New York Journal #37|Day2-18「2nd Ave / 18th St |セントラルパークの”アレ”」
NYのセントラルパークに来てみて気がついたことがある。
同じような人たちが、同じようなものを売っているという”アレ”。
上野のアメ横だったり、どこかの市場だったり、賑わう路上を進んでいくと、敷物が引かれていて、魚だったり、洋服だったりが並んでいる”アレ”。現象名は不明。魚はまだわかるけれど、あんな服やら調味料やら、どこでとってきたんだか山菜やら、果物やら、へんな石が並んでいる”アレ”。そして、おばさんやおじさんが無表情に椅子にすわっている”アレ”。進んでも進んでも同じような人たちが同じようなものを売っている”アレ”。本当に売る気があるのだろうか…競争しているようで、何かを諦めている…悟っている人たちが静かに座っている”アレ”。
そんな”アレ”がここでもあった。
僕はセントラルパークでも”アレ”に出会ったのだ。セントラルパークの”アレ”は、手袋や帽子を売っている人たち、マンゴーを売っている人たちの“アレ“。同じような民族衣装(チベットやモンゴルっぽさの)を着たおばちゃんやおじちゃんが、同じようなものを売っている”アレ”。大道芸の絵描きの人たちも数人いて、同じような種類の人たちではある…けれど、マンゴーや手袋とニットを売っている人たちに比べたら”アレ”だとか”ソレ”だかに一般化はできない。”アレ”らは本当に売れるのだろうか。
僕は広いはずのセントラルパークで人混みであふれすぎている道をなんとか進んでいった。さっきも、その前も、前世でも見たようなマンゴー売りのおばちゃんを通り過ぎては、現実と非現実について考えた。そして、川の近く、石の上、スケートリンクの近くでNYが人混みで心筋梗塞を起こしそうな道を、ただひたすらに進んだのだった。
ただひたすらに。
