第35回 毎月短歌 【自選部門】選評結果 谷たにし選
「題名のない音楽会」というテレビ番組をご存知でしょうか?
ぼくが物心ついたときから現在進行形で日曜日の午前中にやっているクラシック音楽の番組です。
日曜日の午前中というのは平成生まれの子どもにとってのゴールデンタイムで、戦隊ヒーローや仮面ライダー、そしてプリキュア(正確にはおジャ魔女ドレミやらナージャやら)という最強のラインナップです。ところが、プリキュアが終わったとたんに突如はじまる「題名のない音楽会」。子どものぼくには100年早く、プリキュアが終わったらテレビに張り付く時間も自動的に終了となっていました。
時代は流れて30代になったいま、久々に「題名のない音楽会」をたまたま観てみました。こんなに面白い番組をいままで見逃してきたのかとショックを受けるくらい、最近ハマっています。
あの頃ハマっていなかったものに今ハマるということ。自分の受容体が増えた気がして嬉しいのですが、同時に「あの頃」には戻れない不可逆性を感じてしまいました。生きるとはそういうことなのかもしれませんね。
なぜ、あなたは子どものことには詠んでいなかったであろう短歌を、今詠んでいるのでしょうね。
答えを探すこと自体が音楽会になるのかもしれませんが。
皆さまこんばんは。谷たにしと申します。
梅雨も明けて夏本番ですね。今回集まりました短歌たちも夏の香りがし始めておりました。
この記事では毎月短歌35 【自選部門】の選評結果を発表致します。
選評に際しましてはお名前を伏せた状態で選びましたので、同じ方が複数回選ばれることがありますがご容赦ください。
《選評結果の内容》:573首(!)
・金のたにし賞(特選) 1首
・銀のたにし賞(入選) 2首
・銅のたにし賞(佳作) 8首
+ もうすぐたにし賞(今月のスポットライト)
最近、毎月短歌の自選部門の出詠数が500首を超えてきて大忙しです。選者の端くれとしては幸せです。今年に入ってから一番多いんじゃないかな……違ったらすみません。
Xのスペース「谷たにしの好きな短歌を「えらぶ」スペース」でも、ラジオ感覚で毎月短歌の選評結果やその他感想を放送しております…
が、秋までおやすみさせていただきます。
結婚式の準備に追われておりまして……。
それでは、毎月短歌35【自選部門】谷たにし選の結果発表です!
金のたにし賞(特選)🥇
伏線をあっちこっちに張ってからどれも回収しないで暮らす/汐留ライス
結句に「暮らす」というありきたりな言葉が出てきます。でも、本当に「暮らす」とはありきたりなものなのでしょうか。
この問いかけは暮らしとは尊く、崇高なものだと結論付けたい訳ではありません。むしろその逆です。様々な媒体で他の人の暮らしの一部を簡単に覗ける現代です。中には別の世界のように理想的な、キラキラした暮らしをしていたり、直向きにカッコよく生きている人々が特集され、たしかにそんな人も広い世の中には存在するのでしょう。
でも、「ぼくら」の多くはそうではないと思います。朝ギリギリに起きて、何かのタスクを夜に回すことで1日が始まり、でも「体裁」だけは整えて、ただ暮らすためにアイデンティティとはを問う暇もないほど忙しく働き、帰宅してからほんの少しの自由時間を噛み締めて気がついたら気絶するように寝ている。それが味付けこそ変われど同じメニューで365回繰り返されてゆく。
きっと自分が幸せなのか不幸せなのかを立ち止まることさえ許されず(誰が許していないのかも考える余裕なく)生きて今に至っている。ぼくらは(あえてデカい主語を使っています。一緒にするなと思われた方は申し訳ございません)ドラマにできるような暮らしはほとんどできていないのではないでしょうか。
でも。それこそが「生きている」ということであり、「暮らす」ということなのではないでしょうか。届かないキラキラした生活のイメージもあるかもしれません。でも、届かないままにとりあえずぼくたちは今生きている。そのリアルがギュッと「どれも回収しないで」というシンプルな言葉に凝縮されているとすれば、こんなに濃い一首はなかなか出逢えないと思います。
この歌には直接そんな暮らしへの結論は出していません。でも、出さないまま進むことさえも「暮らす」ことのような気がして、僕は今日も無作法に蒙古タンメンを啜るのです。
銀のたにし賞(入選)🥈
笹舟をひかる水面に見送って何かを許す練習をする/雪原あおい
俳句の選評で「この言葉が『説明的』すぎる」という一文を散見します。これは短歌にも言えることで、説明とはある意味では読み手の思考する余白を潰しかねません。
このお歌では、下の句に「何か」というボヤッとした単語が出てきます。ずばり今回の銀のたにし賞は「何か」を選んだことによる勝利です。
