流離の冒険者 ♯24 将の間 【連載小説】(ファンタジー小説)
ヒルデさんの手をとり、皆よりほんの少し早く、王国騎士団に入ることになった。
やさしくも気高い姿から出た、我らが誇り高き、ブレイロア王国騎士団という言葉に重みを感じていた。
将とは、あの姿なのだろうか。
数日かけて、自宅の荷物を整理し、いつものように家を出た。
ーーガチャ‥‥‥
まだ、日の出ない明るさの中、ドアを開けると、すぐ近くの大きな木の上で、片膝を立てて座る姿があった。
「おはようございます」
「‥‥‥いい朝だな」
ーーシュッ!
「わたしが王都まで、案内しよう」
最小限、必要な荷物を家の前において、王都ブレイロアに向けて歩き出す。あとで、ヒルデさんが手配してくれた方たちが、運んでくれるということだった。
王都までは歩けば一時間、城門から王城までは三十分程で辿り着ける。
毎日、ここを往復するには、馬を使う必要があるくらいの距離に感じていた。
「ヒルデさん、どこかに馬車があるのですか?」
「ん?」
不思議そうな顔で、こちらを見ておられる。
「歩くに決まっているだろう。いや、走っても構わないが」
「‥‥‥歩きでお願いします」
「うむ、道を覚えてもらう必要があるからな」
歩きながら、これからは王都の宿舎に泊まるか、自宅まで帰るか、ヒルデさんから提案される。
どちらかに絞る必要はなく、自由に選んでいいとのことだった。
新兵のうちは、皆この道を通ることになると。
ーーとことこ‥‥‥
舗装された道に辿り着き、だんだんと王都が大きく見えてくる。
この時間、ただ歩くだけが、少しもったいないように感じていた。
「あの‥‥‥ヒルデさんは、どうして王国の騎士に?」
「‥‥‥ガルド兵士長に誘われたからだな」
「ガルド兵士長の、故郷を助けた話ですか?」
「そうだ‥‥‥きみは、先の大戦を知っているか?」
魔人大戦‥‥‥いつから始まり、いつ終わったのかはっきりとしない、魔族と人の間で起こった大きな戦い。
わたしの父や母の時代には、すでに始まったと聞かされていた。
初めは小さな村が襲われるという争いだったが、わたしがうまれた時、突如として、魔族の大侵攻が始まり、ここから五年は暗黒の時代と呼ばれる。
魔族との戦いが最も激しい時代が、ここだと伝えられている。
その時、人類の先頭には、勇者と呼ばれるものが立ち、ここより遥か西、西果ての地に辿り着いたことで、魔王を討ち取ったとされている。
勇者の功績は、凄まじいものだったと記録されているが、それ以降、勇者の姿は、誰も見ていない。
ヒルデさんも、かつてこの勇者に助けられたことがあると言っているから、勇者は本当にいたのだと知る。
戦いのピークが、ここだったことを考えると、魔王と勇者の相打ちだったとする考えが、最近は一般的にもなってきている。
それでも、勇者の活躍が廃れることは決してない。
◇
魔王がいなくなったとされる後の時代も、魔族との戦いは続いていた。
その時代に、約十年、ヒルデさんは武芸を鍛えるため、世界を周る旅をしながら魔族を倒し、己を磨き続けたという。
旅を終えようとしていた時、ガルド兵士長と出会い、このブレイロア王国騎士団に至ったということだった。
そこから四年ほど、兵を率いて魔族の残党を次々に打倒し、今や将の地位につくほどになったという。
レンジャー、ヒルデ・バレットの時代は、目に見えるように平和を築いていた。
それは、かつて魔族と呼ばれていた存在が、モンスターと呼ばれるほどに、群れをなして人を襲う、脅威の存在だということを忘れるほどに。
わたしたちにとって、勇者よりも、レンジャーがヒーローの時代だった。
そう考えると、わたしとヒルデさんの差は‥‥‥
「どれだけ、多くの戦場に立っていたかという話だな。無論、少ない方がいいに決まっている」
闘技場に辿り着いたその姿が、そこにあった。
◇
王都に近づき、朝陽が出てきたころ、人の姿が見えてくる。
「ヒルデ将軍!おはようございます!」
軽く手を挙げ、何人もの兵士たちと挨拶を交わされていく。
毎日こんな感じだと、いったい何人と挨拶をすることになるのだろうと、気を遣う。
兵士たちのこの勢いで、すべてに全力で返していたら、数日で喉がつぶれそうだ。
王都の入り口に辿り着き、門をくぐり城壁を通ると、左右に兵舎が見える。入り口に近い方が、外からの敵にすぐに対応できるという仕組みを教えてもらう。
