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新規事業の「撤退基準」とは?‐納得感ある戦略的撤退のルール

はじめに

こんにちは!NEWhで新規事業の伴走支援をしている谷口です。
今回は、多くの企業でタブー視されがちな「新規事業の撤退基準」について、真正面から考えてみたいと思います。

今や新規事業開発は、一部の部署の特殊な活動ではありません。あらゆる企業にとって、持続的成長のために避けて通れない経営課題です。

新規事業開発の本質は、不確実性のなかで進める「仮説検証のサイクル」をひたすら回すことですが、仮説検証である以上、計画通りに進まないことはごくごく自然に起こることであり、軌道修正や撤退判断は失敗ではなく、そこから得られた学びは次の新規事業の礎として機能する立派な成果であり、企業全体としての新規事業の成功確率を高める戦略的な判断です。

しかし現実には、多くの企業で一度始めたプロジェクトが「止められない」という事態=プロジェクトのゾンビ化が蔓延しています。関係者の肌感覚として、またその成果を測る指標からも「止めるべき」と分かっていても、組織の力学がそれを許さない──。このゾンビ化がもたらす悪影響は、目に見えるリソースや時間の浪費だけではありません。挑戦する現場の士気を削ぎ、「どうせ何をやっても変わらない」という無力感を植え付け、企業全体のイノベーションの機運を内側から減退させることに繋がってしまいます。

それなのになぜ、多くの企業では戦略的に撤退すべき局面で、ここまで無力、あるいは目を背けるようなスタンスになってしまうのでしょうか?本来あるべき、意思決定者と起案者が互いに「納得感」を持って次の判断へと進むためには、どのような仕組みとプロセスが必要なのか、考えていきたいと思います。


一度始めた新規事業を「止められない」問題とは?

問題を解決するためには、まずその原因を正確に捉えなければなりません。「止められない」とは具体的にどのような状態を指すのか。まずはその基準を定義してみると、多くの場合には次の3つの症状が現れているはずです。

症状1:『ゾンビプロジェクト』の蔓延

第一の症状は、文字通り「ゾンビプロジェクト」の蔓延です。
明確な「次のゴール」や「検証すべき仮説」が曖昧なまま、時間と予算だけが浪費され続けている状態です。定例会議では進捗報告が行われますが、「事業化」に向けた決定的な根拠や事業化い向けての道程上、今何合目に居るのかは不明瞭なままです。意思決定者も現場も、薄々「これはうまくいかない」と感づきながらも、誰も決定的な一言を口に出せず、もう少し様子を見て判断しようというスタンスが繰り返される流れです。

症状2:『サンクコスト(埋没費用)』への過度な意識

第二の症状は、意思決定の論理が「サンクコスト(埋没費用)」にとらわれてしまっている状態です。

「ここで撤退したら、これまで投資した数千万円が全て無駄になる」──このような想いや言葉にならない声が飛び交ってはいないでしょうか。本来、過去に投じたコストは事業のGO/NOGO判断に影響を与えるべきではありません。しかし現実には、この「戻らないコスト」こそが、継続判断の最大の根拠となってしまいます。

これはもはや経営判断ではなく、過去の投資を正当化したいという人間の心理的弱さが引き起こす心理的トラップであり、組織全体が陥る非合理な思考停止といえます。

症状3:『情緒的バイアス』による判断の遅延

そして第三の症状は、意思決定者自身の「情緒的バイアス」です。
ロジックや数字は「撤退」を示唆している。しかし、「彼らの熱意を無下にしたくない」「ここでNOと言えば、現場の挑戦の火を消してしまうのではないか」──そんな「情」がノイズとなり、合理的な判断を鈍らせます

一見、これは現場への「温情」に見えます。しかし、その優しさが判断を先送りさせ、結果としてプロジェクトをさらにゾンビ化させ、起案者の貴重なキャリア時間を浪費させているとしたらどうでしょうか。これは温情ではなく、判断の遅延という経営の不作為に直結してしまいます。

「止められない」ことによって引き起こされる弊害

これらの症状を放置することは、単なる「無駄」では済みません。それは組織全体に悪影響を及ぼすことに繋がり、その弊害は大きく「目に見える損失」と「目に見えない損失」の2つで現れます。

経営資源の浪費

まず、最も分かりやすいのは「経営資源(リソース)」の浪費です。
本来なら有望な「現在」の事業や、次の「未来」の種に投じられるべき「ヒト」「モノ」「カネ」が、ゾンビプロジェクトに吸い込まれ続けます。さらに深刻なのは「時間」の浪費です。実際のプロジェクトメンバーが仮説検証を角度を変えて何度も繰り返すことの無駄はもちろん、経営陣の貴重な意思決定のリソースもあわせて、その損失は小さくありません。

