小説・ココイロ談義④
神社は駅をはさんで学校とは反対側にあった。駅からすぐ近くとはいえ、晴子にとって初めての場所。海月の半歩ほど少し後ろで、キョロキョロしながらついてゆく。
入口にある古びた鳥居は、周囲の緑と調和するようにややくすんだ赤褐色をしており、細くて短い石畳の参道の先には、飾り気のない本殿がぽつんとある。
道の脇に落ち葉がが避けられ雑草もきれいに抜かれていて、本堂も掃除が行き届いている。ここはふらりと訪れる人の心を和ませる雰囲気があった。いまは祭りのために飾られた風鈴が素朴な景色に彩りを添え、セミとともに夏の音色を奏でている。
2人が本堂の脇の階段に座ると、「いらっしゃい」とでも言うかのように周囲の緑がサヤサヤと揺れる。
しばらくの間、晴子はスマホをいじり、海月は本を取り出し読んでいた。間もなく晴子の手が止まると、神社をぐるりと囲む青々とした森を見ながら考え事を始めた。そこで冒頭のシーンだ。
「恋って何色だと思う?」と聞いた晴子に海月は「キモイ」と言ったのだった。
「キモいだなんて、ひどい」
「だってホンマのことやもん」
「そんな言い方しなくたって……」落ち込んだ晴子は力なく下を向く。
その様子を観察するかのようにしばらく見つめる海月。
「何かあったわけ?」
本に目を戻して、言葉と裏腹に興味がない様子で海月は言った。晴子にもう少し観察力があれば、海月の本のページがまったく進んでいなかったことに気がついたかもしれない。しかし晴子は自分のことで頭がいっぱいだった。
「うん……あのね、いや、やっぱりいいわ——」
「で、何なの?」
海月は晴子の言葉が聞こえていないかのように返した。静かではあったが「早く続きを話せ」と言わんばかりの口調。海月に思わせぶりな態度をするものではなかった。
「あの……ヒロくんに振られたの」晴子はぽつりと言った。
「ああ、藤木広翔」
「ちょうど付き合って半年だったの。記念に何かしたくて、ヒロくんに相談しようと思って」
「付き合った日とか覚えてるわけ?」海月はぎょっとした。
「当たり前じゃない」
覚えてないなんてありえない、と晴子も驚いたが「海月には当たり前じゃなかったね」と言い直した。晴子の知り合いで世界一淡泊な人間が目の前にいた。
「でね、この半年のことを話したの。ずっと憧れだったヒロくんに告白して、オッケーしてもらって、すごくうれしかったの。だから毎日楽しかったなとか、ありがとうとか言って」
晴子はキラキラした目で遠くを見た。先ほどまでの様子がウソであるかのようだ。早くも心は半年前に飛んで行ったらしい。
「これまでの彼氏の中で、ヒロくんが一番だったの。これが本物の恋なんだって思った。優しいし私を引っ張ってくれるし、いつまで話してても飽きないし。ヒロくんは理想の彼氏なの」
楽しそうな晴子。放っておいても勝手にしゃべりそうなので、海月は相づちを打つのを止めた。
「それでね、何かで色の話になって『恋ってやっぱりピンク色だよね』って言ったの。そうしたら」
急に顔が曇る。喜んだり沈んだりコロコロ気分が変わる晴子を見ていると、「晴子なだけにお天気屋だ」と海月はいつも思う。
「そうしたら?」
「ヒロくんが『晴子のは、緑っぽい』って」
「緑……」
「緑ってよく分からなかったから、『どうして?』って聞いてみたの」
「うん」
「『なんか、オレに張り付く感じが』だって。緑って言うから、新緑とか爽やかなのかと思ったら、なんか汚い感じなんだもん……もうショックで」
近くにスズメが舞い降りた。ちょんちょんと海月の足元を飛び回っている。海月と晴子を交互に見、小さな目をぱちくりさせて首をかしげている。2人して何を深刻に話しているのだろう、と不思議がっているようだ。
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