王城には、近衛兵や新衛兵、ある程度の地位に就くものが普段は生活しているということだった。
城まで辿り着くだけでも、三十分はかかるほどに、巨大な街並みだった。
街の中ですれ違う人々の視線が、次々に向けられていく。
「将の間まで、案内する」
「将の間ですか?」
「そうだ」
王城に辿り着き、ヒルデさんの部屋である将の間まで案内される。
広く豪華なエントランスの奥の、階段をいくつも上っていく。
メイドたちは静かに頭を下げ、近衛騎士と思われる人は軽く立膝をつく。
赤い絨毯の道をゆっくりと歩き、街に近いひとつの豪華な扉に辿り着く。
「ここだ」
ーーシャリン‥‥‥
ヒルデさんは、金のカギを取り出し、鍵穴にさしている。
魔力を込めないと、扉が開かない仕様になっているということだった。
ーーガチャ‥‥‥ドドド‥‥‥バタン。
中に入ると、将にふさわしい豪華な内装が広がっていた。
これまでの勲章や、活躍を讃えるような数々の物で溢れている。
武器や防具もピカピカになって飾られている。
壁際に書物、中央に来客用のテーブルとソファー。
窓際には、豪華な椅子とテーブルが配置され、奥の方の扉の向こうは休めるようになっているという。
窓の外は、街を一望できるバルコニーとなっていた。
ここで、何不自由のない暮らしができるようにしか、わたしには思えない。
「エール。楽に休め」
ソファーに座っていいと合図を出され、お言葉に甘える。
しかし、正式な上官となった今、気を引き締めるべきだと思う。
「失礼します!ヒルデ将軍!」
「‥‥‥はぁー」
何かにがっくりするような、重い溜息が漏れておられた。
「すまん、その暑苦しくも、寒い感じはやめてくれ。外にいるときだけで十分だ」
どうやら、期待に応えられなかったようだ。
わたしは、入り口に近い方のふかふかのソファーに座る。
ーートコトコ‥‥‥ボフッ‥‥‥
楽に休むとはこういうことだと見せるように、向かいのソファーで寝転がっておられる。
これを真似をするには、流石にレベルが足りない。
でも、その姿を見ていると、気持ちが少し軽くなった。
「あの‥‥‥ヒルデさん」
「ん?‥‥‥ハッ!」
何かを思い出したように、急に起き上がり、机のある椅子に座られる。
ーー‥‥‥トントン♪
「失礼します。ヒルデ将軍、ハーブティーをお持ちいたしました」
「入れ」
ーーガチャ。
王城内のメイドが、わたしを一瞬見て慌てる。
「もっ、申し訳ございません!客人の方が来ていると知らず、ひとつしか用意していなくて。すぐに、お持ちします!」
「よい!この者は、ただの新兵だ!」
ヒルデさんの声を聞いて、メイドが冷静さを取り戻す。
「新兵全員に配っておったら、きみの仕事にならん。いつも通り、自分の務めを果たせばよい」
「ありがとうございます!」
メイドは、ヒルデさんの座るテーブルの前にハーブティーをおいて、明るい表情でわたしと会釈をした後、部屋を出られた。
しばらく静かな空気になる。
「わたしより早くあの者に気づくとは‥‥‥なかなかにやるな」
「えっ‥‥‥」
「なるほど、入り口に近い方だから、察知に差が出たのか。参考にさせてもらう」
椅子から立ち上がり、感心の視線が向けられ、置かれていたハーブティーをわたしに渡される。
「毒見とかそういうものではない。ただの礼だ」
「ありがとうございます」
そういうと、またすぐにソファーでゴロンとされている。
「‥‥‥エール。これが、レンジャーから将になった者の姿だ」
索敵に優れる能力の代償が、遠くからこの部屋に向かってくる人の足音さえ察知してしまうことだと教えられる。
本来ならば、気づかなくてもいいものまで、気づいてしまう。
その結果、相手に対して、理想の姿が先に見えてしまい、そう動かざるを得ないということだった。
常に何かに囲まれている、この将の間が、この世で最も休まらないということを教えられる。
でも、この無警戒に見えるこの姿はいったい‥‥‥
「あの‥‥‥わたしの前ではどうして?」
少し間があき、上を見上げられた後に、そっと呟かれる。
「きみが、レンジャーに憧れていたから、じゃないかな」
ーーつづく。
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