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「見送り」という返事が意味するもの

転職エージェント経由で、ある企業の採用担当者と話す機会を得た。その企業が出している求人は、月収200万円という破格の報酬を提示しながら、要件を見れば「そのすべてを満たす人材は存在しない」と誰もが気づくような内容だった。極めてニッチな金融領域の業務知識、特殊なレガシーシステムの導入経験5年以上、そしてPMOのリード経験。

いくつか話を伺った後、私は提案した。

「あなたが探しているような、そのすべてを一人でこなせる人間はいません。しかし、私はそのプロジェクトがなぜ進まないのか、その構造を分解し、今いるメンバーの力を最大化してゴールに導くことができます。資料作成はAIと若手に任せましょう。私がやるべきは、意思決定の支援です」

返事は、驚くほど早く届いた。

「今回は見送らせていただきます」

この短い一文が、奇妙なほど鮮明に、ある構造を浮かび上がらせる。採用担当者は、私の提案を理解したはずだ。論理的に考えれば、彼らが探している「紫色のリス」は市場に存在しない。にもかかわらず、現実的な代替案は拒絶された。

なぜか。

きっと現場は、ひどいことになっているのだろう。

組織が幻想を手放せない理由

企業が実在しない人材を求める背景には、複合的な要因が存在する。しかし、その中でも最も根深いのは、問題の本質を認めることへの恐れだ。

組織が危機的状況にあるとき、意思決定者は「単一の劇的な解決策」を求める傾向が高まる。月収200万円で「すべてを解決できる人材」を探すという行為は、まさにこれに該当する。プロジェクトが炎上している。意思決定プロセスが機能していない。部門間の連携が破綻している。技術的負債が山積している。これらの構造的問題を直視すれば、必要なのは組織改革であり、プロセスの再設計であり、時には痛みを伴うリストラクチャリングかもしれない。

しかし、それを認めることは、これまでの経営判断の誤りを認めることにつながる。「適切な人材がいなかった」という外部要因にすり替えるほうが、組織にとっては心理的に楽だ。

私の提案が即座に拒絶された理由も、ここにある。「構造を分解し、今いるメンバーの力を最大化する」という言葉は、裏を返せば「今の構造に問題がある」と指摘しているに等しい。採用担当者は、その真実を理解した。だからこそ、逃げたのだ。

「即答」が示す組織の病理

注目すべきは、返答の速さだ。

通常、候補者からの提案を検討するには時間がかかる。現場責任者に確認し、場合によっては経営層と協議する。特に、従来の採用方針とは異なる提案であれば、なおさらだ。

しかし、返事は「すぐに」来た。

これが意味するのは、採用担当者が独断で判断できる権限を持っていたか、あるいは、この種の「構造的問題を指摘する提案」を却下することが、組織の暗黙の了解として定着しているか、のいずれかだ。

組織心理学者のエドガー・シャインは、著書の中で組織文化を「問題に直面したとき、組織がどのように反応するかのパターン」と定義している。問題を直視し解決しようとする文化もあれば、問題を覆い隠し先送りする文化もある。

即座に「見送り」を告げた組織は、明らかに後者に属している。そして、そのような組織で進行中のプロジェクトがどうなるかは、想像に難くない。

「資料作成はAIに」という提案が刺したもの

私の提案の中に、もう一つ、組織の痛点を刺す要素があった。

「資料作成はAIと若手に任せましょう」

この一文は、暗黙のうちに、現在の組織が「本来AIや若手がやるべき作業に、高コストな人材を投入している」という非効率性を指摘している。

実際、多くの日本企業において、PMOやプロジェクトマネージャーの時間の大半は、議事録の作成、進捗報告書の整形、会議資料の体裁調整といった、本質的ではない作業に費やされている。この構造的非効率を放置したまま、「月収200万円でスーパーマンを雇えば解決する」と考えているとすれば、それは単なる延命措置に過ぎない。仮にそのスーパーマンが現れたとしても、やがて同じ非効率な組織構造に飲み込まれ、資料作成に忙殺されて終わる。

