見出し画像

『滅国の英雄』 断章 ―漆黒の一族― ♯2 友情の終焉 【連載小説】 創作大賞2026 ファンタジー小説部門

【あらすじ】

漆黒の一族。闇に生きる者たち。
幼き少女との、おかしな出会いは、わたしにとっての大きな一歩となる。

かつての友である「奴」は、その一族の長である。
本当の名は、わたしも知らない。

そんな「奴」から、優秀な弟子「ナギ」がわたしのもとに送られてきた。
その真意はつかめていない。

この日、「わたし」と「奴」との友情は終わりを告げる。


――カサカサ。もぐもぐ。

部屋に響くのは、もはや刺客の気配ではなく、ただの少女の間食の音。
心の中で、これでは奴らと変わらないとも思った。

「なるほろ!そのように鍛錬を重ねられていたと」

さっき出会ったばかりとは思えない距離感。
完全に、この空間になじんでいる。

これは、師から受け継いでいるようにも‥‥‥

この業は、わたしが身につけたもの。
本来、伝えるのは惜しいものだが‥‥‥

ーーググッ‥‥‥グググ。

だんだん、座る姿勢が崩れている。
どこか、注意したくなるような気持ちにもなるが‥‥‥

この無警戒な姿勢を見ると、なぜか少し落ち着く。
目に見えて、闘う意思がないのがわかる。

伝わったところで、使われるものではないと。

「敵を知り、敵から学ぶ。きみは師匠という仲間からしか学んでいない」

「ふむふむ」

「それでは、わたしを超えることができないな」

わたしの突き放すような言葉に、ナギは感銘を受けたように目を輝かせた。

「ゴクリ」

わたしの言葉なのか、何かを飲み込んだようだ。

「師匠も、あやつは、漆黒の深淵を知り尽くした唯一の男だと‥‥‥」

「‥‥‥そうだな」

黒き虫への恐怖と警戒心が、隠密の察知に活かされた。
尊敬か警戒か。そのまなざしを目にすると、もう言えなくなっていた。

「きみの師匠からは、わたしたちの関係を聞いているのかね?」

ナギは、じっとわたしを見つめている。

「目と鼻毛の先だと」

「そ‥‥‥そうか‥‥‥なるほど。それは気になって仕方ないな」

親しい間柄。だが、嫉妬と不快からくる警戒心。
存在が気になって仕方ない。
今すぐに息の根を止めたいような感情。

それでも必要と自覚はしている。
だが、場合によっては斬る覚悟もあると。

無自覚とは恐ろしい。
やはり、時には他者からの評価も必要に思える。

どれだけ気にかけても、じぶんではわからないこともある。

「そうか、自分でも気づかないうちにこうなっていた。教えてくれてありがとう。奴にも感謝しなくてはいけないな」

「ほむほむ、敵に感謝。なるほろ」

――むしゃむしゃ。ポリポリ。
もぐもぐと動かしている口からこぼれる欠片を、わたしは目で追いかけ見つめる。

「‥‥‥あとで、確実に始末しないといけないな」

「ほむ?」

どうしてかわからない。
この少女の前では、つい自然に思ったことが口からもれる。

幸い少女には、わたしの言葉が届いていなかったようだ。

隠密が使うようなセリフを、このようなことに使ってしまった自分を少し反省した。

その時、ふと疑問に思った。

隠密の一族とは、食べ物に警戒するものではないかと。
相手の命を狙い、毒を仕込む側。

ならば、毒を仕込まれる可能性も教えてもらっているはずだが‥‥‥
時代が変わったのか‥‥‥

「さっきから、無警戒に食べているが、毒が入っているかもしれないぞ?」

少女は不思議そうな表情を浮かべ、わたしに問う。

「師匠のお友達なんですよね?」

「まあ、そうだな‥‥‥」

「いつも言っていましたよ!あいつは、いいやつだって!あと、絶対に裏切らないって!」

裏切る理由も勇気も、何もないだけなのだが‥‥‥
自然に忘れてくれるならそれでいいと。

思い返せば、どうやって友になり、親しくなったのかすらわからない。

あいつは隠れるのが上手い。
そして、わたしは見つけるのが上手かった。

今は、それが逆に想える。

たったそれだけで、気づけば横にいた。
だが、次第にその距離を取り始めたのは、わたしからだと思う。

あいつはいつもこうだった。

