【移住】東京にいる意味と価値がなくなった日|コロナ禍と引きこもり生活【パニック障害】
こんにちは、在宅男(たくお)です。
震える手で緊張しながら、
初めての投稿をおこなったところ、
想像よりも多くの人に読んでもらえたことに驚いています。
僕は名前の通り、完全に在宅仕事だけで生活している40代のバツイチ独身男です。
もともとは都内でバーテンダーとして働き、念願だった自分のお店も持っていました。
しかし30歳を過ぎたころ、突然襲ってきたパニック障害が悪化。
すべてを手放すことになり、「無職・引きこもり」を経て、未経験から在宅ワークで生き延びる道を選びました。
今回のnoteの内容は、その後に決断した「東京から田舎町への移住」についてです。
30代前半でパニック障害を自覚し、外で働けなくなった男が、東京を離れることにした理由。
それは「コロナ禍における異常な引きこもり生活」です。
また、極めてリアルなお金の事情も関係しています。
「静かな田舎町で移住生活を送っている」
これだけを聞くと、なんだかポジティブなイメージが湧きますが、
僕はまったく前向きではない理由で引っ越しを決めました。
このnoteも、前回と同じように『ほかの人の人生を、ちょっと覗いてみる』といった感覚で、気楽に読んでもらえれば幸いです。
※前回までの流れはこちら↓↓↓
【2020年】人との関わりがゼロになったコロナの時代
無職・引きこもり状態から在宅ワークを始めて2年ほど経過し、
なんとかギリギリ生活できるようになっていました。
このころには、突発的に息苦しさを感じる回数もちょっとだけ減っていたかなと思います。
しかし、そんな中で「コロナの時代」がやってきました。
久しぶりの会話で口が回らない、いっさい人と会わない生活
もともと、あまり外出しない生活を送っていましたが、それでもコロナ禍の前は月に数回ほど友人と会っていました。
自分の状態を話せる友人が数人いたこと。これは僕にとって幸運なことでした。
この月に数回、人と会って話すというのが、
僕にとってのリハビリであり、唯一の楽しみでもありました。
しかし、コロナがやってきたことで、その機会もなくなりました。
コンビニや小さいスーパーでの買い物を除き、
最長で2ヵ月間「まったく人と会わない」「会話しない」という生活。
多くの人が大変な時期を過ごしたと思いますが、
僕も例に洩れずなかなか過酷な日々でした。
毎回、1~2ヵ月ぶりに人と話すときには「口が回らない」「変にどもってしまう」といった状態。
また、人と会うのが久しぶり過ぎるため、緊張からかパニックの症状も顔をのぞかせるようになってきました。
このまま狭いマンションでひとり、
パソコンに向かうだけの毎日では未来が見えない。
こうしてメンタルの状態も下降気味になっていきます。
異様な新宿の風景、異常な引きこもり生活
度重なる「緊急事態宣言」や「外出自粛要請」により、あのころ住んでいた新宿でも人の気配がだいぶ減りました。
テレビの報道ではコロナ感染の爆心地として、よく新宿が取り上げられていましたが、あれは本当にごく一部のエリアだけです。
繁華街から外れたところは、ほかの街と同じように静まり返った状態になっていました。
よく昼ご飯を買いに行っていた露店のケバブ屋。
どこの国の人かは分からないけど、毎回愛想が良いお兄さん。
その隣にあったインドカレー屋のネパール人たち。
こうした人たちもまったく見かけなくなりました。
夜に少しだけ散歩をしようと外に出ても、
同じような目的でテクテク歩いている人が2~3人しかいない光景。
いつもなら多種多様な人でごった返している大久保通りも、
あのころは本当に閑散としていました。
そんなコロナ1年目。
僕は1年間に10回程度しか人と会わず、会話もない生活を送りました。
当時におけるコロナの感染対策から考えると、
皮肉なことに、かなり貢献度が高い人間だったかもしれません。
実際に「独身」「マンション暮らし」「出社なしの在宅ワーク」という条件が揃っていると、本当に人と会うことがないわけです。
