《創作大賞2024:恋愛小説部門》『友人フランチャイズ』第12話 懇々クジラ 244.5~
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《第4章 第2節 懇々クジラ 244.5~》
オカマバー⭐︎フルーツバスケットに行った日から、3日目の朝。水穂ちゃんに前日に送ったメールがいつものように返ってこない。
携帯を開き、何度もサーバーに問い合わせしてみても、メールが来ている形跡はない。
1時限の講義が始まる前に、机に座って携帯にため息を吐くのを見ていたのか、秋山くんが肩に手を当て覗き込んできた。
「水穂さんから、メール返って来ないの?」
秋山くんには水穂ちゃんの事も、門番さんにオカマバー⭐︎フルーツバスケットで会って、実は凄く兄貴肌だったって事も話している。それを秋山くんは「君は本当に人に恵まれているね」っと言ってくれる。
「うん。まぁ、いつもの事なんだけどね」
水穂ちゃんが連絡に関して疎い性格だって事も秋山くんは知っている。
んー、まー、携帯連絡に疎い人なんて世の中に沢山いるし、気にしない方がいいよ。といつもアドバイスをくれるけれど、今日は僕の様子がおかしかったのか、隣の席に座ると、机に突っ伏し僕の方に真剣な視線を送る。
「家を訪ねるのは?……んー。でも、アポ無しじゃ女の子は嫌がるよね」
確かに、秋山くんの言う通りいきなり押しかけるのは失礼だと思う。
でも、やっぱりメールが返って来る時は凄く早いのに、返って来ない時は、どんな内容でも返って来ない。
秋山くんは、僕の思い詰めた表情が気になったのか、言葉を絞り出した。
「そんな、気になるなら家の近くに行ってみれば?」
「でも、いきなり行って水穂ちゃん嫌がらないかな?」
「んー。でも、水穂さんと、その友人フランチャイズを結んでるんだろ?それで、連絡が来ないってので、我慢して悩む小絲くんも何だか違うと思うんだよね。だから、家の近くまで行って、姿を確認できたら、連絡がただ遅い人。で君も納得できるんじゃない?」
そう助言を残すと、秋山くんは自分の席に戻った。
講義中、行くべきか悩んだが、秋山くんの言う通り、姿を確認できれば水穂ちゃんは連絡に疎い人で収まる。幸い今日は、講義も1限目しか入ってないし、いざと言う時は、折り畳み傘へ返しに来たって言い訳もある。僕はそう決心を固め、教授の話に入っていった。
講義が終わり、僕は鞄に水穂ちゃんから借りた赤い折り畳み傘が、入っているのを確認した。
イチョウの木が一定間隔で植えられている、国道を歩き、途中を左に曲がると、今まで何度通ったか分からない住宅街へと景色が変わる。
そのまま真っ直ぐ歩いて行くと、角に赤いポストが見え、それを左に曲がる。
すると、見えてくるブロック塀に囲われた木造アパート。
僕は、木造アパートの門に立ち止まり、2階の右から2番目の部屋へ視線を向け、敷地に足を踏み入れる。
そして、しんっと静まり返った、アパートの2階へと伸びる階段にそっと足を置くとギジリと弱々しく鳴いた。
踊り場に着くと、自分の気配を隠すようにゆっくりと歩く。そして、水穂ちゃんの部屋の前に着くと、五感で気配を探る。
ここまで挙動不審だと、泥棒か何かと勘違いされ、警察に通報されてもおかしくない。
本当はアパートの門の所で引き返すつもりだったけど、気づいたらここまで来ていた。
「$%#£……のクジラ背中がひろーい」
突然、何処かから話し声がした。水穂ちゃんの声だ。周りを確認したけれど、水穂ちゃんはいない。
「凄いね!どうやって描いたの?」
次は、はっきりと聞こえた。水穂ちゃんの部屋の中からだ。僕は、そっと耳をアパートのドアに近づける。
