流離の冒険者 ♯7 ラスト・マナ 【連載小説】(ファンタジー小説)
【あらすじ】
ずっと追いかける側だと思っていた。
それは、気楽だったのかもしれない。
夢の中まで、あの脅威に追いかけられていた。
ただ、ひたすらに逃げるしかない。
ヒルデ教官は、限界まで間違えない。
それは、こちらの小さな過ちが、大きな過ちとなることでもある。
夢でよかった‥‥‥
そう思えるシミュレーションを、わたしは何度も見ていた。
ーーグゥー‥‥‥ぐぅー‥‥‥
あまりの空腹に、目が覚めてしまった。
最近のわたしは、日中のあまりの暑さから、食欲が減退していた。
そんな状態で、夢の中まで、究極に追い込まれた後だ。
あれから、何も食べなかったのだろう。
あの訓練の後、どうやって家に辿り着いたか覚えていない。
夢と現実の光景が交錯し、どちらが本物であるかわからなくなっている。
かろうじて、このベットの上に生還したことは確かだ。
昨日から、どれくらい眠っていたのか。
窓からは、ほんのりと明るさを感じる。
思っていたほど、時が進んでいなかった。
今日という日が、休日でよかったと心から感謝する。
どこかに出かけるような予定はない。
予定よりも、余裕がないという方が正しいような‥‥‥
これは、わたしだけなのだろうか。
みんなは、どうなっているのか気になる。
ーーぐぅー‥‥‥ぐぅー‥‥‥
空腹の知らせが何度も届く。
「さすがに、何か食べないと‥‥‥せめて水を‥‥‥」
これほどまでに体力の限界を感じたのは、いつぶりだろう。
じぶんだけでは、きっとどこかで温存して、こうはならない。
久しぶりに、全身の疲労感を感じる。
「さてと‥‥‥そろそろ動くか‥‥‥あれ‥‥‥」
何かがおかしい。いったいどうなってるんだろう?
「ふん!‥‥‥えっ‥‥‥」
まるで、魂が抜けてしまったようだ。
そう、わたしは今‥‥‥
全身に力が入らず、起き上がることができない‥‥‥
「どうして‥‥‥何か身体に、異常があるのかな?」
昨日の記憶が、脳裏によぎる。
あのヒルデ教官の肩たたきから、何かが抜けていった。
一瞬で力が入らなくなり、意識を失ったけれど‥‥‥
あの技には、このような強力なデバフがあったのかと。
属性で言えば、麻痺。
あるいは、吸収しながら毒を体内に流し込まれたか。
もしかして、闇か暗黒‥‥‥
意識を失わせた後に、時間差でじわじわと苦しめる技‥‥‥
自覚症状がなく、知らないうちに蝕まれていく。
見たことも喰らったこともない、合わせ技であるが故に、身体への影響が全くわからない。
そして、その技の使用者が、あの女傑将軍であること。
そう思うと、全身に寒気が走る。
ヒルデ教官との圧倒的な実力差。
この差が埋まる未来が、まるで見えない。
あらゆる恐怖からか、全身が冷たく感じる。
「へっ、‥‥‥くしゅん!痛!」
腹部に痛みがはしる。
手で触れてみると、それだけで痛い。
「こんな強力なスキルが、この世界に‥‥‥」
身体の動かし方を、忘れてしまったようになっている。
でも、手と腕は動くことは確認できた。
まだ、上半身までは、あの技は効いていなかったようだ。
腕と手を使い、ベットの端まで辿り着く。
足の指先を床につけた瞬間‥‥‥
「ひぃー!!痛てぇ!!」
ぷるぷると脚が震える。
大地から強力な電撃がはしる衝撃‥‥‥それを、身体が拒否している。
「これが、聖なる雷‥‥‥」
これでは、今日一日何もできない。
赤子に戻ったようなこの状況で、出来ることを模索する。
「治癒魔法でも使えば、少しは治るかも‥‥‥ヒール」
ーーシーン‥‥‥
何も起こらない。
あの時、ヒルデ教官に魔力も根こそぎ奪われていたようだ。
ほんの数分で、わたしの一日分がすべて消耗されていた。
ヒルデ教官の能力が高いのか、わたしの能力が低いのか‥‥‥
ともに命懸けだったのかもしれない。
そんな中で冷静を保ち、相手に加減などできるのだろうか。
何も食べずに、ただ寝ただけ‥‥‥
これでは、十分に回復するわけがない。
これまで感じたことのない激痛に耐え、ゆっくりと立ち上がる。
ぷるぷると震え、不安定のまま移動を試みる。
