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「腐るまで待って」第4話【note創作大賞2024】

 僕は新しく買い直したソファに座った。そして部屋の片隅に置かれた冷凍庫を見つめた。大家族やアメリカの家族が冷凍食品を保管する専用なのだろうが、女性の体1人分なら入れる事ができるサイズだ。私は蓋を開くと、中に入っている夕那の体を眺めた。特殊清掃の方にお願いして、上半身だけを保管する事にした。他のパーツは特殊清掃の方に火葬をお願いした。特殊清掃の方は優しく私に微笑み、かしこまりましたと言うと持参していた箱へ丁寧に夕那の体を入れていた。

 後日、「ご遺体を火葬させていただきました」というメッセージと共に、小瓶に入った遺骨を送られてきた。僕は夕那の遺骨が入った小瓶を握りしめて、その手を高くあげた。そのまま涙がこぼれた。

 これ以上店を閉めていたら店を一生再開できなくなりそうなので、久しぶりに店へ向かった。すると店の入り口辺りにびっしりと印刷された紙が大量に貼られていた。

腐ったケーキ売るの辞めろ
腐れクッキーで吐きそう
臭い臭い臭い臭い臭い
賞味期限マイナス300日
腐臭がするから町から出ていけ
ゾンビケーキはいらない

 店の前で呆然と立ち尽くした。あまりにもショックだったため手に持っていた段ボールに入った卵の箱を落としてしまった。卵が何個も割れた音がした。

 張り紙はパソコンで印刷されたものだった。誰が作ったのか文字からは判断できなかった。僕はドアに貼られていた紙を一枚ずつ剥がしていった。紙を剥がすたびに僕の心のかさぶたが剥がれていくようだった。心の傷がどんどん広がり、血を流すように涙がこぼれた。僕や夕那がどんな罪を犯したというのだろう。しかも夕那は殺されたのに、なぜこんなことになるのだ。夕那がなにをしたというんだ。僕がなにをしたというんだ。ゾンビのことをを何も知らないくせに。夕那のクッキーの美味しさも知らないくせに。

――妹もこの団体に襲われた可能性があると私も思っています。その背の高い男も知っています。活動の中心人物ですね。私どもも何人も被害者の話を聞いております。実は、我々のチャンネルの目的の一つは、あの団体の闇を暴く事です。我々は決して彼らを許しません。妹もこいつらにやられたかもしれない。この動画でまた彼らの悪事が一つ明らかにできるチャンスです。ありがとうございます。この動画、バズらせます。必ず真実を明らかにして、藍一さんの恨みを晴らします。

 違うんです。あの男ではなかったんです。

――え?

 実は、本当の犯人が他にいるんです。

――どういうことですか? 

 僕は車に乗り込むと、とある家へ向かった。

 車中のラジオで、あの曲が流れていた。

 ♪きっと俺らは結ばれない それが運命と知ってても

 その曲の歌詞は僕の耳には届いていなかった。僕の頭の中はこれから自分がやる事で一杯だった。これから自分がやることは、自分の運命が変わってしまうかもしれない。そしてそれが元々僕の運命なのだとしたら、性根の腐った精神の持ち主だと確信している。その神様は僕と梨花を幼馴染にしたのだろうから。

 僕は梨花の住んでいる部屋のドアの前に立った。しかし梨花は留守のようだ。僕は梨花にメッセージを送った。

 【今、家の前に着いた。家のドアがこじ開けられてるみたいだけど、大丈夫? 泥棒?】

 すぐに梨花から返事が来た。

 【大変! 早く帰らなきゃ。そこにいるの?】
 【いるよ。警察呼ぶ?】
 【帰るまで待ってて!】

 すぐに梨花は戻って来るに違いない。

――なぜ梨花さんの家に?

 わかってしまったんです。

――何がですか?

 梨花の家に飾ってあったパンダの旗、あれはゾンビ反対派ののぼりに描かれていたパンダと同じでした。

――梨花さんはゾンビ反対派だったんですね。でもそれだけで梨花さんが犯人と決めつけるのは早いかと。

 あの張り紙です。

 あの時、僕のお店はクッキーを出していませんでした。僕がクッキーの事を考えていたのを知ってるのは、一人だけなんです。

 梨花の家から少し離れた道の脇に身を隠していた。誰からも見えない薄暗い道だ。向こうから梨花が慌てた表情で走ってきた。僕の姿には気づいていないようだ。僕は梨花が目の前を通り過ぎた瞬間、背後から追って首を絞めた。梨花は僕の顔を見て驚いた目をした。その直後、苦しそうに首に回った僕の手を外そうとした。僕は梨花に質問した。

「あの張り紙、お前だろ?」

 梨花は返事をしない。

「なんで、夕那を」

 梨花は口をパクパクと開いた。何か伝えたそうな梨花に対して、首に回した手の力を少し緩めた。

「言えよ、なんでか言えよ!」

 梨花は苦しそうに咳き込んだ。

「だって、約束だったじゃない」
「なんの約束だよ?」
「早希を殺したやつを許さないって」

――早希さんを殺したやつとはどういうことでしょうか?

