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《創作大賞2024:恋愛小説部門》『友人フランチャイズ』第10話 狐の嫁入り 41~

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《第3章 第4節 狐の嫁入り 41~》

 その後、篠宮教授の講義を受ける機会はあったし、何度か廊下でもすれ違った。

 この前篠宮教授と話した後から「おう」とか「新しいのできたら、見せてくれよ」っと声をかけて来るようになった。でも、秋山くんが言ってた除籍と言う言葉が頭にこびり付いて、僕はレポートの件を篠宮教授に聞くことができないでいた。

 そんな事が3日ほど続いたある日、僕は先日、秋山くんとアトリエで描いた、絵が乾いている頃だろうと、講義が終わり、外が暗くなりはじめた夕方、アトリエに絵を回収しに行くことにした。

 その頃には、僕の気持ちも少し落ち着いていて、まぁ、提出物をファイリングして提出とか教授達が無くさない工夫しようと、あれこれ改善点を考えながら気持ちの荷物を下ろせていた。水穂ちゃんに絵をあげるんだから、タイトルはしっかり考えなきゃだよな。これを考えるくらいに。

 廊下の端っこから反響する学生の声は聞こえる。けれど、アトリエの前は、どちらかと言えば静かだった。

 水穂ちゃんへ、絵をあけだらどんな顔してくれるかな?っと口を緩ませアトリエのドアを開けた。

 しかし、開けた瞬間、今まで呑気な事を考えていた、僕の額をトンっと恐怖が小突いてきた。それに続く様に、膝に冷水をかけられたようなひやりとするものが追いかけてくる。

 目の前には、ペインティングナイフを持ってこちらを見る秋山くん。彼の顔は戸惑いと悲しみと怒りと恐怖を描き殴った様な表情を浮かべている。

 ペインティングナイフの握られた先には、僕が水穂ちゃんにあげるための水彩画が縦、横、斜めから切り刻まれていて、キャンバスになんとか形だけを保っている状態だった。

「……え?」

 秋山くんは僕の反応に「あ……」と返すと、さっきまで、描き殴られた様な顔は悲しみ一色になり「ごめ……」っと何かを言おうとしていた。でも、僕はそれを聞く前に、アトリエの扉を閉め、逃げる様にその場をあとにした。

 なんで?なんで?なんで?僕の心はパニックだった。この前、一緒に描いた時、何時間も待たせたから?それとも、篠宮教授のレポートの件で怒りをぶつけてしまったから?他にも僕の分からない所で失礼な事をしたから?……だからだ!こんな事を考えるから、僕は人と関わりたくない。

 そして何を考えていたのか、分からず、今、僕はバイト先にいる。こういった時は何も手につかない。だからよく失敗をする。いつも失敗はよくするけれど、それの2倍……いや……3倍はした。メニューの注文は間違えるし、ジョッキは落として割るしで、お客さんからも、店長からも、先輩からも、いつもの何倍も怒られた。なんだその顔は。って普通の顔をしているつもりなのに難癖までつけられる始末。

 心が塞ぎ込むのが分かる。内へ内へと思考がゆっくりと濃ゆくなった藍色の中へ引きずり込まれていく。あー。確かに僕は今、一体どんな顔をしているんだろう。そしてそのままの顔で、次のお客さんの注文を取りに行く。

 でも、オーダーを取りに行った次のお客さんは藍色へ引きずり込まれた僕の手を握った。「んー、拓星のオススメは何?」
っと聞き覚えのある声がした。かと思うと、ふわりと僕の視界に色が咲いた。

「おーい。拓星。聞いてるんですけどぉ。おーすーすーめーはぁー?」
「え?……なんで、ここで働いてるって分かったの?」
「ん?だって友人フランチャイズの話してる時に、拓星が僕のバイト先、フランチャイズチェーンでって話してたじゃん。それで、頭のいい水穂様はこの辺でフランチャイズチェーンって数店舗しかないよな?じゃ、探すかって来たわけ」
「探したの?」
「無論!!メール見て、何か困ってそうだから、探したよ。っで、おーすーすーめーはぁー?」
「ありがとう」
「当たり前じゃん。ずっと1番の友達って言ったでしょ?終わるまで待ってるから、シャキッと頑張っておいで」
「うん。じゃ、今の水穂ちゃんへのおすすめはビールだね」
「分かってるじゃん」

