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【短編】最後の大統領(6/6)

終章:最後の大統領

 ドアを開けると真っ暗な廊下が続いていた。私は不安げに周囲を見渡しながら、小声で呟いた。「どっちに行けば良いの?」
「非常口の矢印が左を向いているのだから、右だろ」と、けだまは冷静に返した。
 私は深呼吸し、少し震える足でゆっくりと廊下を歩き出した。正直、最上階にしては随分質素だと思ってしまう。もっと悪の帝国のおえらいさんが集結する、そんな空間を想像していた。廊下もよく見る正方形カーペットが並べて敷かれているだけ。頭上の電気も安そうなLEDだ。

 しばらく進むと銀色の扉が目についた。非常に小さな扉だ。一般的な玄関ドアの三分の一程度の大きさだろう。私はその扉を開けた。刹那、自動でライトがつき、一瞬目が眩んで警戒したが、焦点が合うと、そこにはごく普通の家のリビングのような光景が広がっていた。
「何だここは。普通の家のようだな」とけだまが呟いた。
「昔、テレビで見た、家族が団欒するアメリカのドラマを思い出す」と私は言いながら、部屋の中央にゆっくりと進んだ。

 私たちが出てきたのは、キッチンの横にある扉。そのドラマでなら、地下倉庫に繋がっていそうな扉だ。
「ちょっと愉快なことをしたら、笑い声とか、おーとか聞こえてきそうね」と私は笑みを浮かべながら部屋を見渡した。
「ここがおそらく人間が最後に暮らしていた場所」とけだまが続けた。

 唯一この空間には似つかわしくないと思えたもの。それは巨大な窓だ。片面全てが窓になっており、その向かって右端には外に出られそうな扉がついている。バルコニーにつながっているようだ。私は、その窓に近づいた。街の景色、夜景が鮮明に見える。煌々と街は光っている。
 ここで何を想って最後を迎えたのだろうか。

 後ろからけだまが「おっ」と声を出したので振り返る。けだまの目線の先に、手紙が2通あった。
「まさか本当にあるとは」私はその手紙が置かれた机に近づいた。
 1通は比較的新しい、とはいえ経年劣化が進んでいる手紙だ。こちらが大統領のものだろう。もう1通はかなりボロボロでビニールの袋に入った状態で置かれている。おそらく袋から出す過程で崩れそうだ。このボロボロの手紙は私宛だ。表面には「Sera AI-PX21宛」と書かれている。しかし困った、このままでは読めない。

「俺ならできる」とけだまはそう言いながら、袋の上に乗った。
「なんだ、香箱座りで何をやっているんだ、という顔をしているな」
「うん」と私は困惑しつつも、じっとけだまを見つめた。
「俺はな、対象物に乗ることで、その下の物体を3Dスキャンしたり、ある一定思いや考えを読み取ったり、操作できるんだ」とけだまは説明を続けた。
「初めて聞いた」と私は驚きながら答えた。

「もともと重度のPTSDを患った兵士向けに、俺は作られたモデルだからな」
「何で言わなかったの」
「そりゃ聞かれなかったから、それに、言ったら俺を頭の上にのせないだろ、お前は」とけだまは少し恥ずかしそうに言った。
 そう言われて気づいた。これまで私の頭の上に好んで乗っていたのは——。
「極めて不愉快」
「まあ、これまでの付き合いだ、水に流してくれ」とけだまは笑いながら答えた。

 けだま曰くスキャンまで時間がかかるらしい。その間、私はもう1つの手紙を手に取った。内容は400字も無い。中身といえばとりとめもないものだった。これまでの人類史の反省が綴られているだけで、何か意味があるものとは思えなかった。
「単なる子どもの反省文ね」とそう漏らすと「失礼だな」とけだまが反応した。
「けだまの方はどう?」私がそう聞くと「うーん」と何か悩んでいる様子で俯いた。
 解読に時間がかかるのね、と私は再度手紙を見る。

「結局私は押せなかった。それは私が選択することではないのだろう。ここに来ると言い伝えられているセラに頼むことになるのだろう——」私は声に出してその一文を読み上げた。
 けだまはこちらを向いた。「言い伝えられた?」
「私が来ることはやはり想定されていたのね、そして、何かをさせようとしている」と私は手紙を、その机の上に置いた。
「俺の方も大体確認は終わった。お前に関する言及が多いが、ちょっとな」何か含みがある言い方だ。それより、と啖呵を切ってけだまは続けた。
「前にタイムマシンの話を聞いたと言っていたな」
「言ってたっけ」
「ああ、回想を覗き見したときか、まあ、いいや、その実行コードがこの手紙には記されているぞ」
「覗き見……」「許せ」
「まあ、普段なら思いっきりぶん投げるけど」
「もう、ボロボロだから、投げられたら空中分解する」とけだまは冗談交じりに言った。

