流離の冒険者 ♯25 孤独な騎士 【連載小説】(ファンタジー小説)
【あらすじ】
将の間まで案内され、ヒルデさんの将としての姿を見たわたしは、少し複雑な気落ちになっていた。
将とはいえ、目の前にいるのは、レンジャー、ヒルデ・バレット。
未来が見えているわけではない。
ただ、ほんの少しだけ、誰よりも早く動くその姿に、誰もついていけていないのだと気づく。
そんな中、わたしは新人騎士としての心得を学んでいた。
お互い姿勢を正して、今後の動きについて話し合っていた。そこには、王城内の人たちにあいさつ回りを行うことが予定されていた。
紙の上に書かれた、名前だけではイメージがつかめない。
人を人で覚えるのがコツだという、ヒルデさんからの言葉がなんとなくわかる気がしていた。
そして、新人騎士として、最も気になる部分の話に入ろうとしていた。
「さて、きみの配属先なのだが‥‥‥どこがいいものか‥‥‥ん?」
ーー‥‥‥コンコン♪
「失礼します!ヒルデ隊長!サティア・イデリア、入ります!」
「入れ」
ーーガチャ‥‥‥バッ!
「ヒルデ隊長!お疲れ様です!」
「きみも、元気そうだな。サチ」
「あっ、ありがとうございます!」
大人な雰囲気がある、女性騎士が入って来られた。
その姿見て、騎士として相当な実力を持っていることが伝わってくる。
すぐに、わたしの存在に気づき、邪を見るような、強い視線を一瞬感じる。
「あの‥‥‥ヒルデ隊長。この者は‥‥‥」
「わたしが、拾ってきた、新人騎士のエール・ルクスだ。これから、ここで共に腕を磨くことになるだろう」
「ヒルデ隊長が‥‥‥拾ってこられたのですか?」
動物を拾ってきたかのような雰囲気の中、横目でチラチラとこちらを見られる。
「何か問題があるのか?」
「いえ!何も‥‥‥ありません」
ヒルデさんには、問題がなくても、何かに問題があるような雰囲気を、サティアさんから強く感じる。
「また、ヒルデ隊長に‥‥‥」
わたしにだけ聞こえるような声で、何かを呟いているようだったが、上手く聞き取れなかった。
「サチ、呼びに来るには、少々早い気もするが、何かあったのか?」
「‥‥‥何もないのですが‥‥‥ヒルデ隊長が早く来られていると聞きまして、その‥‥‥」
「そうか。まあ、いい。そうだ、サチ。ハーブティーを三つ入れてきてくれないか?」
「‥‥‥三つですか」
「そう、三つだ。優秀なきみのことだ。間違えることなど、決してありえん」
ヒルデさんの、真剣なまなざしがサティアさんに向けられると、しぶしぶという感じで部屋を出ていかれた。
◇
わたしは、ヒルデさんとサティアさんの関係が、気になっていた。
「ヒルデ、隊長。ですか?」
「そうだ、彼女は、わたしを隊長と呼んでいる。きみの先輩になる者だ、あまり粗相のないようにな」
謎の非公式組織が、この王国内に存在しているという。
ヒルデさんも黙認しているようで、あまり認知しないようにしているらしい。
サティアさんは、ヒルデ将軍と個人的に話すとき、この隊長という呼び方がどうも気に入っているみたいで、これも咎める気はないと言っていた。
そうしているうちに、サティアさんが部屋に帰ってきて、わたしの横に座り、しっかりと、三つ用意される。
「剣か魔法かなどと、絞った選び方がいいのかはわからんが‥‥‥どの道、どこかには入らねばならないからな」
ヒルデさんも、わたしと同じくらい悩んでいる様子が出ている。
王国騎士はどこかの専門分野に配属され、腕を磨いていくことになる。
剣か魔法か、まだはっきりしない、わたしにはこれが決められない。
「あの、ヒルデさん」
この瞬間、横に座っていたサティアさんの、ティーカップがカタカタと音を立てていた。
「ん?どこか気になるところがあるのか?」
「えっと、ヒルデさんの、レンジャー隊というのは?」
刹那、横から大きな音がする。
ーーバン!
「ふざけないで!さっきからその呼び方もあなた、ただの新人の癖に図々しすぎるわ!何も知らないくせに!そんな隊があれば‥‥‥」
鋭い目つきのヒルデさんが、軽く制止の合図を送り静まる。
「しっ‥‥‥失礼しました」
ーー‥‥‥
「フッ‥‥‥まあ、そんな隊は、ないからな」
何か珍しいものを見るような笑みを浮かべておられた。
ーーギギギ‥‥‥ギュッ
サティアさんの拳が強く握られている姿を見て、何か、とんでもないことを言ってしまったように思えてしまった。
「あの‥‥‥すみません」
空間に向けて謝るしか出来なかった。
この世に存在しないことが、わかっているようでわかっていなかった。
ムーン戦隊が、ただの冗談だと思っていたのが間違いだったと、反省する。
「しかし、わたしも、きみにずっと付きっきりというわけにもいかない」
安心した様子で、サティアさんが、大きくうなずいていた。
「いろいろ雑務というものもあってな‥‥‥ん?」
いつものように、ヒルデさんは、何かを思いついたよう。
「そうか‥‥‥エール。きみにわたしの仕事を、一部手伝ってもらおう」
「なっ!?‥‥‥」
「できる範囲なら、お手伝いしますが‥‥‥いいのでしょうか?」
「書類や荷物を運ぶとかなら構わないだろう、それで時間ができれば」
ーーザッ!バッ!
