月収二百万円の幻影と、紫色のリスを探す人々
スマートフォンの画面を指先で弾くたび、無数の「求人」が滝のように流れ落ちてくる。その中に、思わず指を止めてしまう異質な輝きを放つものがある。
「月収200万円以上。フルリモート可。資料作成などのプロジェクト支援業務」
一見すると、現代のゴールドラッシュへの招待状だ。ハードルは驚くほど低い。誰にでも開かれた門戸のように見える。しかし、その先に続く「詳細要件」に目を凝らした瞬間、甘い幻想は霧散する。
「〇〇業界(極めてニッチな金融領域)の業務知識必須」
「〇〇システム(レガシーかつ特殊な基幹システム)の導入経験5年以上」
「上記環境下でのPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)リード経験」
口をついて出た言葉は、おそらく私だけのものではないだろう。
「そんな奴は、おらん」
この矛盾に満ちた求人広告は、単なる採用担当者のミスなのだろうか。あるいは、世間知らずな経営者の妄想だろうか。否、ここには現代の労働市場が抱えるより深く、構造的な「病理」と、それを取り巻く私たちの「価値」に対する問いが潜んでいる。
私たちは今日、この「存在しない救世主」を探し求める現象を通じて、専門性とは何か、そして市場価値とはいかにして決まるのかについて、少しばかり冷徹な思索の旅に出る必要がある。
PMOという名の「何でも屋」幻想
まず、この奇妙な求人の核にある「PMO」という職種について、その定義の曖昧さと期待値のインフレを解き明かさねばならない。
本来、PMO(Project Management Office)とは、組織全体のプロジェクトマネジメントの品質を維持・向上させるための専門機関、あるいはその機能を担う役割を指す。プロジェクトマネジメント協会(PMI)が発行するPMBOKガイドによれば、PMOはプロジェクトへの直接的な指揮権を持つものから、支援的な役割に留まるものまで多岐にわたるが、その本質は「ガバナンス」と「標準化」にある。
しかし、日本の多くの現場において、PMOは「高級な雑用係」と「スーパーマン」の二重の意味を負わされている。
冒頭の求人を見てほしい。「資料作成支援」という言葉は、議事録作成やスケジュールの更新といった事務作業(アドミニストレーション)を想起させる。しかし、同時に求められているのは、特定業界の商習慣を熟知し、技術的な判断を下せるレベルの知見だ。
これは、欧州の高級レストランで「皿洗いを募集します」と言いながら、要件欄に「ミシュラン三つ星店でのシェフ経験があり、かつソムリエの資格を持ち、店舗経営の財務諸表が読めること」と書いているに等しい。
なぜこのようなねじれが生じるのか。それは、発注側が「何が問題なのか分かっていない」という事実を、無意識に露呈しているからだ。プロジェクトが火を噴いている(炎上している)。誰も現状を把握できていない。技術的な話も、業務的な話も、政治的な調整も、すべてが絡み合って動かない。
だから、「全部わかる人」が欲しい。その悲鳴が「月収200万円」というプライスタグに変換される。この金額は、業務の対価ではない。「私たちの混乱を、魔法のように一撃で解決してくれること」への、祈りの対価なのだ。
「紫色のリス」を追うグローバルな愚行
この現象は、決して日本特有のものではない。アメリカの人材採用業界には、「Purple Squirrel(紫色のリス)」という隠語が存在する。
リスはどこにでもいる。しかし、紫色のリスはいない。つまり、企業が求める「完璧な学歴、完璧な職歴、完璧なスキルセットを持ち、かつ給与予算内に収まる候補者」のことだ。リクルーターたちは、顧客企業がこの紫色のリスを求めてきたとき、深い溜め息をつく。
ハーバード・ビジネス・スクールのジョセフ・フラー教授らが発表した「Hidden Workers: Untapped Talent」というレポート(2021年)は、この問題を鋭く指摘している。企業の採用システム(ATS:Applicant Tracking System)が、あまりにも多くの要件を詰め込みすぎた結果、実際には業務遂行能力がある優秀な人材を、フィルターの段階で自動的にはじき出しているというのだ。
日本における「月収200万円のPMO」も、この「紫色のリス」の変種である。ただし、日本の場合はジョブディスクリプション(職務記述書)の文化が未成熟であるがゆえに、よりタチが悪い。欧米のそれが「厳密すぎるスペックの羅列」であるのに対し、日本のそれは「空気と文脈を読む能力」までスペックに含めようとする。
「特定技術に特化」しながら、チームの和を乱さない「コミュニケーション能力」を持ち、泥臭い「資料作成」も厭わず、経営層への「プレゼン能力」も持つ。そのような人材は、確率論的に言えば、市場には存在しない。もし存在したとしても、その人物はすでにどこかの企業のCIO(最高情報責任者)やCTO(最高技術責任者)として迎えられているか、自身で事業を立ち上げているはずだ。求人サイトで仕事を探してはいない。
空白の領域に宿る「真の価値」
「そんな奴はおらん」と切り捨てるのは簡単だ。SNSでその滑稽さを嘲笑し、シェアして終わることもできる。しかし、プロフェッショナルとして生きる私たちは、そこからもう一歩、深く踏み込むべきだ。
なぜなら、この「存在しない求人」こそが、莫大なビジネスチャンスの輪郭を形作っているからだ。
企業が「紫色のリス」を求める時、その裏側には強烈なペイン(痛み)がある。「200万円払ってでも解決したい」という切実なニーズがある。しかし、彼らは解決策の「形」を間違えているだけなのだ。一人の人間にすべてを背負わせようとするから無理が生じる。
ここで思考を転換してみよう。
もしあなたが、その求人の要件を「すべて」満たしていなくても、その痛みの「本質」を理解できるとしたら?