企業の活動イメージ

組織能力と挑戦する文化の減退

しかし、経営層が真に恐れるべきは、目に見えない弊害、すなわち「組織能力の毀損」です。

出口の見えないプロジェクトに挑み続ける起案者は疲弊し、組織への不信感を募らせます。その姿を見た周囲の社員は、「どうせウチでは新規事業は評価されない」「挑戦するだけ損だ」という「無力感や虚無感」を敏感に感じ取ります。

この空気が組織に広がってしまうことはつまり、組織の新陳代謝の源泉や勢いの減退そのものです。挑戦し、学び、撤退し、また再挑戦する──この健全なサイクルが止まった組織は、環境変化への適応力を失います。つまり、「止められない」問題の最終的な帰結は、イノベーションを起こす機運や源を組織として失ってしまうことに繋がります。その状態とはつまり既存事業への過度な依存、さらにその市場自体が拡大せず飽和状態である場合は、それ以上の成長は見込めず、あとは如何に現状を保ち、守るのかに組織が終始することになります。

止められない原因

これほど深刻な病理であると分かっていながら、なぜ我々は「止められない」のでしょうか?その根本原因についてみてみたいと思います。

「現場のスキル不足」や「管理職の決断力不足」といった個人の資質に原因を求めても、問題は解決しません。これは、企業が抱え込んでしまう構造的な問題に起因するものだからです。

私は、この問題の根本には、以下の3つ原因が関係しているように見えます。

意思決定者と現場の上下関係

すべての起点は、経営と現場の「関係性」の歪みにあります。
本来、正解のない新規事業において、経営と現場は「共に仮説を立て、検証し、戦う」という「共闘関係」であるべきです。しかし、既存事業で成功を収めた組織では、いつの間にか両者の関係が、「上申する側」と「承認・評価する側」という「評価関係(上下関係)」に固定化されてしまいます。

ゴール像と期間の未設定

多くの場合、現場と意思決定者側で共通のゴールやそこに至るステップ、また期間について共通認識を置かないまま、進めてしまうことも原因と考えています。

・そもそも新規事業が目指すゴールは何か?
・それはどのようなステップで進め、それぞれのステップゴールはどのような状態を目指すのか?
・いつまでに目指すのか?

起案から事業化に至るまでの細かな道程と、評価軸を定義したステージゲートの設計と合わせて、より俯瞰的な視点から見た際のフェーズごとのゴールや期間の設定を現場と意思決定者が同じ認識を、同じ目線で持つことができれば、より検証活動が明確になるだけでなく、仮にうまくいかなかった場合でも、両者が納得の上で見直しや撤退の議論も数段建設的に進められます

目標達成時間軸の設定

これは私たちが普段ご支援しているような比較的規模の大きな企業の新規事業開発で注意しなければならないことになりますが、ひとくくりに新規事業といえど、それぞれが目指すゴールの達成時期には明確な違いがあります。

プロジェクトごとに異なる目指すゴールの達成時期

・10年先以上を見据えたもの
中長期を睨み予め腰を据え、基礎研究やバックキャスティングによる市場の創出、また市場のごくごく初期段階や黎明期にあるなかで先行者としてふるまうための活動です。

・5年前後先を見据えたもの
ごく少数のエクストリームユーザーやエッジに位置する一部企業のみが強く求める課題解決を捉え、そこから続く市場拡大/一般化の波を早期に捉えようとする活動です。

・現在を見据えたもの
すでに課題が顕在化しており、市場内に複数のプレーヤーが存在し、相応の規模で市場が形成されているなかで、自社のポジションや独自、あるいはより優れた価値を提供しようとする活動です。

同じ新規事業といえども、腰を据えて長期に取り組むものと、短期に成果を出す(出せる)ものを明確に分け、それぞれの期間やアプローチに合わせた判断が必要になるのはごく自然といえます。

止めるべき時に止められる撤退基準とは?

では、この原因を断ち切り、止めるべき時に止められるようにするために、またその時に意思決定者も現場も納得感を持つことができて、これを糧として次につなげて行こうとする、ポジティブな空気を醸成するにはどうしていけばよいのでしょうか?