「なにか」ではなく「あなた」を入れてしまえば、笹舟のニュアンスがあまりにも限定されてしまいます。おそらく笹舟が離れていくベクトルに乗じて、「あなた」が離れていく。そしてそんなわがままに対する「許す」なのかな…とかある程度予測が立ってしまいます。ところが、「何か」というのは、「誰か」ではない別の名詞です。つまり、許す原因となる出来事、登場人物という表面の話ではなくもっと内面の、出来事により沸き起こった感情・思いという意味での「何か」なのではないでしょうか。そして、その感情が相手の感情とは限らず、自分自身の気持ちに対して主体さんが己を許す、という解釈もできそうです。自分を許すってなかなかできないことだなと思います。
大人からもらう王冠えらかったえらかったねと通夜振る舞いに/谷まのん
「通夜」という単語の力が強くて一気に歌全体を暗くしてしまいそうですが、通夜の内容そのものではなく、まだ通夜というものの趣旨が完全には分かっていないかもしれない幼い子が景の中心に置かれていることで無駄な角が取れて感情のバランスがとても取れているお歌になっていると思います。
大人からすると経緯も詳しくは分からないの子どもが何となく死というものの悲しみを読み取って静かにしていると思えば、たしかにエラいのひとことです。でもこのお歌でのお子さんの役割はもう一つある気がしています。死というのは直視するのが怖いくらい辛いことです。そこにお子さんがいることで、気持ちをお子さんに向ける時間ができる。つまりお子さんの存在そのものが「ありがたい」という意味でも「えらかった」のではないでしょうか。死というものに向き合い続けることの辛さに大人や子どもは関係ない気がします。心の底からお子さんを褒めているだけではなく、お子さんがいたことで悲しすぎる、しんみりしすぎない空気で故人を送ることができたのではないでしょうか。「えらかったね」の繰り返しから、大人になりたてというよりもご年配寄りのイメージがありました。
銅のたにし賞(佳作)🥉
韻律を風に任せてわたしたちファミリーマートで会えたらいいね/金井水月
上の句の爽快さはさることながら下の句もその勢いそのままに…と惰性で流れることなく、下の句では「ファミリーマート」という大衆的、普遍的な名詞を使うことで、上の句と下の句の間の空気感も活かされているお歌です。
韻律をググると、「詩や文章・発話などにおける音の長短や高低、強弱、音節数などが作り出す規則的なリズムや調子のこと」とあります。そう考えると、歌の構成自体が上の句と下の句で変化を感じるという点では、このお歌自体が韻律であるともいえそうです。
韻律があるということは、複数の異なる(イコールではない)音が必要です。主体さんと相手とのは異なる部分があるけれど、なんだかんだで集まっていく。そんなひととひとの相互作用が「会う」という現象なのかもしれません。
シンガポールには行けません。 シンガポールには行けません。 風が見る夢/金井水月
客観的な評ではなくて恐れ入りますが、お名前を拝見する前に「この凄まじい歌の構造を取っておきながら、ここまで短歌としてストーリーを安定して届けられるということは…金井水月さんか?」と思いつつ選評しておりましたが、案の定でした。
そして、前述の選評中のぼくの脳内がそのままこのお歌への評なのではと思いましたのであえてそのまま書かせていただきました。
(歌そのものの考察ではなくてすみません!)
ちっぽけな衒いがあってランダムに数字を言うのは難しかった/オオタ
「意思を持ってランダムに」という矛盾した行為をする人間の性質をズバリ突いているお歌だと思います。本当に客観ということは機械ではない限り難しいというのはよく言われることで、人は情を殺そうという「情」を使わないと抑制が難しい生き物だと思っています。
裏を返せば、爆発的なアクションの根源を追い求めると、根っこはちっぽけな、些細な想いであることも日常茶飯事です。初句「ちっぽけな衒い」はちっぽけでも、必要で、かつ当然な始点なのだと考えるきっかけとなりました。
堀内を覚えてますか 優しくてグラビアをやるヤツじゃなかった/玄田生
だ、誰やねん、堀内………。
と思いつつ、気がつけば入賞してしまっていた恐ろしい一首を皆さまにご紹介いたしましょう。
グラビアという仕事が立派であることは前提で話せば、グラビアを今しているという事実は、そこ方(「堀内」とか)の幼少期からは想像できないというパターンが大半のはずです。でも、これはグラビアという職業の特殊性に限った話ではなく、僕らはみんなそうなのかもしれません。まさか自分が今の仕事になるなんて、「あの頃」のぼくには想像もつきませんでした。あなたも子どもの頃、今のあなたの姿を当てられたでしょうか??
