『滅国の英雄』 断章 ―漆黒の一族― ♯1 闇の襲来 【連載小説】 創作大賞2026 ファンタジー小説部門
ーあらすじー
かつてこの世界が、平和だった時代。
進んだのか、逃げたのかわからない。
わたしは、正しかったのだろうか。
ただ、静かに眠りたい。
かつての光を失い、ただ静寂の闇の中で生きる。
何を得て、何を失ったのか見えない生活をわたしは送っていた。
小さな一歩が、大きなものへと変わる。
闇との出会いが、新たな光へと繋がる物語である。
ーー静寂に包まれ、明かりひとつない世界。
微かに聞こえるのは、わたしの呼吸音。
これほどまでに落ちつくことが出来るのは、この空間だけ。
わたしはいつものように、眠りにつこうとした‥‥‥
ーーキーン‥‥‥
この金属音のような音も聞き飽きた。
「うーん、こほん‥‥‥よし、正常だな」
この謎の健康チェック‥‥‥誰かに見られていると恥ずかしい。
異常がないかを、毎日確認するのが日課となっている。
「さて、寝るとしよう‥‥‥」
ーーしーん‥‥‥
だが、何かがおかしい。
今ここは、わたしの求めるいつもの安らぎを感じない。
ーーカサカサ‥‥‥
間違いなく得体のしれない何かが、そこにいる。
いや、知っているからこそ恐ろしい。
これは‥‥‥奴だ。
生命を脅かす、生理的な嫌悪感。その「漆黒の波動」がある。
◇
――シーン。
痛恨のミスだ。
さっさと眠りにつけば、このようなことにならずに済んだものを‥‥‥
全く眠れない、気になりすぎる。
「‥‥‥困ったな」
奴は、こちらの呼吸すら感じ取る。
わたしは死者のように呼吸を殺した。
ーードクン!ドクン!ドクドクドクドク‥‥‥
わたしは、動揺しているのかもしれない。
自らの鼓動を感じ、それが早くなるのがわかる。
微かに開いた瞼の裏側で、部屋の隅々をチラチラと視る。
その死角には、月明かりさえ届かない。
目視では何も確認できない。
今ここは、「漆黒」が支配する空間だ。
この状況を放置して眠るほどの愚策はない。
一度見失えば、今宵、わたしの安全は脅かされることとなる。
いや、この先もずっと‥‥‥
わたしが動かなければ、相手も動かない。
向こうも、同じことを考えて警戒しているわけなのだが‥‥‥
わたしからは動きたくない。
いや、近寄るのが嫌なだけなのだが‥‥‥
この状況で何もできない己の無力さを、ただ恥じる。
わかっている。
どちらかが動かなければ、この状況は一切変化しない。
だが、この暗闇での戦闘は、こちらが明らかに不利だ。
もっとも避けなければいけないことは、こちらが後手にまわること。
そして、相手から近寄り、間合いをつめてこられることだ。
そうなった場合、わたしは敗北する。
なるべく、戦闘になるのは極力避けたい。
平和的に奴から立ち去ることも視野に入れ‥‥‥
今できることは、寝具を活用しミノムシのように防御を高めること。
これまで何度も経験してきた、あの死闘の空気である。
◇
――シーン。
芸術的といっていい。何の音もしない。
だが、かすかに違う。
一体どれだけの偉人がこれによって、姿を消されてきたか。
この気配‥‥‥似ている。
わたしが、生まれるはるか昔から、奴らの一族が身につけた業。
気づけない者はここで終わり、気づいたとて逃げ場などない。
まさに「黒き絶望」である。
だが、その業はわたしには一切通用しない。
わたしに足りないのは、闘う勇気のみ。
かつてない「闇の襲来」を告げていた。
◇
わたしは、今眠りについている。
だからこそできる業というものが、この世にはある。
「‥‥‥頼むから、勘弁してくれないかな、このままでは眠れ‥‥‥むにゃ‥‥‥」
闇に向けて寝言で話しかける。大分恥ずかしい。
だが、そんなくだらぬ矜持など、さっさと捨てた方がいい。
ーー‥‥‥
反応がない。そこから動いた気配もない。
ただの空振りだと思うと、変な汗が出る‥‥‥
それでも、わたしにはわかる。
この「漆黒」はその場所に必ず潜んでいる。
そう、これは長年の経験からくるものだと。
今度ははっきりと宣言するように、告げる。
「‥‥‥欲しいものはくれてやる。さっさと用事を終わらせて帰ってほしい」
「‥‥‥」
「これは、お互いのためだ」
「‥‥‥」
「なら、仕方ないな‥‥‥」
手元にあった何かを、そこにめがけて投げる。
ーーシュッ!‥‥‥バシッ!‥‥‥
刹那。
物理的な死角となっていた場所から、「影」が剥がれ落ちた。
その小さな手には、菓子を握っている。
「むむっ‥‥‥なんと!見破られるとは!」
「スゥー‥‥‥ふぅー」
わたしは、その姿に内心安堵する。
真の敵ではなかったことに‥‥‥
「‥‥‥やはり、奴ではなかったか。すまない。きみはあの一族の者だよね?」
「はい!はじめまして!ナギといいます!」
「きみが、ナギか‥‥‥」
この子が‥‥‥確かに奴から聞いていた通り、物凄い才能を持っているな。
これほどの才能、その時代の歴史すら塗り替えかねない隠密の極致。
そのような業を、奴が「まともな理由」で使わせるはずがない。
それは、長年の付き合いからくる、何かがあったからだ。