 朝、天気予報で今日の最低気温を言っていた。2℃って。水穂ちゃんはそんな寒い中、僕を探してくれた。それで、きっと、走ったんだと思う。だって、額から一滴汗が落ちたから。この居酒屋におすすめのメニューはないけど、今の水穂ちゃんには絶対ビールが美味しいと思う。冷えたジョッキにいつもの3倍丁寧にビールを注いだ。そして、水穂ちゃんの前に持って行くと一気にビールを飲み干し「へー。今まで飲んだビールの中で世界で1番美味しいかも」っと一杯298円のビールを美味しそうに飲んでくれた。

 それからの僕は何とか怒られずにバイトをやり切った。そして、バイト先の裏にある従業員専用の出入り口から出ると「お疲れ様。働く拓星も格好よかったよ」っと黒のダウンジャケットのポケットに手を入れ赤いマフラーと首の隙間に顎を埋めた水穂ちゃんが立っていた。

「沢山歩いたんでしょ?ありがとう……」っと路地裏の薄い街灯に照らされた水穂ちゃんにそう言う。
「まー。私の運が良かったから3件目で見つける事ができました」っとマフラーの隙間から白い息を吐きながら答えた。
 そしてくるりと踵を返すと「今日はいつもの所は寒いから、友人フランチャイズを契約したコンビニに行く?」っと背中を向け聞いて来た。

「ココア奢らせてよ」って水穂ちゃんの横に追いつくと「いいね。身体に沁みそうだ」ってケラケラと笑った。

 コンビニへ向かう途中、水穂ちゃんは国道を挟むように沢山植えられた、一本のイチョウの木の下で足を止めた。

「拓星見てよ。このイチョウの木ね、私が小さかった時、まだ私の身長と同じくらいだったのに、こんなにでかくなって、なんだか時を感じるんだよね」
「そんなに大きくなるの早いの?」
「私が1年で1cm伸びる間にコイツは30cm伸びやがるんだよ」
「じゃ、イチョウの種を植えて、4年経てば、水穂ちゃんの身長軽々越えるね」
「私は120cm以下じゃないし。そんな小さくないわ!」
 僕の肩を小突くと、怒気の矛先をまたイチョウの木に向け「コイツ、コイツ、私よりでかくなりやがって」っと飛び跳ねた。

 コンビニにつくと、水穂ちゃんはあの時みたいに、横の搬入用トラック駐車場に入って行った。僕はホットココアを2つ買い水穂ちゃんの所に行くと、自分が座っているベンチの隣をトントンと指で鳴らした。

「まぁ、拓星よ。遅行ちこうヨレ」

 そして、言われるまま隣に座り、ココアを1つ渡すと、1口飲み、「沁みるぅ」っと顔をクシャっとし、体を小さくした。そして、ココアを何口か飲んだあと、ベンチに腰を入れ直し、姿勢を正すと、ふーっと大きく息を吐いた。

「っで、拓星、何があったの?」

 僕は水穂ちゃんに、秋山くんとの事と篠宮教授が言っていた、僕は提出物を出しているのにも関わらず、僕が提出物を出していない事の2点を整理するように説明した。

「まず、秋山くんの人間性なんだけど、いつも周りに友達がいて、教授達達とも上手くやってて、あと、絵が凄いんだ。一度、観たら世界観に吸い込まれて、凄くて、僕は動けなくなるんだ。本当に凄いんだ。それで、アトリエでたまたま一緒になって描いた時に仕上がった絵を見た時も凄かった」

「分かるなー。絵に吸い込まれる感じ。──それで、確かその秋山くんが拓星が篠……宮教授だっけ?にレポート出してないぞって言われたのを相談すると、秋山くんが、いやいや、教授達はよく無くすからって言われ、それに拓星が怒って、その教授の所に文句を言いに行こうとしたら、除籍になるぞーって止めに入ったんだよね?」

「うん。でも、なんか凄い必死だった。今考えたら、何度かしか話した事ないの、そこまで深入りするかな?って」

「それで、今日のバイト中の拓星見て思ったけど、まだなんかあったよね?」

「うん。まず水穂ちゃんに謝らないといけないんだけど、アトリエでたまたま秋山くんと会った時に描いた絵を水穂ちゃんに、あげたいって言ってたじゃん」

「うん。言ってたね」

「それを乾かす為にアトリエに置いていたんだけど、今日それを取りに行ったら、秋山くんがペインティングナイフで僕のその絵を切り刻んでいる所に遭遇して、それで、その場から逃げ出してしまったんだ。だからあげれない。ごめんね」

