デザインサイエンス(04: 農業)「16_昆虫食プロジェクト・ENTOMFARM_1」
このデザインサイエンスは、デザインを学ぶ学生たちに広い知識と広い視野を持ってもらうために開講したシリーズものです。詳しくは(00: イントロ)を参照ください。
本講義は「身体」「建築」「都市」「農業」「環境」「エネルギー」のカテゴリーに分けて、学生たちから特にリアクションの良かったトピックをランダムに投下しています。どこから読んでも楽しい構成にしていますので、気軽に興味のあるトピックからどうぞ!
今回は「農業」です。
さて以前、デザインサイエンス(農業編)「昆虫食の未来」を掲載しましたが、今回はその昆虫食に関するデザイン・プロジェクトを立ち上げましたので、ここで詳しく紹介します。
昆虫食の基本情報がまだの方は、下記リンクから是非ご一読ください。
要約しますと、これからの食に関して、世界は食料安全保障、不平等分配、環境問題など、複数の課題を解決しなくてはなりません。特に今後も増え続ける動物性タンパク質の需要に対して、既存の畜産業だけでは対応が困難だと指摘されています。そのため、タンパク質代替食品や培養肉、養殖漁業などの技術開発が注目されていますが、昆虫食もその解決策のひとつとして注目されています。

青い部分はそのギャップを埋めなくてはならない、新しい動物性タンパク質食品量の試算
我々はこのような大きな社会課題に挑戦するべく、昆虫食プロジェクトを立ち上げました。もちろんデザイン領域からの挑戦です。「食」には、生産、技術、流通、販売から、栄養、文化、そしてレシピ開発やマーケティング、プロモーションなど、様々な産業・研空領域が関係しています。
その食産業カテゴリーを5つのステージに分類した円環ダイアグラムが下図になりますので、簡単に解説します。

「Production(生産)」
マーケットスケールに合わせた、安全で安定した生産量を実現するデザインが必要です。このカテゴリーが青色で示されている理由は、我々が本プロジェクトで取り組むエリアであることを説明するためです。
「Process(加工)」
グローバルな大きなマーケットに出すには、ナマではなく昆虫に加工を施す必要があります。この加工方法や工程は消費者のニーズに応えるために重要な領域ですので、デザインが活躍できる領域といえます。
「Logistic(流通)」
これは昆虫食だけに限ったことではありませんが、生産現場から食卓まであらゆる工程において物流は重要になります。生産者から最初の加工までは、生に近い状態ですので、鮮度を保つ工夫が必要です。また場所を変えて、二次・三次加工と続く場合、効率的なフローをデザインする必要があります。
「Sales(販売)」
どんなに昆虫食が環境に良いと言われても、昆虫を食べる行為は先進国の消費者にとってとても抵抗感のあるものです。このような社会背景で、正しいメッセージを伝える工夫が必要ですので、マーケティングやブランディング・デザインなどが活躍できる領域です。
「Consumption(消費)」
美味しく、楽しく食べる、また学びながら食べる(食育)などの観点から、食べる動機を促すデザインが必要です。それは例えば空間、カトラリー、レシピなどデザインが活躍できる領域が沢山存在しています。
■ 昆虫食関連のデザイン・プロジェクト
かつて、昆虫食ブームの黎明2012~14年頃は、デザイン分野に多くの昆虫食関連のプロジェクトが見られました。先進国から見ると心的ハードルの高い昆虫食ですが、その障壁をデザインのちからで取り除くという気概が、当時は溢れていました。
それらの多くは、昆虫の飼育方法や食べる行為に関するプロダクトのデザインや、社会へどのように導入するべきかを示したスペキュラティブ・デザインなどの文脈でした。いずれも先進的な提案で、とてもインパクトがありました。しかし残念なことに、わずかな例外を除いて、いずれも単発のプロジェクトで、継続的に研究や開発に発展しているものはほとんどありません。
では、昆虫食に関するデザイン・プロジェクトの事例を幾つか見ていきましょう。
事例1:ENTO – the art of eating insects -
スペキュラティブ・デザインとは「あるべき未来の姿」から現在を問い直すデザイン手法のことです。そこで、食料危機や環境問題などから、やがて到来する(かもしれない)昆虫食社会への実装に取り組んだものです。これはロンドンのRCA ( Royal College of Art ) の学生が、2011年に発表したプロジェクトです。
この作品では、同級生や一般消費者へのインタビューから、レシピ、パッケージ、カトラリーなどの美しいデザインを交えながら、ブランディング・デザイン、昆虫食に伴う精神的・文化的障壁を乗り越えるためのワークショップやレシピ開発、そして農業技術における優れたデザイン実践など、幅広いクリエイティブな挑戦や実験が行われていました。
この作品以降、デザイン領域で多くの昆虫食関連のプロジェクトが見られるようになりましたので、デザイン界における昆虫食ブームの火付け役といっても良いかもしれません。

