裏口からFitbit Airの睡眠データを眺めてみた
前回の記事では、他院からの紹介状をAIが読み取り、院内の記録フォーマットに整形するツールの話を書きました。
今回は、医療現場の人間が、AIと一緒に自分用の道具を作る話です。テーマは、病院の業務ではなく、私の身体です。
きっかけ:患者さんの腕にスマートウォッチが増えてきた
外来をしていると、スマートウォッチの数字を見せてくださる患者さんが少しずつ増えてきました。「睡眠中の血中酸素が低いと出るんですが、大丈夫でしょうか」という相談も、もう珍しくありません。
医師として、この数字にどう答えるか。カタログスペックを眺めるだけでは、感覚は掴めません。自分の身体で試すのが一番早い。
そう考えて、今年5月に発売されたばかりの Fitbit Air を買いました。
先に、できあがったものをお見せします
いま、手元では次のような仕組みが動いています。
毎朝7時30分、前夜の睡眠・血中酸素(SpO2)・皮膚温・心拍変動(HRV)などが、自動で私の日誌に追記される
日誌に記載されたリンクを開けば、1分ごとのSpO2や心拍の推移と、30日分のトレンドがいつでも見られる

公式アプリには表示されない粒度のデータが、毎朝勝手に届く。それだけの仕組みです。ここから、なぜこれを作ったのかを書きます。
アプリは「よくできた要約」を見せてくれる
Fitbitのアプリ(Google Health)は、よくできています。睡眠のスコア、心拍のグラフ、見やすくまとまっています。
ただ、医師として眺めていると、だんだん物足りなくなってきます。
皮膚温は「基準値との差」のグラフだけで、実測値は表示されない
SpO2は夜間のおおまかな傾向はわかるが、「何時ごろに、どこまで下がって、どのくらい続いたか」までは追えない
診療にたとえると、検査結果の「要約コメント」だけ渡されて、検査値そのものの推移表は見せてもらえない感覚です。要約は親切ですが、判断の根拠を自分の目で確かめたい場面があります。
アプリは要約を見せてくれますが、私は、生データを見たかったのです。
APIでデータを呼び出そう
調べてみると、Googleは開発者向けに Google Health API
という仕組みを公開しており、アプリの画面には出てこない粒度のデータを取得できることがわかりました。睡眠中のSpO2は1分ごと、心拍は丸1日分、皮膚温は実測値と個人ごとの基準値、といった具合です。
ただし、ここで取れるのはセンサーの波形そのものではなく、デバイスが計算してAPI上に記録した詳細データです。この記事では便宜的に「生データ」と呼びますが、アプリの要約より何段階か手前の、細かいデータという意味です。


アラートの条件を、自分で決めてみた
せっかく細かいデータが手元にあるので、「こういう時は朝の日誌で教えてほしい」という条件を3つ仕込みました。
睡眠中にSpO2が90%を下回る区間が続いた
夜間の皮膚温が基準値より0.5℃以上高かった
HRVが直近1週間の平均から30%以上下がった
それぞれ、睡眠の質や体調の変化にアラートを鳴らすため、閾値として置いた数字です。
もちろん、この閾値は医学的に確立された基準ではありません。生理学の知識や文献を参考に、私が観察用として仮置きした数字です。
Googleも、皮膚温の変動を発熱の検出に使えるとは説明していません。そもそもFitbit Airは医療機器ではなく、この仕組みも診断を目的としたものではありません。
実際、運用を始めてから、皮膚温が基準値+0.5℃を超えた夜がありました。条件どおりフラグは立ちました。でも、何も起きませんでした。皮膚温は飲酒や寝室の温度でも動くので、このぐらいの変化はたまにあります。
ただ、私はこれをむしろ収穫だと思っています。どの程度の変化なら意味があり、どこからがノイズなのか。それを自分の身体で確かめておくこと。患者さんにウェアラブルの数字を見せられたとき、地に足のついた答えを返すための材料は、こうやってしか手に入らない気がしています。
かかった時間とお金
半日でダッシュボードが動き始めました。その後は見た目の調整に数日。
念のため添えると、これは自分のデータだけを扱う自分専用の道具だから、この速度で試せています。医療現場で患者さんのデータを扱う仕組みには、前回の記事で書いたような、まったく別の慎重さが必要不可欠になります。
費用は、普段から契約しているAIエージェントのサブスクリプションの範囲内で、APIの利用料は今のところかかっていません。
おわりに
ウェアラブルの数字は、それだけで答えをくれるものではありません。けれど、自分で詳しいデータを眺め、外れ値や誤差も含めて付き合ってみると、患者さんから数字を見せられたときの解像度が少し上がった気がしました。
今回作ったのは、健康管理アプリではありません。ウェアラブルが返してくる数字を、自分の身体で確かめながら理解するための道具でした。
前回の続き
前回書いた紹介状のAI要約ツールは、出力の精度を高めて、自分以外の医師に使ってもらえる段階まできました。その経過も、またここで書こうと思います。