「私は大丈夫だよ。拓星が無事でよかった」

「うん」

「拓星の気持ちを考えれば、悔しいし、ムカつくし、なんで?って思うし、怖かっただろうし、でも、それより、悲しいよね」

「水穂ちゃんが、お店に来てくれるまでは、そんな感じ。でも、今落ち着いて考えてみたら、その時の秋山くんの表情が悲しいそうというかなんというか」

 その時の秋山くんの表情を思い返した。ペイティングナイフを持って、僕の絵を前にして、恐ろしい形相だった。そして、僕の顔を見た瞬間、少し影を落としたというか、見つかって焦っていたとは、また違う表情だった。

「教授には秋山くんの事、報告したの?」
「ううん。してない。報告したら、謹慎処分とか、最悪除名処分になると思う。でも、僕はその前に秋山くんって人を知りたいかも」
「うん。じゃー、拓星の次にしたい事、決まったじゃん」

 秋山くんは、間違った事をした。それは確かな事実。でも、絵を通して見ると、彼は心底から悪い人間だって決めつけるのは、まだ早い気がする。それに僕も秋山くんの作品にしっかりと感想を言えていない。

「話してみる。秋山くんと。それからどうしたいか決めるよ」
「うん。私は会った事ないから、秋山くんがどういう人なのか、わからないけど、拓星から聞く秋山くんは、そんなに悪い人ではないような気がするんだよね」
「うん。僕も変なプライドを張ってしまって、秋山くんの描いた絵の感想が言えなかった。凄いって伝えたい。その後、どうなるかはわからないけど……」
「うん。拓星の気持ちをぶつけるのは、大賛成!どんな結果であれ、やった事に価値があるよ。でも、ペインティングナイフ持ってたんだから、注意はしてよ」
「うん。分かった」

 さっきまで、僕の手に熱を与えたココアが冷たくなり、手から熱を奪って行く。隣に座って、マフラーを何度か巻き直し、時々鼻を啜りながら、話を聞いてくれている。

 水穂ちゃんと友人フランチャイズを契約していなかったら、僕は秋山くんの事をすぐに、危険なやつだ。最大限距離を取ろう。同じ講義を受けていたとしても、地球の裏側にいる人間だとして、近寄らない。って結論を出したはずだ。でも、不都合を沢山抱えた、僕だって人から見たら、変なやつで、見る人が見たら危険なやつだ。そんな僕の心に水穂ちゃんは触れようってしてくれた。だからかな?僕は秋山くんと話したいって思えたのは。

「ねー。拓星」
「なーに?」
「何か、強くなったね」
「え?何処が?僕は今日、秋山くんから尻尾巻いて逃げたんだよ」
「いや、そう言う所じゃないな」
「じゃー、何処?」
「何処かな?でも、私の知っている拓星に戻って来た。だから、秋山くんがしっかり話ができる人だったら、拓星は秋山くんに寄り添えるよ」

 それからは、この話は終わった。多分、僕のカラッとした表情を水穂ちゃんが汲み取ってくれたからだと思う。

 そして、水穂ちゃんを家まで送っている時、ふと思った。やっぱり僕達の思い出として、この前の花火の絵を描いて水穂ちゃんにあげたいって。

「プレゼントしたかった絵の事なんだけど、また描くから貰ってくれる」っと。僕は横を歩く水穂ちゃんへ言葉を転がした。
すると、水穂ちゃんは少し考え、隣を歩く僕のコートの裾を引っ張った。

 その引く勢いに足が止まり、僕は水穂ちゃんの顔へと視線が移る。

「やっぱり、まだいらない。だって拓星から友人フランチャイズを解約した時に私を描くんでしょ?」

 その表情は何処か、切な気に見えた。だから、僕はさっきより優しい言葉をゆっくりと転がすことにした。

「うん。だから、もう一生、水穂ちゃんを描くことはないよ」っと。

***

 次の日の夕方、僕は息を巻いている。朝、秋山くんに手紙を渡した。「夕方、アトリエで待っている」と書いて。そして、今鼻息を荒ぶりながら、アトリエに向かっている。

 途中、篠宮教授がいつものように話をかけてようと、手を挙げていたが、僕の様子がおかしいのに気づくと、手をそっと下げた。

 アトリエに到着すると、秋山くんはまだ、来ていないようで、ふー。っと息を吐く。それと、同時に昨日から作り上げた、緊張感も口から外へ出てしまい、秋山くんが僕より先に来ていなかった事への安心感が心臓の隅を突いた。

