自己紹介|はじめてnote④
本当は、ずっと「安心できる場所」がほしかった。
ずっと私は、
「ちゃんとしなきゃ」
と思って生きてきました。
迷惑をかけないように。
嫌われないように。
空気を悪くしないように。
周りを困らせないように。
だから、
苦しくても、
しんどくても、
「大丈夫」
って言ってきました。
でも本当は、
ずっと限界だったんですよねー。
心も身体も、
ずっと力が入っていました…。
何かあれば、
すぐ不安になる。
先のことを考えて、
怖くなる。
人の顔色が気になる。
ちゃんとできているか不安になる。
間違えていないか、正解か確かめたくなる。
でも、
そんな自分を見せるのも苦手でした。
「こんなことで悩んじゃダメだ」
「もっと大変な人がいる」
弱い自分を見せるのも嫌だった。
そうやって、
自分の気持ちを後回しにしていました。
だから私は長い間、
安心する
という感覚が、
よくわからなかったんです。
そんな私が少しずつ変わり始めたのは、
話を聞いてもらえた経験
がきっかけでした。
アドバイスじゃなくて。
否定でもなくて。
「こうした方がいい」
でもなくて。
ただ、
気持ちを受け止めてもらえた。
それが、
私にとってはすごく大きなことでした。
私は昔から、
「ちゃんとしなきゃ」
が強い人間だったので、
弱音を吐くのが苦手でした。
頼るのも苦手。
甘えるのも苦手。
だから、
「話していいんだ」
って思えた時、
ものすごくホッとしたんです。
今でも覚えている出来事があります。
ある時、
私は自分でも気づかないうちに、
完全にキャパオーバーになっていました。
頭の中がずっといっぱいで。
でも、
「頑張らなきゃ」
が抜けなくて。
そんな時、
ある方が、
私の異変に気づいてくれたんです。
その瞬間、
張っていた糸が切れたみたいに、
涙が止まらなくなりました。
私は、
わかってもらえた
と思ったんです。
それまで私は、
「ちゃんと説明しなきゃ」
「理解してもらわなきゃ」
って思っていました。
でも本当は、
上手に話せなくても、
うまく言葉にできなくても、
ただ、
「大丈夫?」
って寄り添ってもらえるだけで、
人って救われるんですよね。
その時私は、
初めて気づきました。
私は、
強くなりたかった
んじゃない。
本当はずっと、
安心したかった
んだって。
そしてそれは、
子育てをしている時にも感じました。
コロナ禍での子育て
コロナ禍で、
誰とも話せなかった頃。
初めての育児で、
不安だらけだった頃。
やっと再開された支援センターで、
先生や他のママたちと話せた時。
「それわかるよ」
「大変だったね」
そんな何気ない言葉だけで、
私はすごく救われました。
夫以外の大人と話せるだけで、
嬉しかった。
社会と繋がれた
そんな感覚でした。
私はそこで、
改めて思ったんです。
人って、
正論だけじゃ元気になれない。
「頑張って」
だけでも苦しくなる。
でも、
安心できる場所
があるだけで、
少し呼吸ができるようになる。
少し自分を責めなくて済む。
少し前を向ける。
私は、
その感覚に何度も救われてきました。
だから今、
私は思うんです。
人が本当に変わっていく時って、
「もっと頑張ろう」
と思えた時じゃなくて。
「このままの私でも大丈夫かもしれない」
って、
少し安心できた時なんじゃないかなって。
昔の私は、
「できるようになること」
ばかり考えていました。
もっとちゃんと。
もっと完璧に。
もっと迷惑をかけずに。
もっとに縛られていたのかもしれません。
でも今は、
「安心して生きられること」
の方が、
ずっと大切だと思っています。
安心できると、
人は少しずつ自分を取り戻していける。
安心できると、
本音が出てくる。
安心できると、
自分の感覚を思い出せる。
そして私は、
そんなふうに、
ホッとできる場所
を作れる人でいたいと思うようになりました。
昔の私みたいに、頑張りすぎてしまうあなたへ。
大丈夫って笑いながら、
本当は苦しくなっている人へ。
「ちゃんとしなきゃ」
を抱えすぎている人へ。
まずは、
安心してほしい。
そんな気持ちが、
今の私の原点になっています。
次回は…
そんな私が少しずつ、
「ちゃんとしなきゃ」
を手放していった話を書こうと思います。
続く↓
