21.決めたいとき。
何回目かの「虚しさ」発動中なのですが。
時折やってくるその感じが自我にとっては好ましくなく、この状態についてMr.DXに尋ねたというのが前回までのお話🍎⇩
「虚しい」はEJの自我にとっては「悪」で。
そこに内在する善(希望や理想、期待)は
◎夢中になれるものがほしい。
◎楽しみがほしい。
◎手応えがほしい。
◎充実したい。
◎ハッキリさせたい。
◎よりどころがほしい。
◎目標に向かって進みたい。
◎達成したい。
◎落ち着きたい。
◎人生の指針をつかみたい。
その対極にある悪(望まない現実、なぜか繰り返す現実)は
◎未来を憂いる。
◎退屈を感じる
◎空虚感がある。
◎物足りない。
◎ぼんやりしている。
◎安定しない。
◎進む先が見えない。
◎張り合いがない。
◎定まらない。
◎方向性が決まらない。
ここに出てきた善悪を、意識の状態として俯瞰したときに見えてきたのは、
ひとつの方向性を決めたがっている。
そこに向かって進みたがっている自我がいる。
これすなわち
『充実感』であり『達成感』を求めている自我がいる。
ということではないかと。
これを善として所有しているので、その対極の「虚しい」(=物足りない、張り合いがない)が立ち上がる、
という “ フィクション ” にハマっているのだと氣がついた。
さらにここには。
「いまの自分」を否定する『目的達成型思考』にハッキングされていることも見てとれて。
『充実感』や『達成感』を得るためには、未来が必要になってくる。
いまコツコツと頑張った先(未来)に、充実感を得られる。
いま一生懸命に取り組んだ先(未来)に、達成感を得られる。
これは一見ポジティブに見えるし、三次元の世界ではこれが善とされている。
がしかし。
自我の構造からすると、思いっきり「いまの自分」を否定する方向へ導かれている。
なぜなら
そこに「未来」が登場した途端、
「未来」を善とし、「いま」を悪とする自我のプログラミングが起動してしまうからだ。
いまコツコツ頑張らなければ、明るい未来は得られない(=いまのあなたではダメですよ。だから頑張ろうね)。
いま一生懸命取り組まなければ、望む未来は手に入らない(=いまのあなたではダメだよ。だから一生懸命やろうね)。
といってるようなものだからだ。
あぶない、あぶない。
そこになんとなく氣づいているので
いまは「虚しさ」に襲われても何もせずにいられるけれど(ここが苦しい~と自我が言うとります笑)、
そうでなかったときは不足感を埋めようと無意識下で行動に走っていた。
それがMr.DXの言う『刺激・快楽』というやつだ。
物足りなさや空虚感を、食べることや友達とのおしゃべり、または新たな学びや情報を入れることで満たそうとしていた。
これがコワイのは「無意識下で」という点。
自覚がないのでこれに走り ➡ 不足の現実を生む ➡ その不足を埋めようとまた行動に走り ➡ また不足を生む。。。という自我の思惑にまんまとハマり、エネルギーが枯渇していくというループに陥ってしまう。
\ はい。機能不全のいっちょ上がり~ ~/
何度目かのセッションでMr.DXはこんな言葉をくれた。
自我が何か決めたいときは『未来を結論づけたいとき』。
決めて早く進みたい。
早く理想とする未来(善)に進みたい。
でもこれは
いまの自分を否定することの始まりでもあるんです。
そうやって苦しみを生む自我のワナ。
なので「決める」のではなく、「状態を整える」。
「Do」ではなく「Be」なんです。
「決めたがる自我」に氣づいている状態。
それが「Be」でいられるポイントなのかなぁと感じています🍎