私の提案は、そのサイクルを断ち切ることを意味していた。だからこそ、受け入れられなかった。

「意思決定の支援」という言葉の重さ

「私がやるべきは、意思決定の支援です」

この言葉には、深い含意がある。

意思決定を支援するということは、意思決定者が現在、適切に意思決定できていないことを前提としている。情報が整理されていない、判断基準が曖昧である、あるいは意思決定そのものが回避されている。

企業のプロジェクトが失敗する最大の要因は「技術的な問題」ではなく、「意思決定の遅延と回避」であることは、複数の調査で明らかになっている。特に、日本企業においては、コンセンサス重視の文化が、迅速な意思決定を阻害する要因として作用している。

「意思決定の支援が必要だ」と言われた採用担当者は、おそらく心の中でそれを認めただろう。しかし、それを認めることは、経営層や現場責任者の能力不足を認めることにつながる。組織の政治力学において、それは極めて危険な行為だ。

だから、拒絶するしかなかった。

「見送り」の先にあるもの

この企業のプロジェクトは、おそらく今も進んでいない。あるいは、ゆっくりと崩壊に向かっている。

「紫色のリス」を探す求人は掲載され続け、応募は来ず、あるいは来たとしても要件を満たさず、時間だけが過ぎていく。現場では、過重労働が続き、士気は下がり、優秀な人材から順に離脱していく。

やがて、プロジェクトは失敗に終わるか、巨額のコストをかけて外部コンサルティングファームに丸投げされるか、いずれかの結末を迎えるだろう。その時、経営層は言うはずだ。

「適切な人材が見つからなかったのが敗因だった」

構造的な問題は、最後まで直視されない。

拒絶される提案にこそ、価値がある

プロフェッショナルとして市場で生きていく上で、私たちは「受け入れられる提案」を磨くべきなのか、それとも「必要だが受け入れられにくい提案」を突きつけるべきなのか。

これは、極めて難しい問いだ。

前者を選べば、仕事は取りやすい。クライアントの自尊心を傷つけず、既存の枠組みの中で動き、成果物を納品し、報酬を得る。しかし、その仕事は本質的な問題を解決しない。やがてクライアントは同じ問題で再び苦しみ、別の誰かに依頼する。私たちは、その場しのぎの「作業者」として消費される。

後者を選べば、拒絶される確率は高い。「今回は見送り」という返事が返ってくる。しかし、その拒絶の中にこそ、真の価値が宿っている。

なぜなら、拒絶されたということは、相手の痛点に触れたということだからだ。痛点に触れなければ、変化は起きない。組織は現状維持を続け、緩やかに衰退していく。

コンサルティング業界には、クライアントとの関係性を示す古い知恵がある。クライアントが聞きたいことを言う者は一時的に歓迎されるが、クライアントが知らなければならないことを言う者こそが、長期的に信頼される。最も報酬が高く、価値があるのは、クライアントが聞きたくないが直面すべき真実を伝える者だ。

「ひどいことになっている現場」への眼差し

「きっと現場は、ひどいことになっているんだろう」

この一文には、冷笑ではなく、深い洞察が込められている。

採用担当者を責めることはできない。彼らもまた、組織の歯車の一部であり、意思決定権を持たない可能性が高い。経営層に「こういう人材を探せ」と指示され、求人票を作成し、エージェントに依頼し、候補者と面談し、結果を報告する。それが彼らの役割だ。

構造的な問題を指摘する候補者を受け入れるには、上層部を説得し、場合によっては組織全体の方針転換を促さなければならない。それは、一採用担当者の権限を超えている。

だから、「見送り」と答えるしかない。

その背後には、膨大な会議と、形骸化した報告書と、誰も意思決定しないミーティングと、疲弊した現場メンバーの姿がある。

そして、その構造を変えられるのは、外部から入る人材ではなく、組織の内部にいる誰かが勇気を持って声を上げた時だけだ。しかし、その勇気を持つ人間は、すでに組織を去っているか、声を上げることを諦めている。

市場が教えてくれること

この一連のやり取りから、私たちが学ぶべきことは何か。

市場には「解決可能だが、解決されることを拒む問題」が大量に存在している。それらは、高額な報酬を提示しながらも、真の解決策を受け入れない。プロフェッショナルとしての価値は、「要件を満たすこと」ではなく、「要件の誤りを指摘し、正しい問いを立て直すこと」にある。そして、拒絶されることを恐れてはならない。