何も聞こえない。恐る恐る扉のノブを回して引いてみると、カチャっと開いた。隙間から音を探すと、奥の部屋からスースーと呼吸音だけが聞こえて来る。
「おーい。拓星だけど、折り畳み傘を返しに来たよ」
言い訳を振り翳しながら様子を探る。でも、反応がない。顔が入るくらいまで開け、部屋の中を確認する。
すると、水穂ちゃんは奥の部屋に敷かれた布団から派手に手足を飛び出して寝ていた。
外の空気は冷たく、部屋も暖房が効いているとは言え、さすがに風邪をひいてしまう。せめて布団だけでもかけて帰ろうと「お邪魔します」と断りを入れ、ゆっくりと部屋に上がった。
僕が入っているにも関わらず、水穂ちゃんはすやすやと眠っているので、今度、何か話のきっかけを作って注意してあげようと、掛け布団を持ち上げた。
すると、ゴトンっと布団の中から水色のハードカバーの本が出てくる。
夢日記と書かれた本は床に落ち、その衝撃で開いたページが僕の目に飛び込んできた。
拓星とふたご座流星群を見たい。拓星と予定を決めてデートがしたい。拓星から来たメールにすぐ返事がしたい。拓星から掛かって来た電話をすぐに取りたい。拓星が困ってたらすぐに駆けつけたい。拓星と旅行に行きたい。でも……無理。1度眠ったら起きれないの。自分でもどうしようもないの。だから私の体は未来が見れないの。
「え?ちょっと。水穂ちゃんどういう事?」
1度眠ったら起きれない?どうしようもない?私の体では未来を見れない?その部分が僕の心の引っかかった。
疑問は不安に変わり、その不安が徐々に膨らむ、風船のように膨らんだ不安は音を立て破裂し、解放された物質が胸の中を苦しくさせた。そして、僕に先走った答えを出してしまった。水穂ちゃんが遠くのどこかへ行ってしまう。と。
目の前でお腹を出し、スヤスヤと眠る水穂ちゃんの横に座って、体を少し揺すってみる。
気持ちよさそうにスースーと寝息を立てている。
さっきより、強く揺すってみる。それでも、眠っている。
「ちょっと。夢日記に書かれてるのどういう事だよ。起きて話そうよ」ハートのワンポイントが付いた、トレーナーからお腹が出ている。
「ほらっ。早く」頬っぺたを軽く叩きながら起こしてみる。
僕の座る方に寝返りを打つと、むにゃむにゃと頬を掻いた。
「夢日記に書いてること、本当なの?」体を力の限り揺すってみる。
僕の太ももに手を置いて「それってどう描くの?」っと寝言を言った。
「起きてよーーーーー!!」
パニックになった。夢日記の事が本当なら、目の前にいる、水穂ちゃんはいつ起きるの?このまま、起きなかったら、友人フランチャイズどうなるんだよ?言ったじゃん。ずっと友達でいてくれるって。言ったじゃん。
僕は水穂ちゃんの体をずっと、揺り続けた。
それでも、起きなかった。
すると、ガチャっと勢いよく扉が開いた。そこには、顔が青ざめ、目を丸くした門番さんが息を切らせている。
「拓星……畜生。恵子さんをそこまでだから……って油断した」
そう言って、部屋に上がると、僕と眠っている水穂ちゃんの前に腰を下ろし、水穂ちゃんを揺り続ける僕の腕を掴むと、そっと離し僕の太ももに置いた。
「気づいてしまったか?」
「何をですか?水穂ちゃん眠ってるだけですよね?」
「そうだ。拓星の言う通り、眠ってるだけだ」
「起こせば起きますよね?」
「起きない。どんな事をしても起きない」
「じゃー、いつ起きるんですか?」
「2日前に眠ったから、6日後だ」
門番さんは立ち上がると、水穂ちゃんを起こそうした時に勢いで投げ捨ててしまった、部屋の隅にある夢日記を拾うと、僕に手渡した。
