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秋月の管弦【カフェ浪漫主義19】

【カフェ浪漫主義】
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立秋から3週間も過ぎ白露や重陽の時期となれども、まだ真夏日が続く予報で心から秋の風情を楽しむ気になれない。これは我が残生の月日を考えても重大な損失だ。

夏が長くなった分春も秋も短くなったのだから、これまで以上に秋の良さを深く味わいたい。

昔から芸術の秋と言うが無理にでも澄秋の気分となるには、秋らしい格調高い管弦楽に浸るのが良いかもしれない。

乾坤に響き渡り終わらぬ夏を終わらせ、荒ぶる炎帝を鎮めるような壮麗で神威ある大曲がいいだろう。

用意したのはマーラーの交響曲と与謝野鉄幹の詩歌集だ。

天地玄黄 初版 与謝野鉄幹
牛ノ戸茶器 魚籠 明治〜大正頃

我が荒庭で摘んだ秋草に合いそうな花入は断然侘びた竹籠だ。

明治から大正頃の古びてやや飴色になった籠に同時代の牛ノ戸茶器の冷し焙じ茶で、与謝野鉄幹晶子ら明星一派の活躍した浪漫主義の時代を思い起こそう。

この鉄幹の『天地玄黄』は小型ながらもいかにも明治人らしい気宇壮大な詩魂みなぎる詩歌集だ。これなら荘重なシンフォニーにも位負けしないだろう。

マーラーの交響曲はみなコーヒータイムに聴くにはいささか長大に過ぎ、また大音量でじっと聴き込まないと本来の良さも出て来ないが、「交響曲5番」第4楽章の「アダージェット」だけは短めで茶時にも聴きやすい。

映画『ベニスに死す』のテーマになったことでも有名なこの曲は、ゆったりしたストリングスの旋律が終わらぬ夏の紫金の光を思わせ、ハープのアルペジオの音色が煌めく清流のせせらぎのような清涼感を与えてくれる。

日本では7日の満月に続き重陽の節句も来るので、菊の茶菓と高浜虚子の月の句の短冊を月明かりの窓辺に飾り、荒庭で鳴く虫の音の中でじっくり鑑賞したい。

直筆短冊 高浜虚子
古織部湯呑 江戸後期

はなやぎて月の面にかかる雲

虚子

台風の過ぎた後も日中の暑さはぶり返したが、鎌倉は夜の秋と言う季語の通り日が暮れればだいぶ過ごし易くなった。

例え一日のうち僅かな時間でも、澄む秋の風情を心から有り難く味わうべきだろう。

満月の夜に合わせて取っておきの音楽を紹介しよう。ヴォーン・ウィリアムズの「トマス・タリスの主題による幻想曲(タリス幻想曲)」は英国ロマン派らしい神秘的な響きで、秋月の夜をこよなく清浄な物にしてくれる名曲だ。

日本ではヴォーン・ウィリアムズはそれほど知られていないが、エルガーやホルストと並ぶイギリスの代表的な作曲家だ。歴史や文学にも通じていたヴォーン・ウィリアムズは民謡採集や教会音楽の研究をライフワークにしており、そこで得たモチーフをロマン派的な曲に仕立てるのが上手かった。この「タリス幻想曲」も、ルネサンス16世紀の作曲家トマス・タリスの「大主教パーカーのための詩編曲」という曲のフリギア旋法と呼ばれる教会旋律を下敷きにしている。

フリギア旋法は教会旋律の中でも特に脱俗的で厳粛な音階だと言えるだろう。ブラームスの「交響曲第4番」の第2楽章やバーバーの「弦楽のためのアダージョ」、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のプロローグでもこの旋法が用いられ、古代・中世の叙事詩的な世界への観想を促している。この音階は一方で悲哀や諦観に偏りがちだが、ヴォーン・ウィリアムズの「タリス幻想曲」はその洗練された構成美によって、深遠なものへの憧れと祈りの喜び、そして静かなる高揚を確実に感受することができる。

「タリス幻想曲」は1910年9月6日にグロスター大聖堂で初演された。ヴォーン・ウィリアムズ自身の指揮とロンドン交響楽団の演奏によるもので、聖堂の音響効果を存分に活かすため、楽団員の配置まで厳密に調整されたものだった。次の映像は100年後にその初演を再現したものだ。

この曲が初演された清月の照らす大聖堂での厳かな再演映像が、家に居ながら見られるのは幸いだ。グロスター大聖堂は映画『ハリー・ポッター』に登場するホグワーツ魔法学校のロケにも使われていた。

動画冒頭に現れる幽かな月影が天使聖人を象ったステンドグラスに差し込み、英国最古の祭壇に薄明かりが広がる。その静謐な光と呼応するように弦楽の繊細な音色が回廊へと響いていく。

秋の一夜の月光と一曲の美しい旋律が交わり、過去の景色が重層的に想い起こされる。百年前の音楽家も、千年前の吟遊詩人も、同じ秋月を讃えていたのだろう。

広沢の池に宿れる月影や
昔を照らす鏡なるらむ

後鳥羽院

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