 いーや。だめだ。っとまた目の前の全身鏡で確認しながら、緊張感を高めたが、映る自分はただの虚勢を張っているようにしか見えない。

 そして、アトリエの外からこちらへ向かう足音がしてきた。僕は心臓が苦しくなるくらい、心の帯を締め上げた。

 ガラッとアトリエの扉が開く。昨日の今頃ぶりだ。金髪のツーブロックの前髪をキッチリとセットした秋山くんが現れた。

 入り口の前から動かない秋山くん。きっと僕から、ひどい言葉を浴びせかけられると、思ってるのだろう。

 そんな、彼に僕は言ってやった。

「秋山くん!殴り合いをしよう」

 それを、聞いた秋山くんは僕と拳と拳で殴り合いをすると思っているのか、表情にスンっと黒い影を落とすと、アトリエのドアを締め一歩前に進んだ。

「僕が、小絲くんを殴れる訳ないだろ?」

 いつも、秋山くんは自分を呼称する時は、俺っと言っている。でも、今、目の前に現れた秋山くんは、僕っと言った。周りと五月蝿く生活する彼は僕の対極にいるタイプだと思った。でも、入り口の前に固まりぶるぶると小刻みに震えている、彼を見ていると、自然と僕の周りを囲っているパーソナルスペースの隅が小さく入り口を作った。

 そんな彼に掛けた僕の言葉が悪かったのか、理解していない秋山くんに気持ちをぶつける事にした。

「違う。拳の喧嘩だったら、僕は誰にだって負けれる自信がある。でも、僕は絵を描く情熱は誰にも負けない。だから、僕が凄いっと思った君と作品で殴り合いがしたい」

 え?っと、秋山くんは目を丸くした。そして、また表情に影を落とし、僕の座る横の席を指を差した。

「隣、座っていいかい?」

 頷くと、秋山くんはそっと、僕の横に座った。そして、僕の肩に精一杯の気持ちを転がした。

「小絲くん。ごめんね」

 その転がされた言葉に濁りは感じなかった。そして、秋山くんは両手を垂らし、床に目を落とした。

「ううん。いいよ。気にしないで」

 秋山くんは下を向いたまま、ぽつぽつと言葉を選びながら話し始めた。

「僕が小絲くんの事を、いつから知っているかわかる?」
 僕は秋山くんとは、この大学に入ってからだと思っている。でも、昔の僕は周りから遮断した生活を送っていたから、もし、その時に秋山くんと何処かで会ってたら気付くことはできない。
「ごめん。僕、人を遠ざけて生活してきたから、この大学で君と出会ったのが初めてだと思う」
「そうだよね。僕もそうだよ。でも小絲くんの事は随分昔から知っているんだ」
 そう言って、秋山くんは顔を上げ天井の隅を朧げに眺めた。
「小学校6年生の時。デパートの屋上で、僕は初めて君を知ったんだ。」
 確かに、その頃はよくお母さんと賞を獲って展示された作品を観に行ってた頃だった。

「僕の家は父さんが、芸術家でね。昔から自分の跡を継がせようと、11歳離れた姉と僕に自分の芸術的価値観を植え付けようとする、そんな父さんだった。僕も小さい頃から美術系のスクールに通わされて、友達とは遊べないし、好きな事はできないしで、正直、絵描きになんてなりたくなかったんだ」

 そして、秋山くんは天井の隅に置いた目を僕の肩に落とした。僕はその視線を拾うように彼と目を合わせる。初めて正面から見た彼の顔はその吊り上がって整えられた眉毛と同様、綺麗な顔立ちをしているが、今は何故かその顔には不釣り合いな表情を浮かべている。

「うん。それで?もっと秋山くんの事を聞かせて?」

 ずっと何かを抱えて生きてきた、表情に僕はそう言葉を転がした。

「でもね、絵描きになんてなりたくなかった僕が君のお陰で絵描きになりたいって思った。何でか分かるかい?」
「分からないよー。僕はあの頃は自由に描いてたから」
「そこだよ!そこに僕の心は持っていかれたんだ。デパートの屋上で見た君の『火樹銀花』にだよ。タイトルも君の名前もそこで僕の頭に焼き付いたよ」

 『火樹銀花』は小学校6年生の時に描いた作品で、橋の上から見る花火の風景画。黒に色を見出したくて、鉛筆デッサンで仕上げ作品。でも、その時は入選だった。確かに、最優秀賞も特別賞も佳作も繊細な色を組み合わせてたし、上に行けなかったのは仕方ないと思ってた。