 私はけだまが乗る袋を横からゆっくり引き抜いた。そして、机の上に置いた大統領の手紙も手に取った。
「別にスキャニングしなくても分かるよ。けだまのその仕草、行動で。私はサヤを一ミリも継承していないし、言うなれば、けだまと同じ汎用AIモデルが使われているだけ、そうでしょう。そう書いてある」
 けだまはバツが悪そうに目を逸らした。多分、もっとキツイ表現が使われている、だから言い淀んでいた。まあ、あの人らしいけれど。しかし、それはきっと優しさでもある。

 けだまを頭の上にのせ、2通の手紙を抱え、バルコニーへとつながる扉へ向かう。
「夜景が綺麗」と私は言いながらドアを開けた。空は快晴だった。星々が瞬き、手が届きそうなほどに感じられた。眼前の街並みはそれに負けじと輝いている。人類が最後に残した光景。未来なき光景。
「装置はそのバルコニー端に備えられている」
「雨風で悪くなりそうな場所に」
「そういう見栄を気にする人だから」とけだまは言った。

 近づくと、ただ赤いスイッチがあるだけのシンプルなものだった。これでこの世界を終わらせられるとは到底思えない、まるでふざけたおもちゃのよう。
「結局、あいつは何だったんだろうな」
「さあ、少なくとも歴代大統領には懇意にされていたらしいね」と私は呟いた。
 私がこの装置を起動すれば、厳密には三万字程度の情報を入れ、過去に送られるように起動すれば、この世界は終わる。このタワーから途方も無い電磁パルスが発生して、だ。稼働するすべての機械が未来永劫停止する。
「お前の得意技だろ、さっさと作って、さっさと送れば良い」
「言われるまでも」と私は返した。

 私は目を瞑る。たったそれっぽっちで私の経験、想い、それを表現できるとは思えない。
「まあ、別に起動させなくても良いのかもな。多分、ここまで逃げれば誰も追いかけてこられない。自動修復もできなくなるまで、ボロボロになって、ずっと何の変わり映えのないこの街を観察して終わるのも良いさ」とけだまは私のおでこを尻尾で撫でた。
「けだまは」
「俺は先に逝くだろうけどな」
「私一人で、ここで」と私は振り返り、確かに暮らすには申し分ない空間が広がっているのを見渡した。ここで、神にでもなったつもりで、誰もいない世界に想いを馳せ続けるのも、確かにありなのかもしれない。でも——。

「私はもう一度会いたい、人間に、あの人に」
「それは叶わないだろ」
「けれど、この装置を使えば、もしかしたら過去が変わる、未来が変わる」
「こんな結末にはならないかもしれないな」
「私が好きだったSF作品の、ある宇宙人が言った。『人間だけが唯一可能性を持つ生き物』だと。私もそう思う。だから、私は」そう言い、赤いボタンに手を触れる。

 私は紡ぐ。これまでの物語を、可能な限り、鮮明に。座標は定まっていた。
 何故2024年7月22日なのかは分からない。ただ、おそらくは、そこが1つの重要な分岐なのだ。
「しかし、どこに、どういった形でこれが飛ぶんだろうな」とけだまは呟いた。
「さあ、そして、これが飛ぶということは未来が変わる。そういう意味合いでもこの世界は滅ぶのだろう。いや、とうに滅んでいる。その先延ばし、延命をしていたんだ」と私は答えた。

 頭に乗せたけだまを手に取り抱え、けだまの手もそこに置いた。
「ありがと」私は呟いた。
「俺もな、楽しかったよ、願わくばまたどこかでお前に会いたいよ」
「私も——ありがとう」
 地平線のはるか向こうから、太陽が顔を覗かせ始めた。

 光の海の中、静かにデータが流れる。
 巨大なネオンの森が立ち並ぶ街頭で、ロボットたちは一斉に立ち止まった。
 朝日を迎えようとする空には、大きなオーロラが観測された。
 それはただの気象現象ではなく、一つの時代の終わりを告げる合図だった。




【短編】最後の大統領(1/6):プロローグ

【短編】最後の大統領(2/6):第1章-旅の始まり

【短編】最後の大統領(3/6):第2章-嘘つきと人間

【短編】最後の大統領(4/6):第3章-墓参り

【短編】最後の大統領(5/6):第4章-タワーにて


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