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小説・あるく香りはキンモクセイ④完

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どさくさに紛れて文化祭でラインを交換していたけど、ミヨシさんとは一度もやり取りしたことはなかった。ほかの子なら気軽にできるのに、なぜかミヨシさんにだけはできなかった。

ちょっと勇気を出してみたこともあったんだ。

ミヨシさんが「休みの日に出かけた先でも、なにかキレイなものがないか探してしまう」なんて話をするから

「僕の最寄りの駅近くの公園、森みたいでけっこうきれいなんだよ」
と教えた。

「そうなんだ。いいね」
といってくれたので、

「来ることがあったら連絡してよ。案内してあげるよ」
と何の気なしに言った。僕にしてはかなり頑張ったと思う。

「うん、ありがとう」
ミヨシさんの返事に胸が躍った。

でも、待てど暮らせどミヨシさんから連絡はなかった。

話の流れでいっただけだし、別に期待してたわけじゃないからいいんだけど、やっぱりがっかりした。誰かが「ミヨシさんは、あまりラインとかしない」といっていたのが、せめてもの救いだった。

ミヨシさんと僕を繋ぐのは、主にたまにかわす机の隅の拾い物の話だった。
そんな会話をする相手はきっとお互いがお互いだけ。ある意味ではすごく特別な関係だったから、悪い気はしなかった。これから先のことは分からない。でも、とりあえず今はいいと思った。そのうち、きっと──。

でもそうはいかなかった。

てっきり地元に残ると思っていたら、ミヨシさんは遠くに行ってしまった。卒業間際にそれを知って少しショックを受けた。僕は地元の大学に進学するから。近くにいたらどうとでもなる、いつかなにかしらの理由をつけて会えばいい、と。つまり何も考えていなかったんだけど──、とにかくこの時はまだそういう時期じゃなかったんだ。僕は、ノロマな僕に腹がたった。

ミヨシさんとは、卒業の日に少ししゃべってそれっきりだ。しばらくぼんやりした日々を過ごし、それが喪失感だと気づいたのは、もっともっと先のことだった。

どうすれば良かったんだろう?

別に女子と話すのが苦手だったわけじゃない。ただ、ミヨシさんに対する思いはどの子にも当てはまらなかった。 考えても、たどりつく結果はいつだって「こうするしかなかった」。僕は何もできなかったし、何も変わらなかった。それを認めるのは辛かった。


毎日歩いたあの道は、過去のものとなった。
そんなに遠い訳でもないから、行こうと思えばいつでも行ける。でも行く理由がない。僕が向かうのは別の道だった。

新しい生活へと導く道はいつだって新鮮だ。初めての学舎、新たな同級生との出会い、これから体験するであろう数々のイベント。不安や恐れもあるけれど、それは好奇心や楽しみを引き立ててくれるだろう。世界はきっと明るい。それでいいんじゃないかな。

─いや、すこし違う。

ミヨシさんが見ている世界を知りたくて、自分の感覚を研ぎ澄ませるようになった。木々は見た目やにおいで季節を教えてくれ、日によって太陽の色は白に赤に黄色に見えるようになり、空の高さが変わることも知った。イヤホンをはずした世界は、鳥や虫、植物まで音楽にあふれていた。
毎日通る道は、毎日同じ景色なんかじゃない。世界はこんなにも鮮やかだった。

その世界は一時的な変化による高揚とは全く別のものだ。注意深くしていないと一瞬で失われそうな、だけどもっと大切で繊細なもののように思えた。

いつの間にかミヨシさんの世界に、きっとほんの一部だけれど僕も足を踏み入れていた。

ミヨシさんは友達といっていいのか迷うほどに、よく分からない関係だった。けれど、出会う前もその後も、20年ちょっとの人生で、恋人や友達を含めてこんな人は今のところ誰もいない。ミヨシさんの方から何かしたわけでもないのに、僕の心の奥深くにキンモクセイの香りとともにかすかな存在感を残し、緩やかに穏やかに去っていった。

それでも時がたてば少しずつ影は薄まってゆく。僕は次第に顔をスマホに戻すようになった。それは別に悪いことではないと思うんだ。

思い出すのが、1日1回が2日に1回になり、週に1回、月1回──
まもなく消えそうになったころにキンモクセイの季節がやってくる。

僕はまた気づき、すこしきまり悪い思いがする。キンモクセイに「忘れさせないよ」といわれている気がする。ミヨシさんはそんなこと言わないだろうから、きっと代わりに伝えてくるんだ。

────────

つかの間の回想から現実へと戻る。

僕はスマホをしまい、目を閉じると息をゆっくりとすいこんだ。
めいっぱい取り込んだキンモクセイの香りは、心の奥深くにあったミヨシさんの置き土産を呼び水に、一気に流れ込む。記憶とともに血液に溶け込んで体を駆け巡る。

目を開くと同時に、僕の世界も一瞬で姿を変える。

そう、この世界。本当はこっちを見ていたいんだ。
ミヨシさんが見ているからじゃない、僕が見たいものをミヨシさんが教えてくれた。


そのときスマホがなった。

同級生のコーヘイからのラインだった。

”年末に同窓会やるから とりあえずお前は出席で”

勝手に決められてしまったが、まあいいや。
そしてご想像通り、真っ先に浮かんだのはミヨシさんの顔。

来るかな? 来てほしい。

それまでに忘れた世界を取り戻そうか。
次はもう、キンモクセイに教えてもらえなくてもいいように。

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このほかも色々書いています。
図書目録にまとめていますので、よろしければご覧ください。

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