【福島】龍ケ塚古墳 ~松任谷由実「DESTINY」 (1979)の歌詞考察を添えて~
福島県に行ったついでに、天栄村の龍ケ塚古墳に立ち寄りました。村の道の駅では観光地として紹介されていました。滞在時間3分ほどなので、写真のみ簡単にご紹介します。6世紀の帆立貝式古墳だそうです。




訪問:2026年7月26日
これだけで記事を終わらせるのはもったいない気がしたので、蛇足ですが、私が古墳に行くために運転するとき、よく聞く曲をご紹介します。
松任谷由実「DESTINY」(1979)の歌詞考察
松任谷由実『DESTINY』
私が幼いころ、父親がドライブの時流しているプレイリストには、松任谷由実の歌が多かった。彼女の歌は、実は「車」が歌詞にたびたび登場する。『中央フリーウェイ』、『リフレインが叫んでいる』、「車を所有することが男性にとってのステータス」という、時代背景を反映しているのだろう。だから、彼女の歌はドライブによく似合う。
中でも私のお気に入りは『DESTINY』(1979)だった。歌詞は検索していただきたいが、内容としては、
・男性に冷たくされて振られた女性
・見返すために着飾る
・久しぶりの再会、昔よりイケてる男性
・しかし女性は、その日に限って「安いサンダル」を履いていた
・彼とは「結ばれぬ 悲しい DESTINY(運命)」だったのだと悟る
四コマ漫画みたいな話である。しかし最近、10年ぶりくらいに聞いてみたところ、この歌詞はなかなか考察し甲斐があるのではないか、と気が付いたので、この場を借りて紹介する。
サンダルは本当に安かったのか?
この歌詞は一見すると、男性を見返すことに囚われた女性が、自らの詰めの甘さ(安いサンダル)により、復讐に失敗した歌であるようだ。なんとも救いのない話だ。確かに、曲全体の暗い雰囲気、最後の一行「結ばれぬ 悲しい DESTINY」によって、バッドエンドに収まっているように感じる。幼き頃の私もそのように歌詞を聞いていた。
しかし私は、そのような単純なストーリー以外の、もう少し救いのある、ポジティブな解釈が可能であると考える。ここで着目していただきたいのは、(おそらくこの歌で一番有名なフレーズである)「安いサンダル」という部分である。
どうしてなの 今日に限って 安いサンダルをはいてた
(ちなみに、皆さまお気づきの通り、おそらく彼女が「安いサンダル」を履いていたのは、「今日に限った」ことではない。
「ナポリタンを注文しちゃったけど、今日に限って白い服を着ているよ……」と同じことである。2・3日に一回は身に着けているだろう。)
ここで、一つ疑問がある。数年越しに元彼が車で近づいてきて、すっと窓を開けたーー。その時、サンダルは一体どれだけ重要だったのだろうか。
というのも、このような状況で、
「どうしてなの 今日に限って 化粧をしていなかった」
「どうしてなの 今日に限って 高校のジャージを着ていた」
なら分かる。見返してやろうと意気込んでいた、数年越しの元彼には見せたくないだろうし、会った瞬間そのことで頭がいっぱいになるのも分かる。しかし、彼女が一番気にしていたのは、足元の「安いサンダル」だ。
そもそも、サンダルなど、車が女性に近づいて止まっているのなら、運転席からは見えていないかもしれない。彼にサンダルを揶揄われたというわけでもなさそうだ。それなのに足元を気にしていたということは、逆に言えば、彼女はサンダル以外の部分、服装や化粧はちゃんとしたのではないか。それこそ彼を見返すために。
その「安いサンダル」が、いわゆる便所スリッパみたいなものだった可能性もないわけではない。しかし、服装や化粧がちゃんとしていた以上、美意識の高い彼女がそれに合わせて履いたサンダルが、そんなにひどいものだったとは考えにくい。
私は、その「安いサンダル」はそこまで「安い」ものではなかったと考えている。彼女が持っている中で一番いい靴ではないにしろ、ちょっと外に出るにしては十分きれいなものだったのではないか。それではなぜ、彼女は自分のサンダルに「結ばれぬ 悲しい DESTINY」を悟ったのか。
自分といた時は埃だらけの車に乗っていたのに、別れてからは窓を磨いたクーペに乗るようなイケイケ(?)男になった彼。「昔より遊んでるみたい」。それと比べて、自分は彼を見返すことばかり考えていて、「どこに行くにも着飾って」いるものの、「それからどんな人にも こころをゆるせ」ないでいる。この対比に苦しくなって、自信がなくなった彼女の心を象徴したのが、(化粧や服装に比べて相対的に貧弱な)「安いサンダル」だったのではないか。
緑のクーペに乗る彼は、なかなかの見栄っ張りなのだろう。そんな彼が羨む女性になれるよう「どこに行くにも着飾って」いた彼女。しかし、彼女は気が付いた、そもそも私は彼とは釣り合わないのだ、とーー。
はたから見れば、そんな浮気性でチャラついた男のことなど早く忘れたほうがいい、結ばれなくて良かったではないか、と思うわけだが、まだ彼女はそれに気が付かない。彼女にとって、彼と結ばれないことは、まだまだ「悲しいDESTINY」なのだ。
彼女は「安いサンダル」を通して、初めてちゃんと失恋出来て、少し大人になった。だけど、彼女の中で、この出来事はバッドエンドである。きっとこれから成長したら、この出来事も、若き日の思い出になるはずなのだが、今の彼女は気が付けない。このもどかしさが、『DESTINY』の最大の魅力ではないだろうか。
彼女の ”DESTINY”
英語のdestinyという単語には、同じく「運命」を意味する "fate"よりも、意志や行動が関与する余地があり、ポジティブなニュアンスを持つらしい。
今よりずっと未婚率が低かったこの時代、この出来事で成長した彼女はきっと、(浮気して捨ててくるような彼よりもずっと素敵な)他の誰かと結ばれている。そんな "destiny” が彼女を待ち受けていたに違いない。これは、ある種のハッピーエンドなのではないか。