「これに全部書いてるから、読め。そして、読み終わったら俺の所に来い」
そして、水穂ちゃんの体に隙間ができないように布団を掛け、僕の肩に手を置くと一瞬力を込めた。
「気をしっかり持てよ」
そう言い残し部屋から出ていった。
僕は寝息以外に聞こえない部屋で夢日記を開いた。さっきの続きを僕は読みたかった。
ページを捲ると、カラフルなボールペンで書かれたページと時々、モノクロのページがあった。
そして、見つけたさっきのページ。僕は息を吐き、心を落ち着かせた。
拓星とふたご座流星群を見たい。拓星と予定を決めてデートがしたい。拓星から来たメールにすぐ返事がしたい。拓星から掛かって来た電話をすぐに取りたい。拓星が困ってたらすぐに駆けつけたい。拓星と旅行に行きたい。でも……無理。1度眠ったら起きれないの。自分でもどうしようもないの。だから私の体は未来が見れない。
真っ白になる。あの夢の始まりの時みたいに。でも、ゆらゆらとカーテンから漏れてる光を見てると、拓星の事を考えてしまう。
デパートの屋上にある、室外機の横で真っ白に怯えた私を、藍色の手で引っ張り上げてくれた人。
私が10歳の頃から、毎日夢に出てくる人。
絵が世界一上手い人。
憧れの人。
大事な人。
かっこいい人。
優しい人。
私が弱音を吐いても、未来を見せてくれる人。
でも、そんな拓星はどんどん、藍色に染まってっちゃった。どれだけ、優しい絵を描いて、どれだけ、優しさを配ったんだろう。
だから、次は私が手を差し伸ばすの。真っ白に溺れていた私に「色んな色が混ざっててカッコいいだろ」って藍色の手を差し出した、あの時の拓星みたいに私が引っ張り上げるの。
水穂ちゃんは、僕のことを昔から知っていた。でも、僕は忘れていた。あの頃の僕は輝いていたと思う。賞を獲るより、絵を描くのが好きだった。それがいつかを境に、天秤が傾いた。それから僕の心は染まっていった。深く深く誰の手にも届かない場所まで。
あの日、その子はデパートの屋上にいた。雪色のワンピースを着て、その白には似つかわしくない埃が舞う機械音の横に、そこが世界の全てだという顔をしていた。
当時の僕は多分そこが、その子にとっての世界の中心だとは分からなかったと思う。ただ、悲しそう。そう思った。だから、この子をどうにかしたい、そう思った。手が絵の具で汚れていた。でも、知ったことではなかった。ただ、見せたかった。僕の描いたクジラの絵を。いや、見せると言う理由で連れ出して、綺麗なデパートの4階の空気を吸わせると思った。
そして、声をかけた。君は泣き出した。何故だか分からなかった。でも、当時の僕の心をキュッと締めるのには十分な理由だった。
だから、この子が少しでも、悪い空気を吸わないように、僕は彼女のいる世界の汚いの空気を全部吸ってあげたいって思った。だから、隣に座った。5cm。それが、僕がその子との間に最初に作った距離だった。
その子が泣き止むと、僕は絵の具で手が汚れている後ろめたさを強気で覆い被せ言った。「色んな色が混ざっててかっこいいだろ」って手を差し出してみた。
その子は繋いでくれた。僕は手汗をかきやすいから、この子の手が絵の具で汚れたらどうしよう。嫌われちゃうかな?って思った。
屋上から4階に下る階段で、その子はそれまで繋いでいた手を離して、掌をじっと見つめた。
手汗が酷いから離されたんだと思った。でも、大きな瞳で僕を見つめると、にこりと微笑み1回くしゃみをした。そしてまた僕の手を握った。
「君の世界は埃が沢山で僕も鼻がムズムズするよ」そう言うと「ごめんね」っと遠慮がちに謝ってきた。だから「全然」っと言った。