彼らが求めているのは、実は「特定のレガシーシステムを知っている人」ではないかもしれない。そのシステムから脱却できない組織の意思決定プロセスを変革できる人かもしれない。あるいは、膨大な資料作成を求めているのではなく、意思決定に必要な情報の透明性を求めているだけかもしれない。
市場価値とは、要件定義書のチェックボックスを埋める数で決まるのではない。顧客さえも言語化できていない「真の課題」を読み解き、そこに現実的な解を提供できる能力で決まる。
「月収200万円」の求人は、実は求人ではない。それは市場にあいた「巨大な穴」だ。その穴は、一人のスーパーマンによって埋められるものではなく、適切なチームビルディング、プロセスの再設計、あるいはテクノロジーの導入によって埋められるべきものだ。
私たちが提示すべきは、「私はその要件を満たしています」という嘘ではない。「その要件を満たす人間を探すのは不可能だが、あなたの組織が抱える課題は、別の方法で解決できる」という提案だ。
孤独な救世主から、組織の触媒へ
現代の知識労働において、私たちはともすれば「個のスキル」を磨くことに執着しがちだ。Pythonが書ける、マーケティングができる、会計が分かる。それらは確かに武器だ。しかし、それらをただ積み上げても、「紫色のリス」に近づくだけで、現実は遠のいていく。
真に賢明なプロフェッショナルは、自分が「部品」として完璧になることを目指さない。むしろ、欠けた部品だらけの組織に入り込み、部品同士をつなぎ合わせる「触媒」となることを選ぶ。
「業界特化」の知識がなくとも、その業界の専門家から知識を引き出し、体系化することはできる。「特定技術」の経験が浅くとも、その技術を持つエンジニアが働きやすい環境を整備することはできる。
冒頭の求人を出した企業の担当者が、もし目の前に現れた候補者から次のように言われたらどうだろうか。
「あなたが探しているような、そのすべてを一人でこなせる人間はいません。しかし、私はそのプロジェクトがなぜ進まないのか、その構造を分解し、今いるメンバーの力を最大化してゴールに導くことができます。資料作成はAIと若手に任せましょう。私がやるべきは、意思決定の支援です」
その瞬間、幻の「200万円の労働者」は消え去り、目の前に「現実的なパートナー」が現れる。幻想から覚めた担当者は、安堵と共に契約書にサインするかもしれない。
混沌を愛する
情報の非対称性が極まり、テクノロジーの進化が加速する現代において、企業の採用要件はますます混乱していくだろう。AIの台頭により、「何をしていいか分からないが、とにかく凄い人」を求める傾向は、むしろ強まるかもしれない。
しかし、悲観することはない。その混乱こそが、私たちの食い扶持だ。
整然と定義された仕事は、いずれ価格競争に巻き込まれ、AIに代替される。定義できない、矛盾に満ちた、一見すると「そんな奴はおらん」と言いたくなるような混沌とした領域にこそ、人間が人間として知恵を絞る余地が残されている。
次にタイムラインで、あり得ない高額求人を見かけたとき、嘲笑う代わりに想像してみてほしい。その画面の向こうで、混乱とプレッシャーに押しつぶされそうになっている誰かの顔を。そして、その「無理難題」を「解決可能な課題」へと翻訳できるのは、他の誰でもない、知恵と経験を積み重ねてきたあなた自身かもしれないということを。
紫色のリスはいない。しかし、森の生態系を理解し、木々を育てる庭師は必要とされている。私たちは、幻影を追うのではなく、荒れた庭に一本の木を植えることから始めよう。