また、できるだけ人と接触しないこと、不要な会食や飲み会はしないことが正義とされていた時代でもあり、
僕は365日中、おそらく350日は自宅で無言、ただパソコンの前で仕事するだけの日々を送っていました。
当然、こんな生活をしていて、メンタルに良いわけがありません。
【2022年】都内にいる価値や意味もない中でマンションの更新料に悩む
極度の引きこもり生活を経て、パニックの症状がまた悪化してきたころ。
僕にとっての転機が訪れます。
マンションの更新料に悩む、どうしようもない30代後半
テレビをつければ、コロナの「第5波」や「第6波」、
「新しいオミクロン株の発生」などが報じられていた2021年末から2022年初頭。
僕はマンションの更新時期を迎え、そのお金をどう工面するか悩んでいました。
更新代はギリギリ払えることは払える。
ただ、コロナで気軽に人とも会えない。
こんな状態で都心にいる意味はあるのか。
また、自分が「マンションの更新代にすら悩む30代後半男」になっていたことにもショックを受けました。
周りの友人はバリバリ働いているのに、自分は完全に取り残されている感覚。
それでもパニック障害は一向に回復しない焦り。
こういったことに悩み、狭いマンションの天井を見ながら、
「やっぱりこのままではマズすぎるよな…」
「そろそろ将来のことをちゃんと考えないと…」
こんな思考が1日中、頭の中をグルグルと回っていました。
思いもよらない展開、前向きではなく情けない理由での移住
マンションを更新するか解約するかを決める1ヵ月前。
ある出来事がきっかけとなり、急に「東京から離れる」という選択肢が出てきました。
この詳細を書くと、長くなり過ぎるため省きますが、
房総半島のとある田舎町の平屋が空いているから住んでみないか、という話が舞い込んできたのです。
家賃は東京の1/3以下。
金銭面で悩んでいた自分にとっては非常にありがたい条件でした。
さらに、
いつまた緊急事態宣言が出て、人と会えない生活を送るか分からない。
自分にとって東京にいる意味も価値もないに等しい環境。
狭いマンションでの巣ごもり生活で疲弊しきった精神。
こうした部分も大きな要因だったと思います。
とはいえ、東京で生まれ育った自分が、
人生の中で東京を離れるなんてことは想像もしていませんでした。
しかし、それほど収入も多くなく、家でしか働けない状態の僕は、
そのときの現状や将来を考え、
まったく知り合いがいない、もちろん土地勘もない町へと引っ越すことに決めました。
「地方に移住してスローライフを過ごすんだ」
「田舎町に暮らしてメンタルを回復させるんだ」
なんてことはいっさい考えておらず、ただ金銭面で楽になるかもという情けない理由での引っ越しです。
こうして、僕は新しい環境へと逃げるようにして移り住んでいきました。
電車・車NGのままでの移住生活はかなりしんどい
パニック障害を抱えたままの移住は、当然ながら簡単ではありません。
まったく知らない土地への不安感。
知り合いがひとりもいない孤独感。
これに加えて、車の運転が必須という環境。
もちろん免許はあるものの、車に乗ることへの恐怖がひどくなってから4年ほどはまったく運転をしていませんでした。
また、そもそも新宿から引っ越し先までの移動も地獄です。
このあたりの電車・車のリハビリについては今後のnoteで詳しく書いていきますが、
とにかく移住当初は大変なことがたくさんありました。
ただ、都内にいたときより、コロナによる閉塞感は圧倒的に和らぎました。
家の周りは自然だらけ。
外に出ても人とすれ違うことがない。
ちょっと散歩するだけでも面白い。
こうした環境が、極度の引きこもり生活で疲れ切った身体を、多少は癒してくれたような気がします。
今回もお読みいただきありがとうございます。
移住してからの話はこちらをご覧になってみてください。
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