わたしがつまらない時、いつもつまらないことをしてくる。
それがいつの日か、つまらないと思うようになった。

「‥‥‥そうか、あいつが‥‥‥」

わたしの胸の奥に、言葉にできない熱いものが込み上げた。
愚かなのは、わたしだった。

‥‥‥一瞬でも疑った自分を許してほしい。

それでもあいつは、弟子の前でわたしを高く評価していたのか。
世界で唯一、命を預けられる男だと。

わたしは、あいつとの差を感じ始めていたのかもしれない。
里の長をつとめ、このような優秀な弟子を育てるあいつを‥‥‥

どこか遠ざけたくなっているように。

それでも、あいつはずっと信じているのだろう。
あいつだけが見つけた、このわたしを‥‥‥

今もずっと探しているのだと。

だから、この少女は毒の警戒もせず、無防備に笑っていられる。
そのまっすぐな姿を見て、わたしは悟った。

簡単に説明できるものは、いつか切れる。

皮肉にも、わたしは教えられたのだ。
わたしが、これまで気づけなかった大切なものを。

ようやくわかった気がした。
菓子を頬張る、この幼い少女との出会いによって。

「‥‥‥やはり、たまには遊ぶのもいいかもしれないな」

「あと、あの家にはおいしいお菓子があるぞって!」

「なるほど、ここに来たのか‥‥‥」

「師匠も好きだって言っていましたよ!えっーと、師匠の情報では、確か隠してある場所は‥‥‥」

「そうか、奴が‥‥‥」

この時、この幼い少女の話がすべて本当であると確信した。
時折、客人に出すためのお菓子の減りが、どうも早いことがあった。

わたしの記憶違いかと思っていたが。

‥‥‥犯人は奴だったのだ。

わたしが留守の間、隠密の神業を全開にして忍び込み、奴は親友の菓子を盗み食いしていたのだと。

忘れていた感情が急に蘇る。
これまでなら、何とも思わなかっただろう。

だが、あいつの顔が脳裏に浮かぶと、今は無性に腹立たしい。

絶対に許してはならない。だが‥‥‥

隠密の能力など、これくらいの使い道しかない世界が、一番正しい。

奴の正しさを、わたしは認めざるを得なかった。

「そうか、いろいろ教えてくれてありがとう。ナギ」

「それで、これからは何とお呼びすれば?師匠に聞いても教えてもらえなかったのです」

「好きに呼んだらいい」

「じゃあ、漆黒のG!」

ナギにとって、その名は不名誉な蔑称などではなかったのだろう。
闇を統べ、深淵を知る、敬愛する師匠の二つ名。

ならば、同格の証「漆黒のG」であるはずだと。

わたしが裏で奴を呼んでいた名だ。
どのタイミングで、ナギに伝えたか覚えていない‥‥‥

少女は、最大級の敬意を込めてその名を呼んだに過ぎない。

「それはだめだな」

「むむっ‥‥‥」

ナギがその名でわたしを呼んだのは、後にも先にもその一回きりだった。
師に値する者に「だめ」と言われたことは、少女にとって絶対の禁忌となる。

それほどまでに、ナギは健気で、真っ直ぐだった。

――後日、わたしの秘密はあえなく漏洩した。

親友を陰で「漆黒のG」と呼んでいたということ。

あいつはこの世界で唯一、わたしに命を託してもいいと本気で想っている。

そんな相手に、裏でふざけた呼び名を付けられているとは、夢にも思っていなかったはずだ。

それが、無垢な弟子であるナギを通じて、奴の知るところとなる。

以降、奴からの罰として、わたしはナギの遊び(かくれんぼ)に何度も付き合わされるようになった。


以前にも増して、お菓子の減りが早くなった。


ーー今はそれほどに、暇なのだ。


ーーつづく


『わたしは、時代を描かない』

『わたしは、わたしの生きた時代を描く』


▼続きはこちらからどうぞ。(全11話公開中)
 TALESにて、創作大賞2026 ファンタジー小説部門 エントリー中

▼『滅国の英雄』 異世界ファンタジー小説 創作記録はこちらから。

▼『流離の冒険者』に関する記事はこちらから。
(異世界ファンタジー連載小説)

▼「ただの読者モード」への道 全4話
 創作大賞2026 オールカテゴリー部門

▼「クリエイター能」への道 全3話
 創作大賞2026 オールカテゴリー部門