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42.所有/愛。


「愛」とは、「崇高なもの」「かけがえのないもの」。


尊く、厳かで、どんな極悪人といえども誰もが心の奥底にそれがあり、愛を持っていない人などいない。


人として持ってしかるべきもの。


それが「愛」だと思い込んでいた。



『Know-Wing』に出会うまでは。



『Know-Wing』を知り、三次元の概念が真実ではないことに氣づきはじめたとき、一番最初に受けとった氣づきが「愛を所有していること」だった。



「親子愛」「夫婦愛」「友愛」「人類愛」など、三次元での愛はさまざまあるけれど、『Know-Wing』的にこれらすべてが






不足を埋めるための対象に向けた


存在価値の証明。


『三次元の愛とは』/Know-Wing


ということを知ったとき、衝撃だった。



だって。。


だって。。。



親が自分へ、自分が親へ持っていた「愛」も、友との間に感じた「愛」も、愛猫に向けた「愛」もすべてが



不足を埋めるための行動だったなんて。。。


自分の存在価値を証明するための行為だったなんて。。。



三次元の真実を知ることは、「人間の(自我の)残酷さを知ることなのかも。。」と思ったのを覚えている。



これがプロローグで『Know-Wing』を「辛辣」と表現した理由のひとつでもある。




でもそれは。



それだけ「愛」というものを「美化」してきた(させられてきた)ということでもあり、「愛を所有」してきた(させられてきた)、ということにも氣がついたのだった。



「愛を所有する」とは、愛を重要視すること。



「崇高で厳かでかけがえのないもの」と「愛」を捉え、「人として持っていて当然のもの」と決めつけていた。



そうなったとき、目の前に現れる現実は、自我都合の解釈による愛の定義とは真逆の「卑劣で軽薄でどこにでもある」もので、



「人として持っていて当然の愛を持っていない」仲の悪い両親だった。




自我の構造からすると。






愛のない両親を目の当たりにし


ツライ思いをさせるために(そうすることでエネルギーを滞留させるために)



「愛」を所有させた




というのが本質なのだろう。


『愛を所有して起こること』/Know-Wing


そして。


この後さらに自我が起こす残酷な現実を見ることになり。。。



あれだけ喧嘩ばかりしていた両親が、母が認知症を患ったことで父が激変し、母を溺愛するようになった。



当初は。



私や妹のみならず、親戚中が父の変わりっぷりに驚き、甲斐甲斐しく母の世話を焼く父をみて「お母さん病氣になったけど、それによって夫婦仲が良くなってよかったなぁ」と感動していたのだけれど。



それも自我の構造からすると、



セルフイメージの高い父が、その不足を埋めるために母の世話に夢中になっているという真実がそこにはあり、「チーーーン」(あぁ残念。。。)となったのだった(笑)。



これは父のみならず、世間の多くの人たちに言えることではないかと。






恋愛中のラブラブなカップルも、


子煩悩な親も、親想いの子供も、


熱い友情で結ばれた友達同士も、



実はみんなお互いに不足を埋め合い、存在価値の証明をしている。



それが三次元で言うところの「愛」の本質だ。


『三次元の愛』/Know-Wing



社会全体が「愛」を絶対的「善」と捉え、その概念を私たちは植えつけられ、「愛」を所有させられている。



絶対的「悪」を現実化するために。



自我の構造を知ったとき。



実は「善悪」などなく、「なにもない」というのが真実だと氣づいたとき。



「愛」についてのものの見方もまったく変わるんだろうなぁと。



ではネオユニバースが言う「愛」の本質とは?



続きます~~🍎🍎🍎







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