熾火のそばで、私は自分に戻っていく

焚き火のそばに座ると、
いつの間にか、呼吸が深くなっていることに気づく。
炎は明るく、
ときに線香花火のように細く光り、
ときに大きく揺らめく。
耳を澄ますと、
強い「ゴーッ」という音、
ゆらゆらと静かな音、
パチパチと弾ける音が混ざり合う。
皮膚には、
じんわりとした熱が伝わり、
身体の奥が、ほっとゆるんでいく。
焚き火の匂いは、
なぜか懐かしく、
言葉にならない安心を連れてくる。
人は、
見る、聴く、感じる、嗅ぐ、
そのすべてで焚き火を受け取っている。
火にも、炎にも、熾火にも、
それぞれ大きさがあり、
揺らぎがあり、
熱量がある。
人によって、
「ちょうどいい」は違う。
心地よく感じる距離も、
長さも、違う。
熾火は、
強く主張しない。
近づけば、静かに温かく、
離れれば、そっとそこに在る。
もっと揺らめきが欲しければ、
息を吹きかければいい。
もう十分だと思えば、
そのまま消えていくのを待てばいい。
熾火のそばにいると、
何も変わっていないはずなのに、
心だけが、静かに落ち着いていく。
この呼吸を、
私はどこかで知っている。
「ふぅ」
「ほ一ぉ」
無意識に漏れる息とともに、
身体が思い出していく。
だから、
焚き火が好きなのかもしれない。
焚き火のそばにいる間、
私は何かを得ようとしていたわけでも、
気持ちを切り替えようとしていたわけでもなかった。
ただ、
そこにいる時間の中で、
安心は、静かに保たれていた。
整えなくても、
作り出さなくても、
奪われることもなく。
呼吸が深くなり、
身体がゆるみ、
気づけば、
元の場所に戻っている。
焚き火がしてくれたのは、
何かを変えることではなく、
崩れないように、
そっと支えてくれていただけだったのかもしれない。
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