流離の冒険者 ♯6 憧れの上級職 【連載小説】(ファンタジー小説)
【あらすじ】
初級職の先に上級職がある。
ヒルデ将軍のレンジャーは、上級職のひとつ。
それは、かつての少年少女の憧れであった。
勇者や英雄よりも、ヒーローだった。
皆がその姿の真似をして、遊んでいた。
しかし、大人になるとその心が消える。
私たちは、大人になってしまったのだろうか。
「レンジャー‥‥‥」
目の前に、わたしがかつて憧れた正義の光があった。
あまりにもまぶしすぎる。
上級職に就くためには、初級職を磨く必要がある。
ひとつのことをとことん磨くか、複数を組み合わせるなど多岐にわたる。
よって、どのような道で上級職に辿り着くのか。
誰にも、正確にはわからない。
その独特なルートによって、ユニークな上級職もある。
しかし、実際はそんなユニークを求めるものは少ない。
そもそも、上級職には簡単になれるものではないからだ。
自分の適性にあったもので、それが上級職に繋がったなら、幸運といってもいい。
そんな風潮のなか、このレンジャーという存在。
これだけはない。
私たちは、心の中でこう思っている。
レンジャーだけは、ゴメンジャーと‥‥‥
レンジャー自体は、ユニークなものではない。
そのルートは、古来から書物に記されている。
条件は皆知っている。幼き頃、夢を見たからだ。
ひとつは、初級職を4つ磨くこと。
そして、それらが近接系、魔法系、治癒系、精神系と別れていなければならないのだが‥‥‥
私たちは今、そのひとつの魔法系の初級職を磨いている。
あと、3つも極めることが、果てしない道のりであるのは想像できる。
この時点でふるいにかけられる。
そして、最も恐ろしいことは‥‥‥
かつての憧れのヒーローは、本当に戦場の最前線に行っていたということである。
危険の最前線に、誰が好んで行くのかと。
過酷の先の、過酷。
そのようなイメージから、誰も憧れなくなってしまった。
つまり、大人になってわかったことは‥‥‥
レンジャーとは、勇者や英雄に匹敵する上級職だということ。
あまりに現実離れした夢を、私たちはどこかで諦めたのである。
◇
ーーヒュー‥‥‥
風の音だけが聞こえる中、ヒルデ教官がつぶやく。
「どうした、何を驚いている?」
全てにおいて、圧倒的な力の差を見せつけられたことで、みんな動けなくなっていた。
そんな中、わたしは考える前に口に出ていた。
「あの‥‥‥ヒルデ教官」
「なんだ?」
「どうして、レンジャーに?」
ヒルデ教官は、堂々と当たり前のように告げる。
「愚問だ。かっこいいからに決まっている」
「いや、しかし‥‥‥」
「それがわからない時点で向いていない。諦めろ」
「‥‥‥」
まっすぐな眼差しから放たれる言葉に、何も言えなくなってしまった。
ーーチクタク、チクタク‥‥‥
「おっと、さっきのランニングで少し魔力を減らしてしまったか」
そろそろ、戦闘訓練の開始時刻が迫っていた。
今日はどんなことが始まるのかと‥‥‥
「うーむ‥‥‥これではつまらないか‥‥‥」
ヒルデ教官は顎に手を当て、何かお考えの様子。
その静寂の時間をただ、待つ。
「減っては戻す‥‥‥魔物相手では難しいが‥‥‥よし、これだな」
「ごくり‥‥‥」
「わたしから、逃げてみろ」
「‥‥‥逃げる?」
ーーゴゴゴ‥‥‥ギュイーン‥‥‥グィーン‥‥‥
ヒルデ教官の全身から、凄まじいオーラが出ている。
無数の身体強化のバフが発動している。
「さて、何分持つのか‥‥‥」
強力な身体強化は、体力・魔力ともに疲弊していく反動がある。
時間を稼げば、勝てるということをすぐに察した。
「みんな!逃げるんだ!時間が経てば勝てる!」
ーーシュッ‥‥‥トントン。
「遅い。もう始まっているぞ」
どこからか声がする。
少しだけ遠いような‥‥‥いや‥‥‥
「うわっー!‥‥‥」
ーースィー‥‥‥ばたり。
一番後方にいた者が、穏やかに眠っている。
その当てられた手から、体力を吸い取られてしまったようだ。