 「その時、僕は最優秀賞だった。でも、あまり嬉しくなかった。それくらい、作品への熱が冷めてたんだよ。でもね、そんな時に観た君の『火樹銀花』はやばかった。風景が頭に押し込まれるように入って来るんだ。初めてモノクロの鉛筆デッサンで沢山の色を見たよ。感動だった。鳥肌が凄かった。吸い込まれた。胸が熱くなった。それからだ!僕は会った事ない君の背中を追った。中学校と高校の間はずっと君を追っていた。美術スクールで回ってくる、展示案内のパンフレットに君を見つけたら、触れに行ってたよ君の作品に」

 語っている秋山くんの語尾は徐々に熱くなった。見つめる目は丸く見開き、帯びた熱は手を動かしている。一瞬、天井から一滴の真っ黒が秋山くんの頭に落ちると、表情は枯れていき、連動するように、帯びた手は太ももの上へと帰った。

「この美大に入った時、小絲くんの名前を見つけた。嬉しかった。そして、作品に向きあう姿を見た時、次元が違うと思った。だから、近寄り難かった。その時、気づいたよ。君をずっと追ってたら、君は僕のずっと先を行ってて、僕の作品がちっぽけに見えたよ」

「違う!!君は凄い!!」

 僕は、咄嗟に否定した。ずっと、昔から僕の作品に触れてくれた人がいて凄く嬉しかった。しかも、それで絵を辞めないきっかけになれたのは、凄く幸せだ。でも、だからと自分の作品を否定しているのは、水穂ちゃんと出会う前に自信を失って背骨が折れてしまってた、僕と一緒だった。

 白花色が展示会の隅に飾られた時、僕は自分の作品がちっぽけだと思った。でも、その時、水穂ちゃんが、この中で1番上手いって言ってくれた。そして、そのあとの、真っ直ぐに意見言う水穂ちゃんの姿は嘘偽りがなくて、あの時言ってくれた、1番上手いって言葉が、僕の支えになっていた。

 「君のシャングリラを観た時、僕は吸い込まれたんだ。君が僕の絵を観た時と一緒だよ。僕は一瞬で君が凄いやつだって思った。そして、その後、僕は君に嫉妬したんだ。この前、一緒に描いた時も、聞きたかった。君はどんな景色を見ているだいってね。でも、僕は聞けなかったよ。それは、君に嫉妬して、産まれた僕のプライドが邪魔をしたからね」

「一緒じゃないか……」

 そう言って、秋山くんは瞼の下に涙を貯めている。

 アトリエで一緒に描いた時、秋山くんに「どんな景色を見ているんだい?」って聞けたら。──いや。それよりも前にシャングリラを観た時に「君の油絵に吸い込まれてしまったよ」って言えたら、僕達はもう少し早く、分かり合えていたのかもしれない。

「秋山くん。僕と君は同じ事を想いあっていたんだ。だから、これからは殴り合いだ」

 秋山くんは袖で涙を拭いた。キッチリとセットされていた金髪のツーブロックの前髪が少し乱れている。そして、もう一度僕の目を見て言った。

「小絲くん。本当にごめん。僕の嫉妬が君の作品を傷つけてしまった」
「うん。いいよ。そのお陰で、こうして秋山くんと向き合えたんだから」

 水穂ちゃんの為に描いた、あの日の作品。秋山くんに傷つけられたけど、絵はまた描けばいい。それよりも、こんな凄い人とこれから絵で殴り合う。それが嬉しかった。

「あと、小絲くん、もう一つあるんだ」
「なんだよ?」
「君が教授に出したって言う、レポートの件なんだけど……」
「うん。秋山くんに相談した件だよね?」
「あれも、僕の君への嫉妬から、教授の部屋に侵入して、何枚か破いて捨てたんだ。それで、白花色のレポートも……篠宮教授の部屋に侵入して……」
「秋山くん。もういいよ。──それよりさ、君とこの前さ、アトリエで描いた時に君が描いてた天女の絵は、なんてタイトルなの?」
「え?それよりって、小絲くんのこれからの成績に関わる事なんだよ?」
「確かに……でも、もう結果は変えられないし、うじうじ考えててもね。っでタイトルは?」
「うじうじ考えてしまうよ。悪い事をしたんだから」
「んー。僕も秋山くんみたいに昨日まで、うじうじしてたから。でも、君を見てたら何だか格好悪いね。だから、もう流すよ」
「昨日までって。じゃー、そこも一緒だったんだ」
「そう言う事。──っで、タイトルはなんて言うの?天女の絵」
「狐の嫁入りだよ」
「じゃーさ。その絵、僕に頂戴」


《第4章 第1節 懇懇クジラ 244.5~ へつづく》


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