サティアさんが、急に立ち上がり手を挙げている。
「ヒルデ隊長!それは、わたしが、手伝います!それに剣の腕もこの者より、わたしの方が上に見受けられますし!わたしの方がきっとお役に‥‥‥」
ヒルデさんの目が、だんだんと細くなっているように見える‥‥‥
自身の膝のあたりを指でトントンと奏でておられる姿が、どんどん早くなっている姿を見て、少し静かになる。
「サティア・イデリア。きみは、訓練を、サボりたいのか?」
さっきの時より、悍ましい雰囲気になり、低い声がゆっくりと響く。
「‥‥‥あの‥‥‥そういうわけでは‥‥‥」
サティアさんに、そんなつもりはないのだろうと思うけれど、ヒルデさんから内なる怒りが見えた。
「きみの好意はありがたい。だが、わたしの邪魔はしないで欲しい」
「‥‥‥ヒルデ、将軍‥‥‥申し訳ございません」
サティアさんの肩が凄く、落ちている。
初めて出会ったけれど、この人は物凄く、ヒルデさんを尊敬しているのがわかる。
でも、その想いが空回りし、全く別の方向に向いているようだった。
殺伐とした空気の中の、この毅然とした姿を見て、わたしも呼び方に迷ってしまう。
「あの‥‥‥ヒルデ‥‥‥将軍」
「あっ、すまん」
わたしの呼びかけで、ヒルデさんも、どこか反省しているようだった。
◇
ーーふぅー‥‥‥
「わたしの、くだらん拘りが、これまでの空気を悪くしていたようだ」
鋭い眼差しでサティアさんを見つめ、静かに視線だけが、ぶつかり合うだけの時間が過ぎる。
「サティア・イデリア。きみは、わたしを受け入れることができるのか?」
「えっと‥‥‥」
何の事だろうと、わたしもサティアさんも、わからないような問いだった。
「たぶん‥‥‥できると思います」
「わかった。きみから離れることを、わたしは辞める。だが、今から見る光景に絶望するのであれば、さっさと、きみから離れた方がいい」
「‥‥‥」
ーーバッ!
ヒルデさんは立ち上がり、サティアさんの前に立ちはだかる。
軽く目を閉じて、深く息をはいた後‥‥‥
ーーバタッ‥‥‥ボフッ。
「ヒルデ隊長!」
ソファーに身を任せるように、倒れられるこの姿を見て、サティアさんは混乱している。
「あなた!何座って見ているの!すぐに、すぐに、衛生兵を!!」
「いらん!!!」
声に反応して、部屋の空気が凍り付き、サティアさんが動かなくなる。
わたしも、放たれる威圧感から何もできなくなる。
ーーしーん‥‥‥
「サチ‥‥‥これが、わたしの、真の姿だ」
ソファーで肘枕をし、わたしがいつも見ている、あのレンジャーがそこにいた。
「これが、ヒルデ隊長の‥‥‥真の姿」
衝撃のあまり、サティアさんは震えている。
ヒルデ・バレットの渾身の一撃が心をえぐる。
サティアさんは、崩れ落ちるように、一度膝をついていた。
腰の鞘に入った剣を外し、震える脚を支えゆっくりと立ち直る。
この時、女傑将軍、ヒルデ・バレットのフルアーマープレートは、もうなくなっていた。
冷静さを取り戻し、ヒルデさんから向けられるやさしい視線から、全力のこの想いに、何か気づいたようだった。
一瞬、サティアさんの目が、わたしに向けられる。
「そんな‥‥‥ということは」
「わたしは将の前に、レンジャー、だからな」
レンジャーという言葉を聞き、サティアさんの震えが一層大きくなる。
何かに迷い、目を背けたいような、申し訳なささが出ていた。
「あの‥‥‥ヒルデ、隊長‥‥‥わたしは、わたしたちは、もう二度と‥‥‥」
「すべて、言う必要はない。大体は、もう、わかっておる」
「ヒルデ隊長‥‥‥ごめん‥‥‥なさい‥‥‥グスッ‥‥‥」
「そのセリフは、わたしは、苦手なんだ」
その瞳から、新人騎士のような涙がにじみ出ている。
どうして、流れているのかがわからないほどに‥‥‥
それでも、寝転ぶ将の前で、必死に騎士としての忠誠を示そうとしていた。
ーーかたかた‥‥‥
「愚かな、わたしをお許しください‥‥‥それでも、この、サティア・イデリア‥‥‥」
ーーズシィーン!
「今、再び、‥‥‥あなたの元で」
震えるサティアさんの顔が上がらない。
「フッ‥‥‥わかってくれて、ありがとう。これまで、恥をかかせてしまったな」
「とんでもございません、これまで恥をかかせていたのは」
「いや、いい。きみも、ひとりで、戦ってくれていたんだろ?」
「‥‥‥」
ーーポン。
サティアさんの肩をそっと叩き、何かを許しているようだった。
お互いの間にあった、見えない壁が壊れたように見えた。
あまりのショックで、サティアさんは、その後気を失ってしまわれる。
ひとりで少女を抱える、ヒルデ・バレットの姿がそこにあった。
ーーつづく。
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