撤退基準=関係者が納得できるゴール設定

「新規事業が止められない、明確な撤退基準が知りたい」という経営や新規事業を推進する部門、あるいはその支援をする事務局の悩みは、言い換えれば「どうなったらゴールとするのか?」という問いに向き合うことで解消されると考えています。

一方で、ここまで見てきた通り現場サイドだけ、あるいは意思決定側だけの一方的な設定では決してうまくいきません。また、自社の既存事業とは異なる類の、かつ多種多様なテーマやソリューションを扱う新規事業のゴールは当然ながら、それぞれに設定が必要で、あらゆる新規事業プロジェクトに対して万能、画一的な撤退基準を引くことはできない、といえます。

そこには現場と意思決定が同じ方向、つまり事業としての成功を目指し、ひざを突き合わせてゴールを設定すること、その姿勢が欠かせません。

意思決定者と起案者の対話によるゴールと検証期間の設定

時間軸とフェーズを意識したゴール設定

ではどのようなゴール設定を行えばよいのか、という点については3つ意識したいことがあります。一つは先に挙げた「ゴール達成の時間軸」、さらに「フェーズに合わせたステップゴール設定」、「各フェーズの検証期間を明確にすること」です。

話はとてもシンプルで、達成時期ごとに目指すゴールは異なるわけで、より遠くを目指して、市場形成のわずかな兆しや芽を探索する長期的な取組みであればその兆しを見つけられたかどうかを明確にステップゴールとして設定し、その進捗を追うことが適切で、すでに市場や顧客が存在するような事業アイデアのステップゴールとは全く異なる表現になるはずです。

時間軸ごとのゴール/フェーズゴールと期間設定のイメージ

そのうえでステップゴールに向かう検証活動について、プロジェクトの性質に合わせて適切な期間を合わせて設定し、現場と意思決定関係者が「これならともに追いかけられる」「やり切れる」と腹落ち感が持てるところまで対話や議論を行うことができれば、ほとんどのケースでいつ、どうなったら撤退すればいいか?と悩むことはなくなるでしょう。

撤退すべき時とは?

プロジェクトが最終的に目指す旗印であるゴールがあり、そこに向かう過程にマイルストーンとなるステップゴールが設定され、各フェーズに対して納得できる検証期間が与えられている――、つまり撤退すべき時は、

・期間内にやるべき検証をやり切ったが、ゴールに到達できなかった場合
・ゴールに到達できる明確な課題が見つからない時や、仮に見つかっていてもその解決ができる対策を持ち得なかった(期間を延長して取り組む検証課題や、その方法がない状態になった)場合

撤退すべきタイミング

この結論を得た場合、関係者が揃って決めたゴールと期間であれば、互いに納得できる撤退ができるはずですし、企業にとって、そこからすでに多くの学びが得られている状態となっていると思います。

次のトライに向けて「何を目指して、どのように検証し、どのような結果を得たのか?」を粛々と記録として残し、この活動を企業は手厚く評価する姿勢で支えることが必要になります。

ポイントは常に「いかに素早く、小さくやるか」

ここで改めて新規事業としての取り組みに必要なこととして、「小さく、早く試すこと」の重要性に触れておきたいと思います。

はじめから壮大で華美な計画を立てたり、あるいは「絶対に失敗しないため」に微に入り細に入り全方面の検証をすべてやるような検証は、いずれも長い期間と相応の投資が伴います。

これはそもそもプロジェクトのゴーサインがかかるために膨大な労力を要するだけでなく、仮にそれが得られたとしても、起案者も意思決定者も常に重たい責任が伴います。プロジェクト期間が経過すればするほど、積み重ねた時間やコストが足枷となり、関係者すべてに「やめるにやめられない」不合理な気持ちを抱かせてしまいます。

小さく、早く、コンパクト/ミニマムなコンセプトや検証活動を設定できれば、そのリスクも大きく減らすことができるはずですし、検証を深めていく中で見えてくる(ことがほとんどの)ピボットの機会にも機敏に対応ができる余地を残すことにも繋がります。

おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ここまで、新規事業の撤退についてその現象と原因、対応に当たっての注意点を見てきましたが、いかがでしたでしょうか?

新規事業の取り組みが以前よりも一般的になり、その営みや知見の蓄積、またその経験を持つ人材も徐々に増えてきたこと、またAIの普及も相まって、新規事業開発を行う環境については今後もますます充実していくことは間違いありません。

一方でよりひと際重要になってくるのが、適切に撤退し、得られた学びを次の営みに活かし、活動を経験した人材を必要とされるプロジェクトや役割に就いてもらい、新規事業の成功の確率を上げ続けていくことです。

ここまで見てきた通り、そこには「万能なノウハウ」などは存在しませんが、本質的には、ゴールとプロセス、ステップごとのゴールを現場だけでなく、意思決定者や関係者も一緒になって設定し、やり切ることに尽きます。

それは突き詰めれば「自社の新規事業や各プロジェクトの撤退基準=ゴールとそのプロセスは各社唯一無二なオリジナルなものを作り上げるほかない」ということに行き着きます。

ぜひその本質に会社ぐるみになって取り組むことを避けず、愚直に前進する取り組みを繰り返していただきたいと切に願います。


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