自己紹介|はじめてnote③
「どうしたい?」が、一番わからなかった。
私の苦手なこと
「まみちゃんは、どうしたいの?」
「まみちゃんは、どれがいい?」
そう聞かれるのが、
私は昔から苦手でした。
(なんなら、今もちょっと苦手かも笑)
なぜなら、
自分がどうしたいか
がわからなかったからです。
どこに行きたい?
何が食べたい?
本当はどう思ってる?
そう聞かれても、
咄嗟にでてしまうのは、
「どっちもいいね!悩むな〜…あなたは?」と
相手の意見を聞く言葉でした。
相手が喜びそうな方。
空気が悪くならない方。
困らせない方。
揉めない方。
私はいつの間にか、
自分の気持ち
よりも、
周りに合わせること
が当たり前になっていました。
だから、
何かを決める時も、
「私はどうしたい?」
ではなく、
「どうするのが正解かな?」
と考えていたんです。
でも、
それを続けていると、
わからなくなってくるんですよねー。
自分の好き。
楽しいこと。
嫌なこと。
本当はどうしたいのか。
何が苦しいのか。
何が悲しいのか。
気づけば私は、
ちゃんとしてる自分
ばかりを生きていて、
本当の自分
を見失っていました。
例えば私は、
嫌なことがあっても、
流してしまう癖がありました。
傷ついても、
「大丈夫大丈夫〜」
と言ってしまう。
本当は痛いのに
笑いに変えてしまってネタにすらする。
本当は無理してるのに、
「平気だよ」
って言ってしまう。
なぜなら、
空気を壊したくなかった、
大人なら受け流せて
当たり前だと思ってたから。
でもその積み重ねで、
私はどんどん苦しくなっていきました。
なのに、
自分ではそれに気づけない。
だって、
ずっとそれが普通だったから。
私は長い間、
「我慢できる=大人」
と思っていました。
「人を優先できる=優しい」
と思っていました。
でも本当は、
自分を後回しにし続ける
って、
すごく苦しいことだったんですねー。
当時の私は、
漠然とした不安をずっと抱えていました。
何が不安なのかわからない。
でも苦しい。
ちゃんとしてるはずなのに、
なぜか心が満たされない。
周りから見たら、
普通に生活してる。
笑ってる。
やれてる。
でも、
心の中ではずっと、
「このままでいいのかな」
って、
どこかで感じていました。
結婚して、
子どもが生まれてからは、
さらに自分がわからなくなりました。
母親として。
妻として。
大人として。
でも、
子育てって、
思った以上に孤独でした。
特にコロナ禍だったので、
誰にも会えない。
気軽に相談できない。
外にも出づらい。
初めての育児なのに、
「これで合ってるのかな」
を聞ける場所がありませんでした。
だから私は、
ずっと気を張っていました。
ちゃんとしなきゃ。
頑張らなきゃ。
母親なんだから。
でも、
そんなふうに頑張れば頑張るほど、
心は置いていかれていきました。
本当は疲れてる。
本当は不安。
本当は泣きたい。
でも、
もっと大変な人がいる
って思ってしまう。
だから、
弱音を飲み込む。
助けてって言えない。
そんなことを繰り返していました。
今思うと、
私はずっと、
「ちゃんとしている自分」
を演じることで、
自分を保っていたのかもしれません。
でも、
心って不思議で。
見ないふりをしていても、
ちゃんとサインを出してくれるんですよね。
涙が止まらない。
不安になる。
苦しくなる。
動けなくなる。
それは、
「弱いから」
じゃなくて。
「もう限界だよ」
って、
心が教えてくれたんだと思います。
そして私は少しずつ、
気づき始めました。
私は、
優しい人
になりたかったんじゃない。
本当は、
安心したかった
んだって。
嫌われないように。
ちゃんとして見えるように。
期待に応えられるように。
そうやって頑張ってきたけれど、
本当はずっと、
「そのままの私で大丈夫だよ」
って、
誰かに言ってほしかった。
認めてほしかった。
自信が欲しかった。
安心したかった。
だから今、
もしあなたが、
「自分がわからない」
「本音が出てこない」
「気づけば周りばかり優先してる」
そんな状態なら。
それは、
あなたが弱いからじゃありません。
きっと、
ずっと頑張ってきたから。
そして私は、
そんなふうに頑張ってきた人ほど、
安心できる場所
が必要なんだと、
少しずつ感じるようになっていきました。
次回は…
そんな私が、
「話を聞いてもらえる安心」
に救われていった話を書こうと思います。
続く↓