事例2:プロダクトデザインとしての飼育器
2013年にMansour Ourasanahが発表したLEPSISは、バッタの飼育ユニットで、おしゃれなキッチン空間に置いても違和感のない美しさを備えていました。ガラス容器の中にある緑色の立体構造は、バッタが生息する茂みに似た空間構造を作り出しています。ただこのプロジェクトはあくまでもバッタの「生け簀」であって、産卵や孵化といった繁殖のための機能は含まれていませんでした。

事例3:大型のコオロギ飼育コロニー
ニューヨークを拠点とするTerreform ONEは、比較的大規模なコオロギ飼育システム「クリケット・シェルター」を発表しました。このプロジェクトは2016年にARCHITECT誌の年間賞を受賞しました。
このクリケット・シェルターは、大量飼育に焦点を当てており、卵・孵化から収穫までのコオロギの成長過程全体にとって最適な空間デザインに取り組んでおり「居住空間」と「産卵空間」を分離し、それらの空間をチューブで接続することで、コオロギが自由に移動できるようになっています。

このプロジェクトはコオロギ養殖の全工程(産卵から収穫まで)が考慮されており、より現実的な挑戦として注目を浴びました。ただ、デザイン過多なため、シビアな事業化、産業化、効率化、低コスト化など改良の余地が多く残されていました。
以降このプロジェクトの進捗が途絶えていますので、事業化を担う投資家や実務家には繋がっていないと察することができます。
事例4:事業化を達成した昆虫食・デザイン・プロジェクト
ここで紹介するプロジェクトは、デザイン的なインパクトによる単発プロジェクトではなく、改良を繰り返して、事業化、実用化を実現した骨太な事例です。
FARM432は、ミールワーム(イモムシ)の家庭での飼育・収穫を目的とした美しいプロダクトです。成虫の産卵、孵化、幼虫の収穫などのためのスペースを備えており、若手プロダクトデザイナーのカタリーナ・アンガー氏によって考案されました。
彼女はプロジェクトの発表以降も、この飼育システムの改良を重ね、また同時に環境的メッセージを子供たちに広める手段として「教育」に焦点を当てたプロダクト開発も同時に行ってきました。この子供向け昆虫飼育キットはオンラインショップで購入できます。(https://thehiveexplorer.com/products/the-hive-explorer)

その後、彼女はさらなる上を目指し、2015年にオーストリア・ウィーンにLivin Farms 社を設立し、本格的な昆虫養殖事業を始めました。今では、複数のミールワームの養殖工場を、欧州中心に複数展開しています。
■ ENTOMFARM(コオロギ養殖システムのデザイン開発)の立ち上げ
さて、昆虫食に関するデザイン・プロジェクトの事例を通して、色々な関わり方や挑戦が可能であることがわかりました。
そこで我々は、食料安全保障に寄与するべく「世界人類全員が健康でいられる、栄養が行き届いた社会をつくる」をキャッチフレーズに設定しました。
これは、安価で栄養価の高いタンパク質を、安定的に供給可能にすること、さらに単位面積当たりに収穫できるタンパク質量を、世界最大にすることを目標とし、低環境負荷で効率的に昆虫を養殖するシステムの開発を行うことが本研究の主題になります。
プロジェクトのタイトルは「ENTOMFARM」 としました。「昆虫学」を英語では「 Entomology 」、そして「昆虫食」は「Entomophagy」といいます。これらの語源は、古代ギリシャ語の「 ἔντομον (éntomon) (昆虫の意)」で、多くの昆虫食関連のものに「ENTO -」が付いているのはそのためです。食用昆虫を効率よく育てる農場という意味で「 ENTOMFARM 」としました。

(ENTOMFARM:食料問題へのデザインの挑戦ー世界中の人々の健康に向けて)
ここまでが、プロジェクト立ち上げの経緯でした。次回からはその内容に迫ります!
お楽しみに!