つまり、ぼくらはみんな「堀内」なのです
(この感想、通じるのだろうか……)。
地下鉄が三分おきに来る駅でみんな大人になれないらしい/オオタ
ぼくは都会育ちではないので地下鉄にあまり馴染みがないのですが、おそらく次の電車はすぐにやってくるのにドアが閉まりそうでも無理矢理駆け込んだり、間に合わなかったら不貞腐れたりキレたりする人々の景でしょうか。大袈裟にいえば、文明という便利な世界が生み出した「こども」なのかもしれませんね。
ぼくたちが今急にスマホが消失してしまったら、ぼくたちは(歌人は)どうやって声をあげるのでしょうか。そう考えると、この歌は単なるあるあるネタではなく、ひとは環境で作られているという大きなテーマを抱えている気がしました。
母さんは死ぬまでヒロイン私には見えない花がずっと咲いてる/北野白熊
母親とは何なのだろう、という永遠のテーマにポンと差し出されたシンプルかつ明快なひとつの答えをみた気がします。ぼくはまだ誰かの親ではありません。それを踏まえて、親は何でぼくのために早起きができて、3個入りの食べ物は2個くれて、すぐに飽きて使わなくなるであろうものを文句を言いながらも買い与えてくれるのでしょう。
きっと、親になれば見える花があるのですね。
愛情という2文字で片付けないことで、読み手のそれぞれの実感を捉えることができるお歌です。
エトピリカ 不惑四十を前にして海上を往けと示すカーナビ/salan
エトピリカという鳥を初めて知りましたが、知るきっかけがこのお歌であることをうれしく思います。不惑四十は、孔子の言葉で人は40歳になれば物事の道理が見えてきて、何事にも迷わなくなるという意味。エトピリカのまっすぐな嘴は、不惑四十との取り合わせにピッタリです。そして、まだカーナビが追いついていない道を走るように、主体さんもこれから主体さんにしか見つけられない「道」を迷わずに進んでゆくのでしょう。
真っ直ぐに未来を感じる歌でした。
間奏の長さをおもうカラオケで急に絆が試されている/オオタ
下の句「試されている」のチョイスがとてもいいなと思います。知り合いとのカラオケの長ーい間奏(そんなときに限って全く知らない歌だったりするのですが)、スマホをいじるわけにもいかず、ドリンクバーなどで席を立つわけにもいかず…かといって間奏で何かできるわけでもなく…。
あの独特の気まずさは、意外と「急に」の方にこもっているような気もしました。
もうすぐたにし賞(今月のスポットライト)💡
惜しくも入賞には至らなかった最終候補のお歌コーナーですが、せっかくですので一言だけ書かせて頂きます!
少しずつ子からこぼれる幼さの断片を踏む春の影踏み/三浦なつ
影の動き方にさえ子どもらしさが溢れていて、ちゃんとそこを溢さずに捉えようとしている姿に、母親としてのあたたかい見守りを感じます。
ファッションと暮らしのフロアに住んでいるあなたの霊にレジで手を振る/畳川鷺々
三谷映画のようなファンタジー感とクスッと感とほっこり感が共存しているお歌です。見えるのかどうかを検討するのは野暮というものでしょう。
リアルって何なんだろうクワガタは裏返ったらもっとクワガタ/てと
裏返る前から実物なんだからリアルだろ!ということですね。「もっとクワガタ」で言わんとすることがちゃんと伝わってくるのが表現の妙です。
明るさがよろよろ下がる河川敷 泣いてるようなトランペッター/沙々キハム
河川敷から聞こえてくるトランペットって力強くない、ヒョロロォみたいな音であることが多いイメージです。そんな不安定なトランペットの音が上の句の「よろよろ」に寄り添っています。
子の髪に道をつくってやりながらうたを教える日なたの歌を/きいろい
上の句(髪だけにぃ!?と思ったそこのあなたはオヤジ予備軍です。)がとても綺麗な画ですね。
どこか沈黙の意思疎通があるような、あたたかさを感じます。
使えない硬貨を返す自販機の機微にうっかり傷ついている/あをい
「うっかり」が素晴らしいなと思います。些細なことで、では説明的すぎますし、しかも微妙に伝えたいニュアンスも異なる気がしますね。無機質なNoの冷たさに触れたお歌のように思いました。
ひとつだけ隠し持ってる白い石オセロゲームは終わっちゃいない/月夜の雨
「まだ終わってねぇぜ!」で一発逆転、といったアニメでの定石に似たものを感じます。オセロというチョイスが功を奏していて、一気に裏返るあのゲームの空気の変わる感じが歌の主題に適していると思いました。
桃缶の蓋をゆっくり開けるときだけに生まれる音律がある/こん
着眼点の勝利といえそうです。あの缶詰を開ける時のあの複雑な音によくぞオンリーワンという価値を見つけだしてくれました。そして、ちょっとテンション上がるんですよね、缶詰って。
ここ数年、夏の暑さが暑いというより痛い気がします。そんなときには短歌とカルピスがピッタリ!
ということで、バテやすい夏になりそうですがお身体ご自愛ください。体力あっての短歌、生活あっての短歌だと思いますので。
それでは、また短歌でお逢いしましょう。
2026.07.16
谷 たにし