「それで、きみは何の目的でここに?」
ナギは居住まいを正し、元気な声でわたしに告げる。
「師匠からあなたの『恥ずかしい記録』を盗んできなさいと、密命を授かりったのです!」
「‥‥‥ん?」
「ふん!ふん!」
少女は真剣に何かを探している。
いったい、あいつは何を考えているんだ‥‥‥
いや、この少女が何を考えているのかすら、わからない。
考えたところで無意味だとも思う。
こんなことは考えるより、聞いた方が早い。
だが‥‥‥信用していいものか‥‥‥
「その情報をどうするつもりなんだ?」
「わかりません!」
「‥‥‥」
何もわからず、ここに来たのかとあきれる。
そもそも、わたしの「恥ずかしい記録」とは‥‥‥
いや、無いわけではないが、さすがにこれは‥‥‥
「あの男は、普段は聖人のような面をしているが、実は誰にも言えないような阿呆な記録を隠しているはずだと」
「‥‥‥なんという幼稚な」
人間誰しも、人には言えないことなどある。
それは、互いに認め合うような関係であってもだ。
理解などできるわけがない。
だが、あいつにも伝えないことを、この子に伝えていいものなのか。
たしか、試練とか言っていたが‥‥‥
試練‥‥‥あいつは、この子に何の試練をさせているんだ‥‥‥
仮に過去を知ったところで消せないのは、あいつもわかっているはず。
つまり、今を‥‥‥
わたしのさっきまでの姿‥‥‥
あるいは、この状況が‥‥‥
冷静に分析すると、急に弱みを握られたような気になる。
そう思うと、目の前の少女が恐ろしく感じる。
ふざけている。神聖な「隠密の試練」をこんなことに。
奴は弟子をなんだと思っているのだ‥‥‥
わたしに不満があるなら直接くればいい。
あれ‥‥‥わたしは、今何を考えているんだ‥‥‥
意図が読めなさすぎて、混乱する。
自身を落ち着かせるためにも、少女に問いかける。
何かつかめるかもしれないと。
「それで、お目当てのものは見つかったのかな?」
ーーシュッ!
次の瞬間、少女は視界から消える。
わたしの死角をすぐさまに見つけ、死角から死角に移動する。
その業を見せていた。
ーーシュッ!シュッ!
まずい‥‥‥これでは、いつでもわたしの命を取れると言われているようなもの‥‥‥
そこまでしてわたしを‥‥‥
「‥‥‥何も見つかりませんでした‥‥‥だからこのようにしていたのです‥‥‥」
‥‥‥愚かな。なんという執念。‥‥‥なんという才能の無駄遣い。
少女のこの言葉に、内心ホッとする。
「しゅんぼり‥‥‥」
健気な姿を見て、情けなくなる。
わたしは、何を守ろうとしているのか‥‥‥
任務を成功させようとする真面目さと、失敗の不安が交錯している。
こんな日々が続くのは御免だ。さっさと終わらせたい。
「もう、十分だ。これ以上、その気配を感じるのは困る」
「むむっ!」
少女は少し警戒している。これでは何も解決しない。
やはり、あの時と同じように‥‥‥
「まあ、あれだ。菓子でも食べながら話そう。あぁ、それも食べていいぞ。お互いのためだ」
ーーシーン。
「おぉ!夜中に菓子を貪る。これぞ、隠密の極み!」
いったい何を教わってきたのだ。ペースがつかめなさすぎる。
隠密の極致が「深夜のつまみ食い」だなんて、歴代の隠密たちが泣いて逃げ出すだろう。
だが、少女の瞳は本気だった。
何か嫌な気配がする‥‥‥
「それで、きみの師匠は他に何か言っていなかったか?」
「師匠は遊びだと言っていました!」
「そうか‥‥‥」
なるほど、わたしはこの子と奴の遊びに付き合わされていると。
薄々わかってもいた。奴にそんな奥深い計画性などないと。
だが、あれでも隠密の里の長。
何か裏があると、考えてしまうもの‥‥‥
少女は、心配そうにわたしを見つめていた。
「師匠は最近遊んでいるのかと、気にしてましたね」
言葉に友としての重みを感じる。
わたしは、予想外の言葉に少し戸惑う。
「‥‥‥いいやつだな」
「む?」
最近は、忙しかった。連絡も取っていない。
それでも、気にしていたのか。
あいつのことは、少し忘れかけていたが。
やはり、何も変わっていない‥‥‥
今のわたしにできることは、ただひとつ.‥‥‥
この目の前の、少女と全力で向き合うだけだと。
「そうだな、あいつがわたしに気づかれなかったことなんて、ただの一度もない。だから、落ち込む必要なんてないぞ」
「むむっ!なんと!師匠でもできないのですか!」
少女は、期待に満ちた目でわたしを見上げてきた。
「では、その極意を伝えよう」
ーーつづく
『わたしは、時代を描かない』
『わたしは、わたしの生きた時代を描く』
▼続きはこちらからどうぞ。(全11話公開中)
TALESにて、創作大賞2026 ファンタジー小説部門 エントリー中
▼『滅国の英雄』 異世界ファンタジー小説 創作記録はこちらから。
▼『流離の冒険者』に関する記事はこちらから。
(異世界ファンタジー連載小説)
▼「ただの読者モード」への道 全4話
創作大賞2026 オールカテゴリー部門
▼「クリエイター能」への道 全3話
創作大賞2026 オールカテゴリー部門
