150.夢や希望もフィクション。
昔の仕事場にいつもため息をついている男性がいて。
彼の口癖は「 あーしんど 」で、しゅっちゅうため息まじりにこれをつぶやいていた。
当時この自我は、彼の発するネガティブワードにひっぱられそうな氣がして
「 あんまり近寄りたないなぁ。。 」と感じていたのだけれど、いま彼の言動を振り返ってみると、
ずっと理想に執着していたんだろうなぁと。
なぜなら、ため息やぼやきは、理想が叶っていないことへのあらわれだから。
ネガティブな反応は
ポジティブな理想や期待から生まれる。
善悪ベースの二元の世界において、ポジティブとネガティブはセット。
理想があるから「 それが叶わない 」という対極の事象が起きるのがコトバの概念でできた三次元の構造だ。
理想は、夢や希望とも言い換えられる。
でも
もし「 希望 」という概念を知らなければ
どうだろう?
対極の「 絶望 」を感じることはあるだろうか?
自然界の動物や植物たちに「 夢 」なんてあるのだろうか。
生まれたての赤ちゃんに「 失望 」なんてあるのだろうか。
そう考えると、希望や夢、理想もまたフィクションなのでは?
Mr.DXは言う。
人を不幸にするのは簡単です。
夢や希望、理想を持たせればいいんです。
三次元では夢を持つことは「 絶対的な善 」とされているけれど、これは「 絶対的な悪 」を呼び込むひとつの手段かもしれない。
夢を持つということは、必然的に「 未来を善、いまを悪 」とする思考パターンが植えつけられる。
夢を叶えるために未来に照準を合わせ、日々、目的意識を持って過ごしていくと、
まだそうなれていない「 いまの自分 」を否定することになる。
理想の未来をゲットするために頑張れば頑張るほど夢は遠のき( その分理想への執着は強まり )
遠のいた分だけそこへ近づこうと自分を叱咤激励し前進を試みるけれど
それはイコール「 いまのまんまじゃダメなんだよ! 」と自己ジャッジしていることと同じなのだ。
この自己否定が、私たちのエネルギーを滞留させ、いまとつながることを阻止してしまう。
これがMr.DXの言う
「 夢や希望、理想を持たせることで人は不幸になる 」ことの真意である。
この世って。。ホントに。。ねぇ。。。
そして
さらに興味深いのが、自我さんは所有した人、モノの数だけ理想も増えるという点だ。
たとえば。。。
続きます~~🍎
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