「ありがとう」の代わりに言わせてしまう「ごめんね」の正体。妻の病気と、私たちが手放したい“呪い”の言葉
妻の体調が優れないとき、シンクに溜まったお皿を洗う。お風呂の浴槽をピカピカに磨き上げる。
我が家では、そうして私が家事を率先してやることがある。解離性障害とうつ病を抱えながら、毎日を一生懸命に生きている妻の負担を、少しでも減らしたいからだ。
環境の変化や私の仕事の繁忙期など、家族を取り巻く状況が変わるなかで、パートナーからの「ありがとう」の言葉は、すり減った心をじんわりと温めてくれる一番の特効薬になる。その一言があるだけで、「よし、明日も頑張ろう」と思える。
それなのに、私が家事を終えて戻ってくると、妻はいつも申し訳なさそうな顔をして、消え入りそうな声でこう言うのだ。
「……ごめんね」
「そこは『ありがとう』だよ」 私は毎回、優しく、冗談めかしながらそう注意する. 「謝られるより、ありがとうって言われた方が、パパは百倍嬉しいんだから」
妻は「あ、そっか。ありがとう……」と小さく笑うけれど、次に私が何かを手伝ったとき、やっぱり口から出てしまうのは「ごめんね」だった。
どうして、感謝を伝えたい場面で、謝罪の言葉が出てしまうのだろう。 キッチンでのそんな小さなすれ違いを繰り返すうちに、私は、ある記憶の糸を手繰り寄せていた。
結婚前から続いていた違和感
思い返せば、この違和感は、妻が病気を発症するずっと前――結婚当初からあった。
妻の洗濯物を私が代わりに畳んだとき。 妻がうっかり落としたペンを、私がサッと拾って手渡したとき。
どんなに些細なことでも、妻が最初に口にするのは、決まって「ありがとう」ではなく「ごめん」だった。
当時、付き合い始めた時の私は、「ずいぶんと謙虚で、気を遣う女性だな」「言葉の癖のようなものだろう」くらいに思っていた。まさかその言葉の裏に、妻の心を何年も縛り付け、やがて壊してしまうほどの、深く暗い原因が隠されているとは夢にも思わずに。
妻が病気になり、初めて心療内科の診察に同行したとき、剥がれ落ちるようにして明らかになったのは、妻が幼少期に実家で受けていた、凄まじい精神的虐待の事実。
「妻は、父親の所有物だった」
そう確信するほどの異常な環境。自分の意見を言うことは一切許されず、理不尽に怒鳴られ、存在そのものを否定され続けた子ども時代。
その過去を知ったとき、私の中で、これまでのパズルのピースが音を立てて繋がった。
妻は、あの実家で、常に「ごめん」と言わされ続けて生きてきたのだ。
生き延びるための「防衛本能」
虐待を受けていた環境において、妻にとって「ごめん」という言葉は、単なる謝罪ではなかった。
それは、怒る大人を鎮めるための、そして「これ以上、私を傷つけないで」と自分を守るための、生き延びるための防衛本能(シールド)だったのだ。
何かをしてもらったときに「ありがとう」と喜ぶことすら許されず、「何かをさせてしまって、迷惑をかけてごめんなさい」と平伏さなければならなかった場所。
「生きていてごめん」 「ここにいてごめん」
そんな強烈な罪悪感が、妻の心の一番深いところに、呪いのように刷り込まれてしまっていた。だから、結婚して家族になり、夫が自分のために優しさを見せてくれたときであっても、妻の心は「嬉しい」と感じるより先に、過去の恐怖から反射的に「迷惑をかけて申し訳ない」と身構えてしまう。
病気を発症してから、妻の「ごめん」はさらに加速した。 特に体調を崩し、寝込んでしまったときなど、妻はいつも泣きながら言う。
「病気になってごめんね……。パパにも、息子くんにも、迷惑ばかりかけてごめんね」
その姿を見るたびに、胸が締め付けられるように痛む。 声を大にして、妻の心に届くまで何度も言いたい。
「病気になりたくてなった人なんて、この世界に一人もいないよ」
風邪をひくのと同じように、心が限界を迎えて倒れてしまっただけ。誰のせいでもないし、ましてや君が謝る必要なんて、どこにもないのだ。
呪いの言葉を、愛の言葉に変えていく
私たち家族は、いつもこの「病気のせい」「過去のトラウマ」という目に見えない怪獣と戦っている。そして、その怪獣が放つ一番厄介な攻撃が、妻に「ごめん」と言わせてしまう罪悪感なのだ。
でも、どんなに暗転する瞬間があっても、我が家には特効薬がある。
私と妻で、お調子者の4歳息子を真ん中にして、ギュッと挟み込む。
「それじゃあ、いくぞ! サンドイッチ!」
大人二人の大きな腕で、小さな息子を包み込む。その体温を感じるとき、さっきまでリビングを支配していた張り詰めた空気は、一気に我が家の幸せな色に塗り替えられる。
妻の心にある“呪い”は、一朝一夕で解けるものではない。 これから先も、妻の体調が優れないときに私が手伝うたび、妻は「ごめんね」と言ってしまうかもしれない。
それでも私は、諦めずに、何度でも優しく注意し続けようと思う。 「そこは、ありがとう、だよ」と。
「ありがとう」という言葉は、相手を幸せにするだけでなく、それを口にした自分自身の存在をも「ここにいていいんだよ」と肯定してくれる、魔法の言葉だから。
妻が、自分の存在を心から許し、「病気だけど、支えてくれてありがとう」と笑顔で言える日が来るまで。 私は妻の心に寄り添い、何度でも「ありがとうでいいんだよ」と伝え続ける。
もし、この記事を読んでくださっているあなたや、あなたの身近な人が、誰かに対して「ごめんなさい」ばかりを繰り返しているなら。 どうか、その裏にある傷に気づいてあげてほしい。そして、ゆっくりでいいから、その言葉を「ありがとう」に変えていけますように。
我が家の泥臭くも愛おしい一歩が、どこかで悩む誰かの心を、少しでも軽くするヒントになれば幸いです。
精神疾患を抱えるあなたやご家族で悩んでいる方へ、おすすめの相談・情報サイト
もし、いま当時の私と同じように「外での姿と家での姿のギャップ」に
一人で戸惑い、悩んでいる方がいたら、
どうか抱え込まずにこうした専門のサイトや家族向けの場所も
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こころの情報サイト(国立精神・神経医療研究センター)
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ぜひあわせてお読みください。
なお、普段は、私とお調子者の息子と闘病中の妻とのドタバタ劇を書いています。マガジンでまとめてありますので興味がありましたらご覧下さい。
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