「今回は見送り」という返事は、失敗ではない。それは、あなたが本質に触れた証拠だ。そして、その経験は、次の機会において、より洗練された提案を生み出す糧となる。

拒絶の先に待つもの

転職市場には、不思議な逆説がある。

「誰もが応募したがる求人」は、実は価値が低い。なぜなら、競争が激しく、結果として報酬は下がり、労働条件も悪化するからだ。

一方、「誰も応募したがらない、矛盾に満ちた求人」は、実は巨大な機会を秘めている。なぜなら、その背後には、誰も解決できていない深刻な問題があり、それを解決できる者には、莫大な対価が支払われるからだ。

ただし、その機会を掴むには、一つの条件がある。

「クライアントが求めているものを提供する」のではなく、「クライアントが必要としているものを提供する」という転換だ。

この転換ができる人間は、少ない。なぜなら、それには勇気と、洞察力と、拒絶に耐える精神力が必要だからだ。

しかし、その少数の人間こそが、市場で最も高い価値を持つ。

「紫色のリス」という罠

アメリカの人材採用業界には、「Purple Squirrel(紫色のリス)」という隠語がある。リスはどこにでもいる。しかし、紫色のリスはいない。つまり、企業が求める「完璧な学歴、完璧な職歴、完璧なスキルセットを持ち、かつ給与予算内に収まる候補者」のことだ。

ハーバード・ビジネス・スクールのジョセフ・フラー教授らが2021年に発表した調査研究によれば、企業の採用システムが、あまりにも多くの要件を詰め込みすぎた結果、実際には業務遂行能力がある優秀な人材を、フィルターの段階で自動的にはじき出している。調査では、アメリカだけで約2700万人もの「隠れた労働者(Hidden Workers)」が存在し、彼らは意欲も能力もあるにもかかわらず、採用プロセスの設計ミスによって排除されていることが明らかになった。

日本における「月収200万円のPMO」も、この「紫色のリス」の変種である。ただし、日本の場合はジョブディスクリプション(職務記述書)の文化が未成熟であるがゆえに、よりタチが悪い。欧米のそれが「厳密すぎるスペックの羅列」であるのに対し、日本のそれは「空気と文脈を読む能力」までスペックに含めようとする。

「特定技術に特化」しながら、チームの和を乱さない「コミュニケーション能力」を持ち、泥臭い「資料作成」も厭わず、経営層への「プレゼン能力」も持つ。そのような人材は、確率論的に言えば、市場には存在しない。もし存在したとしても、その人物はすでにどこかの企業の重要なポストに就いているか、自身で事業を立ち上げているはずだ。求人サイトで仕事を探してはいない。

次に「見送り」と言われたら

次にあなたが、真摯な提案の後に「今回は見送らせていただきます」という返事を受け取ったら、落胆する必要はない。

むしろ、こう考えてみてほしい。

「ああ、私は正しい場所に触れたのだ」と。

そして、その経験を蓄積していけば、やがてあなたは、拒絶されない提案ではなく、拒絶を乗り越えて受け入れられる提案を作れるようになる。あるいは、最初から拒絶されない組織を見極める目を養える。

市場は、常に混沌としている。非合理で、矛盾に満ち、短期的には正しい判断が拒絶されることも多い。

しかし、その混沌の中にこそ、私たちが知恵を絞り、価値を生み出す余地がある。

整然とした市場には、もはや人間の出る幕はない。


出典・参考文献

  • Fuller, Joseph B., Manjari Raman, Eva Sage-Gavin, and Kristen Hines. "Hidden Workers: Untapped Talent." Harvard Business School Project on Managing the Future of Work and Accenture, September 2021. https://www.hbs.edu/managing-the-future-of-work/Documents/research/hiddenworkers09032021.pdf

  • Schein, Edgar H. "Organizational Culture and Leadership." 5th ed., Wiley, 2016.

  • Project Management Institute. "A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK Guide)." 7th ed., 2021. https://www.pmi.org/pmbok-guide-standards/foundational/pmbok

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