 最初、梨花が何を言ってるかわかりませんでした。だから梨花に話を聞きました。

 私は藍一の彼女、夕那に呼び出されて、藍一の部屋のドアを開けた。中に入ると、男の一人暮らしらしからぬ片付き方をしたワンルームだった。その中央に流行の北欧家具店で購入したようなソファに夕那が座っていた。しかし入ってきた私に対して何も声をかけてこなかった。私は恐る恐るソファに近づいた。つむじの辺りにピリッと鈍い痛みを感じた。これから良くない事が起きると脳みそが直感で言っているように感じた。

「梨花さん、お願いごとがあります」

 ソファに座っていた夕那はこちらへ振り向いた。夕那はオーバーサイズのTシャツ一枚の姿だった。シャツから伸びた白く澄んだ肌に血管が浮かび上がっていた。藍一から彼女がゾンビである事は聞いていた。しかし、どう見てもゾンビには見えないほど美しかった。そしてなぜか懐かしいという感情が芽生えたのは目の辺りが少し早希に似ていたからだろう。そもそもなぜ私が藍一の彼女に呼び出されたのかもわからない。不安げな私に夕那はニコリと微笑んだ。

「私、藍一にプロポーズされちゃったんです」

 どことなく勝ち誇ったような表情をしていた。

「断ったって聞いたけど」
「はい。でも藍一の事を愛してます」

 夕那の言葉で私の感情が高まっているのがわかった。夕那は手にはなぜかゴルフクラブを持っており、勢いよく振りあげた。勢い余って天井に激しく当たり、夕那は不敵な笑みを浮かべた。

「ゾンビが人を殺したとしても、警察って動かないんですよ。クマとかに殺されたのと変わらないんです。事故死なんですよ」

 そのまま夕那はゴルフクラブを真下に振り下ろした。床に勢いよくぶつかり、小さな穴が開いた。私は慌ててソファの陰に隠れた。私は今起きている理不尽な状況に向かって叫んだ。

「なんでこんな事をするの?」
「だって、藍一に色目を使ってるんでしょ?」
「何言ってるの?」
「藍一は私にプロポーズしてきたけど、本当はあなたの事が好きに決まってます!」

 私は夕那の頬を掌で叩いた。人を叩いたのははじめてだったのでやり方もよくわからなかった。叩いたあとの手の平の痛みが想像以上だった。

「藍一をバカにしないで」
「バカになんかしてません」
「あいつは人のために何でもする優しいやつだし、女をだますようなことは絶対にしない。私をキープしながら、あなたにプロポーズするような不器用な事はできない。あいつはいつだって、好きな女の事以外は全く周りが見えていないんだから」

 私は気がついたら泣いていた。涙の理由を分析するような時間は無かった。突然、夕那に頬を叩かれたからだ。その勢いで私の右耳からイヤリングが落ちた。私は慌ててイヤリングを探した。周りをキョロキョロと見渡し、ソファの後ろに飛んでいったイヤリングを拾った。夕那はそれを見て、クスリと笑った。

「教えてあげましょうか? そのイヤリングのもう片方がどこにあるか」
 
 あの時、いくら探してももう片方のイヤリングは見つからなかった。なぜ夕那がそのありかを知っているのか。

 夕那はまるで見つめると石になりそうな冷たい笑みを浮かべながら、ゆっくりと右手の人差し指で自分のお腹を指差した。

「ここ」

 藍一、約束だったよね。

 私は夕那の手からゴルフクラブを奪い取った。そして夕那に容赦なく叩きつけた。テレビや花瓶が粉々になった。しかし私はゴルフクラブを狂ったように振り続けた。夕那の右腕から鈍い音が響いた。気がつけば、夕那の右足と右手はちぎれていた。

 片足片手になった夕那の体はソファに倒れ込んだ。そして苦しそうな表情をしながら私に微笑んだ。

「梨花さん、ありがとう」

 突然の言葉に私は混乱した。今、殺されそうになっている時に出てくる言葉とは思えない。

「どういう事?」

 私はゴルフクラブをソファのそばに置いた。夕那は苦しそうに口を開いた。

「私は、藍一が好き。藍一の作るケーキが大好き。だからゾンビになって欲しくない。でも藍一は私と結婚したら、絶対にゾンビになっちゃう。だって、藍一は他人のために自分を犠牲にするタイプだから。でもね、藍一には人間のままで幸せになって欲しい。だって、藍一は子供大好きなんだよ。私のせいで自分の子どもの顔が見られなくなるんだよ」

