小説・あるく香りはキンモクセイ③
ミヨシさんは、昼休みにたまに消えることがあった。
その後に机を見ると朝にはなかったモノが置かれているので、どこか探しに行っているのだろう。
この日もミヨシさんはいなかった。
何を拾ってくるのかな、と少しだけ思ったけれどすぐに忘れた。
チャイムが鳴ると同時のことだった。
「くっさ。何このにおい」
教室の後ろがざわついた。
「キンモクセイじゃない?」
「ほんとだ」
「どうしてキンモクセイの……ミヨシさん?」
その名前に反応して振り返るとミヨシさんがいて、僕もキンモクセイの香りに気づいた。それはミヨシさんから発せられたものらしかった。
「すごいにおいだな。どうした、ミヨシ」
代表して先生が聞いた。
「あの……ちょっと、転んでしまって」
「転んだ?」
「つまづいて、キンモクセイの木につっこんでしまって」
「キンモクセイにダイブしたの?」
お調子者のコーヘイがすかさずチャチャを入れ、どっと笑いが巻き起こった。いつもは冷静なミヨシさんも、変に注目を浴びて少し恥ずかしそうだった。
「キンモクセイってどこの?」
と先生が聞くと
「体育館の裏側の倉庫のところにあるんです」
とミヨシさん。
「そんなところにキンモクセイあるんだ?」
「なんでそんなところに行ってるの」
などクラスメートは各々勝手なことをしゃべっている。
「え、あの、それは……」
ミヨシさんがタジタジしている様子は、なんだか新鮮で目が離せなかった。
教室にキンモクセイの香りが充満したが、10分もするとみんな慣れてきて何事もなかったかのように授業は進んだ。
ミヨシさんはやはり気にしていたらしく、次の休み時間になると外に出て、必死で制服をはたいているのが廊下の窓から見えた。人とすれ違うたびに「なに? キンモクセイ?」と言われていて、本人には申し訳ないけど少し笑えた。
ふと足元を見ると、ちいさなオレンジのキンモクセイの花が落ちていた。おもちゃのようなまるいシルエットがかわいらしい。僕は手に取ると、その日の授業が終わるまで自分の机に置いていた。
今日はミヨシさんの学校生活で最も注目された日に違いない。
「こないだ、どうしてキンモクセイのところに行ったの?」
後日、チャンスを見て話しかけた。
「あれは……」
思い出したらしく、少し頬を赤らめる。
「キンモクセイの後ろにあった松ぼっくりを拾おうと思って」
「へえ。で、とったの?」
「ううん。時間がないからあわてて教室に戻ってそれっきり」
「とらなくてよかったの?」
「だって……またキンモクセイのにおいがついたらヤだもん」
「そっか」
ミヨシさんでもそういうこと気にするんだ。
放課後、僕は行動に出た。
体育館の裏側のキンモクセイ──本当にあった。
今日ここに来たのは、昼間ににおいがつくと周りにバレてしまうけど、放課後なら大丈夫かなと思ったからだった。
いくら強い香りでも、こんな場所にあるとさすがに誰も気づかない。でも、近づくにつれて「私はここにいる」と存在感を示しているようだった。
ミヨシさんのいう通り、後ろに松の木があった。根元には茶色い松の葉が重なり、その上に松ぼっくりがコロンと転がっている。
僕はすぐそばにあるキンモクセイに触れないように注意しながら、形の良い、小さな松ぼっくりを手にとると、そっとカバンにしまった。
その後の僕はちょっと挙動不審だったかもしれない。松ぼっくりを見せたいのだが、タイミングがなかなかつかめず、いつもよりミヨシさんを見る回数が多かったと思う。
やっとその時はきた。
「ミヨシさん」
「?」
どこかテンション高めの僕の声に、ミヨシさんは少し不思議そうに顔を上げた。
「これ」
松ぼっくりを差し出した。
「あ……」
わずかに驚いた顔をするミヨシさん。
「先生に頼まれて体育館裏の倉庫に行ってさ、偶然見つけたんだ」
ウソをついた。
「そうなんだ」
素直に信じてくれるミヨシさん。
「あげるよ」
そのつもりでとりに行ったんだから。
「ありがとう。かわいい」
ミヨシさんはいつか見た笑顔を僕に向けたあと、松ぼっくりを親指と人差し指でつまんで右や左や上や下から眺め、もう一度僕に笑いかけた。
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