaming in military training. Simulation & gaming, 41(1), 6-19. https://doi.org/10.1177/1046878109334330

軍事訓練におけるゲームの歴史は、ローマ帝国時代まで遡ることができると著者は考えています。この時代の軍隊の指揮官は砂盤と呼ばれる戦場の模型を用いて戦闘計画を立てていました。砂盤は砂や土を使って戦場の地形を再現し、部隊の位置を表現するツールでした。これにより戦場の情報を視覚化し、複数の選択肢を比較検討できました。こうしたモデル化の発想がその後のウォーゲーム(wargame)の基礎になったとされています。

近代的なウォーゲームとしては、1664年のヴェイクマン(Christopher Weikmann)の「ケーニヒ・シュピール(KOENIGSPIEL)」が初期の作品として登場し、1780年にヘルヴィーク(Johann Christian Ludwig Hellwig、1811年にライスヴィッツ(Georg von Reisswitzが独自の製品を開発しています。特にライスヴィッツの「クリーク・シュピエール(Kriegsspiel」は近代的なウォーゲームの原型を完成させるものとして重要でした。このウォーゲームは教育訓練に特化したボードゲームとして設計されており、プレイヤーは一定の規則に基づいて、コントローラー、つまり統裁部の指示に基づいて状況を進めます。プロイセン軍では図上演習のツールとして使われましたが、やがて計画作業でも有用なツールであると認識され、司令部での意思決定のプロセスに組み込まれ、他国にも広がっていきました。アメリカでも19世紀にウォーゲームの技術を取り入れています。

この論文が注目するのは第二次世界大戦後にアメリカでウォーゲームのコンピューター化が試みられるようになってからの経緯です。1950年代にアメリカでは核兵器の運用を考えるために、ウォーゲームの技術をさらに発展させる方法が検討されました。1948年にジョンズ・ホプキンス大学の陸軍オペレーションズ・リサーチ室(Army Operations Research Office)では防空戦闘を主題にしたウォーゲームとしてカルモネッテ(Carmonetteが開発されています。これは数学的モデリングの手法と、シミュレーションの技術を用いたウォーゲームであっただけでなく、当時はまだ珍しかったコンピューター・ゲームの原型となりましたが、その存在は秘匿されました。

同時期に民間ではシンプルなルールに基づいて使用できるボードゲーム形式のウォーゲームの開発が続けられており、ゲーム開発者のロバーツ(Charles S. Robertsは1954年に『タクティクス』というボードゲームの販売を開始し、1958年にアバロンヒル社を設立しています。しかし、1950年代のアメリカ軍ではウォーゲームの存在を一般に知られることは望ましくないという考え方があったため、軍事部門と民間部門におけるウォーゲームの交流はあまりありませんでした。しかし、1980年代に民間でもコンピューターの利用が広がり、その価格が低下するにつれて、娯楽を目的としたコンピューター・ウォーゲームの開発が本格化すると官民の関係も変化してきました。

1980年代にアメリカ軍はSIMNETというシステムを開発していますが、これは仮想の空間を現実の空間のように疑似的に体験できるバーチャル・リアリティを複数のユーザーがネットワークを介してリアルタイムで共有できるようにしたウォーゲームでした。演習場で実際の装備を動かすことなく仮想空間で部隊の運用を演練することが可能となり、遠隔学習の可能性が注目されました。こうした新しいウォーゲームの技術は次第に民間でも知られるようになり、アメリカ陸軍が募集のために開発した『アメリカの陸軍(America's Army』や訓練のために開発した『フル・スペクトラム・ウォリアー(Full Spectrum Warrior』は商業的にも人気を博しました。こうしてウォーゲームの技術を通じて軍事部門と民間部門の交流は活発になっていき、民間のゲーム産業の発達を後押しすることになりました。

1990年代から2000年代にかけて軍事部門で研究開発が行われていたウォーゲームで民間部門のゲーム産業にもたらした波及効果が特に重要だった技術として著者は以下の6つを挙げています。

  • 3Dゲームエンジン:美しいビジュアルと正確な視覚化を提供し、プレイヤーを刺激する。

  • グラフィカル・ユーザーインターフェース:直感的な操作を可能にし、マニュアルなしでゲームを始められる。

  • 物理的なモデル:運動、戦闘、センサーの効果を現実的に再現する。

  • 人工知能:敵の行動を賢く制御し、プレイヤーに挑戦的な体験を提供する。

  • ネットワーキング:世界中の複数のプレイヤーを仮想の環境で結びつける。

  • パーシステント・ワールド:プレイヤーの参加に関係なく、仮想の世界が持続的に発達し続ける。

やがて民間部門のゲーム産業は軍事部門で始まったウォーゲームの技術を取り込み、その発展を後押しするまでに成長し、現在では軍隊が市販されている既製品を調達し、訓練に活用することもあります。

著者は結論で官民連携の意義を強調しています。ただ、軍事部門におけるウォーゲームの開発努力は訓練開発のために依然として重要な位置を占めています。1990年代以降にシミュレーション・アプリケーションの相互運用性を実現する取り組みが加速していますが、これは民間では取り組み辛い開発です。1991年にアメリカ軍は複数地点にいるプレイヤーをネットワークで同時接続する分散型インタラクティブ・シミュレーション(Distributed Interactive Simulationの標準を策定し、1995年にはハイレベル・アーキテクチャ(High Level Architecture)と呼ばれる標準が設定されました。

このハイレベル・アーキテクチャでは、複数のシミュレーターを同時に接続することが可能であり、敵の脅威、センサー、指揮所、武器を模擬するソフトウェアを別々に開発し、それを共通のシミュレーション制御部に接続します。ちなみにハイレベル・アーキテクチャは2000年には技術標準化機関のIEEEに採用されています(IEEE Std. 1516)。

このような標準化によって、あらゆるタイプのシミュレーション・アプリケーションの相互運用性と再利用性が向上します。アメリカ軍は2001年にハイレベル・アーキテクチャに準拠しない全てのシミュレーターを廃棄しました。将来、ウォーゲームは統合作戦の研究や訓練に最適化したものとする必要があるだけでなく、新しい脅威に即応し、短期間でソフトウェアを開発し、研究や訓練を提供できる態勢を構築することも必要となります。

こうした観点から官民連携は長期的に継続しつつも、軍事部門での研究開発態勢を充実させることも依然として必要なことだと思います。

参考文献

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