 私は混乱した。

「どうして?」
「私が死んじゃえば、藍一も私と結婚しなくて済むよね」
「何言ってるの?」
「私は一回死んだことあるから、大丈夫」

 私は、まさかと思って夕那に問いかけた。

「ちょっと待って。もしかしてイヤリングの話は嘘?」
「へへ」

 夕那は私の言葉を肯定するかのように笑った後、ゆっくり目を瞑った。

 梨花と約束したことがあったんです。早希を殺した奴を見つけたら、絶対に許さないって。

――それで梨花さんは夕那さんを。

 僕は絞めていた梨花の首をそっと放しました。梨花は何度も謝りました。何度も何度も。僕は、それ以上梨花に声をかけることが出来ませんでした。

 そして僕は気づいたんです。元々、夕那は死のうとしていたんじゃないかって。

 人間がゾンビになれば永遠の命が得られると言われています。でも結局ゾンビは人間にはなれないという事実を夕那は知ってしまった。ロープヨガなんて聞いたことありますか?

――でも藍一さんに出会って、なぜ気持ち変わったのでしょうか。

 最初は僕もわからなかったです。でも、さっき理解できたかもしれません。

――さっき?

 恋は理屈を飛び越えるのが得意だって、先程教わりました。

――そうですね。辛い話を振り返っていただいて申し訳ございませんでした。

 いえ、大丈夫です。僕もこのチャンネルで夕那の話が出来て良かったです。これから人間とゾンビの恋愛は増えていくと思っています。私のような悲劇が決して起きない事を祈っています。

――今でも夕那さんのことは?

 はい。今でも夕那に会いたいです。

――ケーキ屋の方は、順調とお聞きしました。

 はい。ありがとうございます。夕那が死んでからケーキの事だけを考えて生きていました。今はおかげさまで半年先まで予約が入るほどのご愛好をいただいております。

――ケーキの名前、夕那という名前だとお聞きしました。

 はい。レモンとラズベリーで作ったチーズケーキです。この動画を見ている皆様も一度ご賞味いただけると嬉しいです。

――わかりました。動画の概要欄にお店のリンク書かせていただきますね。

 あと、夕那の味を再現したクッキーも先月始めています。大好評で毎日午前中には売り切れています。もしよろしかったらこちらもよろしくお願いします。

――そちらも載せておきますね。

 ありがとうございます。夕那も喜ぶと思います。

――夕那さんのお話で、何か他にエピソードありますか?

 僕が食事をしている時は、いつも夕那は正面に座ってニコニコと僕を見つめていた。ゾンビは食事をしない。正確には人間と同じ食事はしない。夕那は一日一本のホルマリン剤以外、何か食べるのを見た事が無い。

「私、ゾンビになる前に藍一と出会ってたらどんなに良かっただろうっていつも思うんだ」
「なんで」
「だって藍一のケーキ、食べたかった。たぶんほっぺが落ちそうになるっていう体験ができるんだろうなって」

 夕那は両手でほっぺを押さえた。

「わかった、僕は夕那の味覚を取り戻す!」

 夕那は、ふと悲しそうな顔をした。

「でもね。私、味覚は取り戻したくない」
「え?」
「なんでゾンビが人間を襲っていたか知ってる?」

 僕は首を振った。

「それはね、ゾンビは人間の味が他のどんな物より美味しく感じるからなんだって」

 僕は座っている椅子を少し引いた。

「大丈夫、今こうやって人間と共生しているゾンビは味覚を失ったゾンビなの。だから人間を襲わないの」

「じゃあさ、もし夕那の味覚が戻ったら、俺を食べたいって思うかもしれない?」

 夕那は僕の両手をギュッと握った。

「もしそうなっても、藍一は私が人間を食べなくなるような美味しいケーキを作ってくれるよね。だって、藍一は世界一のパティシエになるんだから」
「そうだな、任せとけ」
「もし作れなかったら、藍一の事食べちゃうからね」

 僕は慌てて両手をひっこめた。

 そして二人で大笑いした。
 

 すみません、こんな話は本人以外つまらないですよね。

――そんなことないですよ。今日はありがとうございました。

 ありがとうございました。

――最後の質問なのですが、今は藍一さんを支えてくれる方がいらっしゃいますか?

 まだ夕那の事が忘れられません。夕那は今でも僕の中にいる気がするんです。

――ありがとうございました。私もあの団体はこれからも注視していきたいと思っています。

 妹さんの件ですかね

――それもあります。まあ、こちらの話なので忘れてください。ありがとうございました。

 握手させてもらってもいいですか?

――握手ですか?

 インタビューの終わりって握手かなあと思いまして。

――あんまり握手は慣れていないので

 握手お嫌いですか?

――いえ、構いませんけど。

 もしかして、生魚みたいな手だったりします?

――いえいえ、そんな事はありませんよ。では。

 ありがとうございました。

――ありがとうございました。

#創作大賞2024
#ホラー小説部門


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