『コンコンクジラ』を君に見せた。デパートの4階。どうにか、屋上の空気が淀んだ世界の一角から、1階下へ世界を広げる事はできた。僕はそう思っていた。それだけで、世界を救った。そんな満足度だった。
でも、君は絵を見た瞬間にポロポロと涙を流し始めた。頬を流れる涙は、その決めた道筋を辿るよう緩やかに右へ左へと方向を変え、顎から振り絞られ、そして、一滴落ちた。
「どうしたの?」っと僕が聞いた。
「ううん。大丈夫」っとその子は言った。
僕は世界を救えたのだろうか?っと思った。同時に、世界を救えなくてもこの子を救いたいって思った。
僕の絵をうさぎの様に赤い目をし、ずっと眺めるこの子はきっと、心の奥底に潜ってしまって上も下も右も左も分からなくなってしまったんだと思った。
「ありがとう」その子は『コンコンクジラ』から僕に視線を移した。
「大丈夫?」僕はその子が、上手くキャッチできる様にゆっくり、言葉を宙に投げた。
「うん。大丈夫。君の絵は世界一だよ」その子はそう、言葉を宙に投げると「またね」っと僕の前から、立ち去った。雪色のスカートをふわふわとさせる後ろ姿に僕は世界の幸福がこの子に全て降り注いで欲しいっと見つめていた。
それが、僕と水穂ちゃんの出会いだった。
水穂ちゃんは、またね。っという誰もが忘れてしまう当たり前の挨拶を守り、僕への気持ちを背負い10年の年を跨いでやってきた。
夢日記の1ページ目を捲る。
少し幼さを残す字で、わたしは真っ白の世界にいました。っと、夢日記の上にある余白に書かれ、その下の行は真っ白だった。次の余白には、わたしの心に夜が産まれました。と書かれ、下の行には、小さな女の子の胸に小さく黒い点が描かれている。
でも、それから9ページ目にやっと色が咲いた。余白には「これで、きみをこの世界からみうしなうことはないね」っと、余白の部分に書かかれ、下には女の子の胸に、赤く小さなハートが描かれていた。それから、後のページは眩しくなるくらい色が敷き詰められていた。
大きなクジラに、お城を守る守衛に、藍色の手の男の子が出て来ていた。そしてページを捲る度に、幼い字が時を重ねるように綺麗になっていく。
水穂ちゃんが見る夢の世界はとても切なくて綺麗だった。読み進めると、物語の途中から白紙のページになった。まだ、今も、夢の続きを見ているのだろう。読み進めているうちに、荒れた心が細波に変わっていた。
夢日記を閉じ、最後のページを開く。すると、堰き止められた僕の目からは、気持ちの奥底から込み上げられ大波に押し出されるように涙が溢れた。
私の将来の夢。
門番に私の事を踊り場で待っていてくれないようになる。
門番の仕事の手伝いを毎日できるようになる。
門番に早く隣の部屋から出て行ってもらう。
恵子さんと藤宮先生にお世話にならないようになる。
もし、恵子さんと藤宮先生が結婚式を挙げた時に式に出られるようになる。
拓星から来たメールにすぐ返信したい。
拓星から来た電話にすぐ出たい。
拓星とふたご座流星群を観に行きたい。
拓星が困ってたらすぐに駆けつけたい。
拓星と旅行に行きたい。
溢れるように声が出た。あまりにもストレートな水穂ちゃんの気持ちが、あまりにも大きくて、僕の藍色に真っ白な雨が沢山降った。
「どれくらい僕に真っ白を落とすんだよ。受け止める方の気にもなれよ」
そして、僕はスヤスヤと眠る水穂ちゃんの頭を撫でた。布団にあたる水穂ちゃんの吐息が、僕の手にかかる。それだけ、僕の心に真っ白の一滴を落とした。
《第4章 第2節 懇々クジラ 244.5~》
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