43.愛の本質。
三次元の世界の「愛」が、
『自我が不足を埋めるための存在価値の証明』であるならば
ネオユニバースが言うところの「愛」とは?
ジャッジのないエネルギー。
解釈のないエネルギーが「愛」の本質だ。
Mr.DXはそれをこんな表現で教えてくれた。
たとえば。
目の前の人が、自我が反発するような発言、態度、行動をとったとしても
「そういうものの見方もあるんだね~」
「興味深いね~」
と一旦許容する。
相手が「間違ってる」、自分の方が「正しい」と
ジャッジするのではなく
いま相手が感じていることを一旦受け入れる。
このエナジーを「愛」と言うんです。
ただしこれは。
自分に対してのものの見方がハズれていないと
相手を許容するのは難しい。
なぜなら。
「相手を許容する」ことの本質は
『 自分を受け入れること 』
だからだ。
どういうことかと言いますと。。。
「私はこういう人間です」
という自分への決めつけ。
これを「自己定義」と言うのだけれど
これは真実ではない。
幼いころ親に「おまえは○○な子だなぁ」と言われたことをそのまま信じ込んでいたり、
友達の間で演じてた役割りがそのままセルフイメージに紐づいていたり、
占星術や四柱推命、九星気学など占術で示される性質を鵜呑みにしていたり。
それがポジティブであろうとネガティブであろうと
『外からのさまざまな定義づけ=自分』
となっているケースが多くないだろうか。
そしてこの捏造された自分像に「こうあるべき」「こうでなきゃいけない」という理想が生まれ、
「そうなれない自分」に対して自己ジャッジが生まれる。
「もっとこうありたい!」「もっとこうでないとダメだ!」
という自分への期待は
相手を見るときのフィルターとなる。
フィルターとは『判定基準』。
そもそもは自分に対しての「もっとこうありたい!」「もっとこうでないとダメだ!」だったのに
他者に対しても自分への期待を押しつけ、それで良し悪しを判断してしまう。
自分の物差しでしか相手を見れなくなってしまうのだ。
要は。
自分への期待値(理想)が高い人ほど、
(自分へのものの見方がある人ほど)
他者をジャッジすることが増え
許容できなくなる。
というわけだ。
結局のところ。
「相手を許容できるようになりたい」と頑張るのではなく、
自我の期待する私にならなくてもいい
と自我の理想を手放すこと。
そうすることが結果的に
相手を許容する「愛のエナジー」につながるのではと。
愛の本質は、エネルギーです。
自我がラベリングできない領域の周波数。
コトバを超えたニュートラルな世界にある。
愛は、理屈ではなくエネルギーなんですね。
自分や他者といった対ひとだけでなく。
あらゆるものに対してのものの見方がないこと。
それが
「愛の本質なんだよ」
と、ネオユニバースは教えてくれている。