つまり、これは‥‥‥
削られているはずの時間が、補填されているということ。
本来、体力が満タンの状態では、この技は効果がない。
相手の体力を吸い取るため、わざわざ自らの体力を削っている。
いや、本来のマイナス面を補って戦う、高等な技術のようにも‥‥‥
幅広い初級職を磨いてきたからこそできる業。
いったいどんな道を辿ってこられたのか‥‥‥
強力な状態を維持しながら、こちらの戦力だけが削られていく。
動きを止めなくてはいけない。
皆その方向を向き、手を向ける。
だが‥‥‥何もできない。
ヒルデ教官は、意識を失った者の肩をつかみ、立たせている。
構える手が震える。正確に当てる自信がない。
もし、この状況で味方に攻撃を当ててしまったらと考えてしまう‥‥‥
「ほう‥‥‥」
この瞬間、教官は察してしまったようだ。
私たちは、何もできないと。
気を失った者を盾に取られては、教官に抗うすべがない。
自信のなさを見抜かれ、そして、逃げるしかない現実を見せられる。
「己すら守れない者が、いったい何を守れるというのか」
ヒルデ教官の、静かな言葉が響く。
じぶんの身は、じぶんで守れと。
ーーチラチラ‥‥‥
次の獲物を探すように見渡しておられる。
ある者は、目があってしまったようだ。
「ひぃー!‥‥‥」
何もできない私たちは、ただ逃げ惑う。
目を背けた者から次々と捕食されていき、バタバタと倒れていく。
「か、回復をすれば‥‥‥あれっ‥‥‥」
倒れたものを助けようとする者もいる。
この状況で、攻撃ではなく救助に向かうという発想に驚いた。
ただ、逃げるしか頭にない私は、その勇敢な姿に心が動く。
なぜ、最初にそうしなかったのかと思い悩む。
ーースゥー‥‥‥ばたり。
「わたしは、逃げろと言ったんだ」
瞬時に見破られ、魔力ごと吸い取られる光景をみて、それすら不正解だと突き付けられる。
ヒルデ教官の最初の言葉‥‥‥
魔物相手では難しいと言っていたこと。
あれは、魔力を持たない魔物には、補給先がないということだったと、この時気づく。
幸か不幸か。私たちは、魔法を磨いてきた者たち。
倒れた者たちは、ヒルデ教官から見ると、魔力が不足した時どこからでも補給できるオアシスのようなものだった。
このオアシスから離れ、自身が襲われかけた時に防衛するのが正解だった。
しかし、今の私では、レンジャーに対する近接戦闘の術はない。
だから、逃げろと。
最初から答えを教えてくれていたと理解する。
仲間たちの声を、姿を無視して、ただひたすら走って逃げる。
自身の身体能力を向上させる魔法など、持ち合わせていない。
こんなことになるなら、ひとつやふたつ身に着けておくべきだった。
逃げることに徹していれば、こうならなかったのだろうか。
おそらく、別の教訓を得ていただけだと思う。
段々と、その脚に限界が来る。
日々魔法に頼り、身体が衰えているのを痛感する。
全身から冷たい汗が流れる。
前回の訓練とはまるで違う。
徐々に静かになっていく恐怖が、私に迫る。
次は誰なのか。その順番が近づいてくるのがわかる。
「はあ、はあ‥‥‥誰か‥‥‥たすけ‥‥‥」
ーートントン‥‥‥ばたり。
ほんの数分だったと思う。わたしもあまり覚えていない。
◇
ーーゴーン♪ゴーン♪
鐘の音で目が覚め、気がつけば夜空を見ていた。
その日、わたしたちは無傷で全滅したのである。
わたしは、勘違いをしていた。
レンジャーとは、誰かを守るために存在していると。
しかし、ヒルデ教官は違う。
自らを守るためにその技を磨き、その先で誰かを助けている。
窮地の危機に、憧れのヒーローが駆け付けてくれるという、甘い考えがあった。
「何も‥‥‥できなかった」
じぶんの不甲斐なさと悔しさから、自然と涙が流れる。
わたしはまだ‥‥‥
大人になっていなかったのである。
ーーつづく。
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