そろりと壁に沿いながら、棒になった脚と、腕の力に頼りに歩く。
決死の思いでテーブルまで辿り着き、ようやく椅子に座る。
「ふぅー‥‥‥しまった!水と食べ物をここに持ってきていない!‥‥‥また、あれを‥‥‥動きたくない」
わたしひとりではこの程度だと、痛感する。
◇
ーーシーン‥‥‥
静かな空間で一旦冷静に考える。
ゆっくりと、身体のあちこちを確認する。
激しく力を入れない限り、動かない部分はない。
目で確認しても、毒で変色している様子もない。
あのヒルデ教官でも、次の日の休日まで追い込むだろうか‥‥‥
流石に‥‥‥いや、わからない。
わたしは、昨日何をしたのか。
思い出したくない、あの悪夢のような光景を振り返る。
「昨日したこと‥‥‥全力で逃げた‥‥‥あっ‥‥‥」
ようやくわかった。この痛みの正体。これは‥‥‥
ただの筋肉痛であると。
長距離を全力で走り回ると、腹部が痛くなるあの現象。
身体が衰えていると、次の日にこうなることを学ぶ。
まず、あの技は肩にかけられた‥‥‥一番疑う部分を見落としていた。
少し考えればわかることでも、原因がヒルデ教官にあると思えてしまう。
それほどまでに、わたしの中で大きな存在になっていることを、この時、自覚する。
テーブルの上に、空のグラスがひとつ置いてある。
昨日意識が朦朧とした中、使ったのだろう。
「‥‥‥」
すぐそこに、水を取りに行くだけにも関わらず、その距離が果てしなく遠く感じる。
「オアシスか‥‥‥」
何かをつぶやくだけで、昨日の記憶が蘇る。
今は動くことも、何かを考えることもしたくない。
ぼーっとしながら、グラスを見つめ蓋をするように、そっと手を当てる。
ーー‥‥‥
「ここに、水があるだけでいいんだよな‥‥‥」
ーーとぼとぼとぼ‥‥‥ぽとん‥‥‥
「えっ‥‥‥うそ‥‥‥」
力も思考も抜けた状態で、ただ祈るような感覚だった。
今まで、一度も成功したことがない。
この魔法は戦闘には、おそらく使えない。
でも、じぶんの中で超えられなかった壁を、この瞬間超えた。
わたしは、はじめて無詠唱で魔法を発動できた。
すぐに水を飲み干し、もう一度試してみる。
ーーとぼとぼとぼ‥‥‥ぽとん‥‥‥
「できる‥‥‥ついにできた!」
嬉しくなり、ゆっくりともう一度試す。
「ぐすん‥‥‥たまたまじゃない‥‥‥何回でもできる!」
腕で溢れる涙を拭いながら、何度も繰り返す。
「本当にできるんだ‥‥‥」
訓練初日の光景を思い出す。
ヒルデ教官も、ぼーっとした感じで、魔法を放っていた。
「そうか‥‥‥あの感じは、この感覚なのかもしれない!‥‥‥でも、ヒルデ教官はあくびをしていたような‥‥‥」
あの姿と比べたら、お遊び程度かもしれない。
それでも、ほんの少しでも近づけたことが嬉しかった。
「この魔法は、なんだろう‥‥‥水だから、ウォータみたいなものだけど、威力がまるでない」
私たちが威力を込めて放った魔法を、いとも簡単に指先ひとつの無詠唱魔法で迎撃していた、あの姿を思い出す。
いつか、あんな風に強力な魔法を自在に操れるかもしれない。
そんな気持ちで、いっぱいになる。
「指先ひとつでできるのかな‥‥‥できない。手のひらからスゥーっと流れる感覚か‥‥‥」
この時、あの姿がさらに高度なものであることを知る。
今は、あれを目指すのではなく、この感覚を完璧に掴みたい。
「この感覚を忘れないように、どこかに記して‥‥‥別の魔法でもできるのかな?早速練習しないと!‥‥‥あっ」
夢を見ているかのように、完全に浮かれていた。
それぐらい嬉しかったのだと思う。
さっきまでの、あの感覚を、わたしは忘れていた。
でも、この感覚だけは一生忘れない。
それは、わたしが大きく立ち上がる瞬間だった。
「痛てぇ!!!」
ーーつづく。
▼異世界ファンタジー小説、『流離の冒険者』に関する記事はこちらから。
▼異世界ファンタジー小説、『滅国の英雄』に関する記事はこちらから。
創作大賞2026 ファンタジー小説部門 応募作品
▼「ただの読者モード」への道 全4話
創作大賞2026 オールカテゴリー部門
▼「クリエイター能」への道 全3話
創作大賞2026 オールカテゴリー部門
