碧翆の玻璃器【カフェ浪漫主義18】
今年の夏は古い映画や古書をあさり唐揚げやジャンクフードを買込み、すっかりひと昔のカウチポテト族になっている。
スナック類はだいたい定番の激辛と梅味の物に加え一品だけは毎回新商品を試し、飲物はその日の気分次第で器と共に色々変えるのが楽しい。
菓子器は色々試した結果コンビニやスーパーのスナック用には格調のある古器より昭和レトロのやや俗な物のほうが似合う。
特に夏場には大正から昭和前期頃の碧翆(緑色)のプレスガラスの鉢が涼味がありポテトの色にもマッチする。古陶磁のような深みや重厚感には欠けるものの、清涼感だけはガラス器が一番だ。

硝子ゴブレット イタリア製アンティーク
また、ジャンクフードを食べながらの読書では、BGMも高尚なクラシックよりポップやジャズ、ロックなどのビートミュージックが似合う。
ただ、それらのジャンルで真に涼しげな物を探すとなると、これがなかなか見当たらないのだ。今回は私が知る中では唯一の清涼感と美しさを持つアルバムを紹介しよう。
チック・コリアとゲイリー・バートンの共演による『クリスタルサイレンス』だ。
ゲイリー・バートンが演奏するヴィブラフォンは、共鳴管に電動モーターの振動を用いた鉄琴の一種で、透明感のある神秘的な音色が特徴だ。その分均質で機械的な演奏になりやすいのだが、ゲイリー・バートンの演奏は独創的で美しい。マレット(ばち)を片手で2本ずつ計4本持つ「バートン・グリップ」を駆使した独自の奏法と煌びやかなアドリブソロが、メロディアスかつリズミカルなチック・コリアの演奏と調和し、「クリスタル・サイレンス」の名に相応しい清涼な世界を生み出している。ECMレーベルが目指していた「沈黙の次に美しい音」は、まさにこのアルバムによって体現されたと言っていいだろう。
アルバム一曲目の『セニョール・マウス』は珠玉の一曲で、後に出たライブ版はさらに凄まじい。チック・コリアの舞踏的なリズムに慣れてしまうと、クラシックのロンドやワルツでは物足りなくなってしまうくらいだ。
このデュオの演奏は退屈なところがほとんどないので、ジャズの聴き始めとしてもおすすめできる。鈴を転がしたようなヴィブラフォンの音色は納涼のひと時にも似つかわしい。この2人は他にも何枚か名盤があるのだが、ECMのベストアルバムには名演が一通り揃っている。このアルバムにしか収録されていない曲もあるので、お買い得なのはこの1枚だろう。
ジャズ史上最も美しいと言われたこのデュオを凌ぐ音楽はその後数十年経つ今でも出ていない。技術的には現代のミュージシャンの方が上手いのに、未だに彼等に匹敵する物が出ていないのは、聴衆の方が目眩くようなアドリブフレーズやスリリングなリズムの展開についていけなくなったためだと思われる。
アイドルやヒップホップは音楽が良くわからない人でも十分楽しめるのでセールス面では圧倒的多数となる一方、クラシックやジャズの名演奏の違いがわかる人など全体の1割もいないのだから、今のマーケティング偏重の音楽業界では仕方無いだろう。
澄みきった音楽を聴きながら清澄な香りの冷茶でも飲むなら、青硝子と銀の配色が美しいアールヌーボー調の妖精界の器のようなゴブレットだ。

アール・ヌーヴォーゴブレット 20世紀初頭
写真の本の扉絵はいかにも大正浪漫の魅力溢れる竹久夢二の代表作『夜の露薹』だ。
背景のたわわに実る桃が今の時期にふさわしく、憂愁な表情のマントの男の身の傾き加減が表現効果を上げている。
大正浪漫とアール・ヌーヴォーは、洋の東西ながらほぼ同時期に起こっているのが面白い。
ピューターの花入と皿もおよそ同時代の英国アンティークだ。冷茶は各々好みの香り高い物を選べば良いが、私はこの絵に因んで白桃烏龍茶にした。あえてミルクと甘味料を入れた方が、妖精世界のティータイムらしくなりそうだ。
エアコンでは癒せない精神の清涼を求めるなら、せめて茶の時間だけでも音楽や詩歌絵画などの芸術に浸るべきだろう。
真に精神性の高い芸術作品を選ぶのにはかなりのセンスと手間暇が掛かるが、今のネット検索を駆使すれば古今東西の優れた作品に出会える。その為の労力と時間は惜しまず注ぎ込みたい。
