氷織屋先生と白犬 2.氷織屋先生【創作大賞2024】
Room A REC 有佐見 実子
【氷織屋先生のこと】
有佐見 実子です。
今日は私の日記を読みたいと思います。
氷織屋先生。
まず顔が嫌い。丸眼鏡で小太り。どう考えても優しいでしょというオーラを前面に出している感じが逆に気に食わない。
でも知ってる? あの眼鏡取ると、猿の悪魔みたいな顔してるのよ。ほら、アイアイみたいな。え? 知らないの? アイアイの顔超怖いんだよ。悪魔の使いって言われてるんだなら。氷織屋先生が笑うと、アイアイが笑ってるみたいに見えるの。怖くない?
一番嫌だったのは道徳の授業。あれはなに?
大学の討論の授業か何かをパクってきているらしいんだけど、毎週クラスを二つに分けて討論ってめんどくさいし。しかもお題がわけがわからないかった。虫に生まれ変わるならカブトムシかダンゴムシかとか。あと豚の話も嫌だった。あの道徳の時間がある曜日は朝から憂鬱だった。
気持ち悪いといえばアイツ、なんか男子に手を出そうとしている感じがすごいんだよね。幾岡なんて、成績上がるなら体なんて売るわとか言ってたけど。本当にそうなったら嫌がるくせに。だって、男子トイレから氷織屋が出てきた後に、中で幾岡が泣いていたって寒河井から聞いたよ。そういえば、あれなんだったの? 幾岡あとで教えてよ。そんなわけでアイツはクズだと思います。
皆、ごめん。ひどいでしょ、これ。
これが6月までの私です。皆もわかると思うんだけど、どれだけ私が既成概念から抜け出せなかった人間だったのかがよくわかります。
このクラスになって、氷織屋先生の授業で、私は生まれ変わりました。本当に先生ありがとうございます。
21:10
Room A REC 剣熊 波江
【白犬のこと】
剣熊です。熊が白犬について話します。あれ? 笑い取れると思ったのに。
氷織屋先生が教室にはじめて白犬を連れてきたのは多分五月くらいだった気がする。先生の話によると、学校の近くにある段田川の七条橋の下で丸くなっていたのを見つけたと言っていた。最初はすごく臭かったらしいけど、先生が家で綺麗に洗ったそうで、白犬はとてもいい匂いがした。涼子が美容院で使ってるシャンプーと同じ匂いがした。
氷織屋先生が白犬を教壇の上に座らせて、「これからはこのクラスでペットとして面倒をみることを考えている」と言った。毎日交代でクラスの生徒の家に連れて行って欲しいと。ただ教育委員会とかがうるさいので親にはバレないようにして欲しいとのことだった。みんなは最初困った顔をしていた。でも日景が「もしダメだったらあの橋の下に捨てられるんだろ? 俺たちでなんとかしてあげようぜ。俺、たまに親が夜帰ってこないから大丈夫」と手を挙げた。
確かにあの橋の下で暮らすのは可哀想だと思う。いつもホームレスの人があの橋の下で何か意味がわからない言葉叫んでるし、あの橋に行くの怖いもん。教壇でちょこんと座る白犬を見て、あのホームレスにいたずらされたらと考えたら私もかわいそうだと思ったよ。
だから、白犬は私たちのペットになった。
白犬は授業中、一番後ろの席に座って授業を聞いていた。理解できてるのかもよくわからないけど、黒板の方向をじっと見つめていた。そんな白犬の様子に触発されたのか、私たちも真面目に授業を聞くようになった。
氷織屋先生、白犬を連れてきてくれて本当にありがとう。
21:15
Room A REC 幾岡 昂龍
【白犬を連れて帰る日のこと】
幾岡です。
白犬は走るのが好きだった。休み時間になるといつも校庭に連れて行って、一緒に走り回っていた。さすがに首輪はとるようにしていたけど、白犬が一番楽しそうにしていたのはあの時だった。
俺が家に連れて帰る日のこと。実は親には黙っていたからこっそり連れて帰ることにした。オヤジが金曜日の夜は朝まで飲んでるし、母ちゃんもその日は朝まで帰ってこないと聞いていたので引き受けた。白犬は疲れていたのかリビングで眠りそうだったので、その前に風呂場へ連れて行った。
白犬はほのかにシャンプーの匂いをさせながらソファで丸くなった。可愛いので隣に座ってなでていた。すると白犬は膝の上に頭をちょこんとのせた。
俺はここから明日の朝どうやって白犬をバレずに連れ出すかのミッションが待っている。土日の担当は四人いる。特に日景は親が海外にいて一人暮らししているので一番使われている。明日も日景の家に朝9時に連れて行くことになっている。だから六時前には家を出て、少し時間を潰してから日景の家へ向かう予定にしていた。
夜中の十二時過ぎにスマホの通知音が鳴って目を覚ました。白犬の横で一緒に寝てしまったみたいだった。母ちゃんからやっぱり帰るわというメッセージが来た。やっばいと思った。浮気相手とケンカでもしたのだろうか。理由なんて何でもいいが、とにかく白犬をなんとかしなければならないということに気づいた。慌てて白犬を起こして、家を飛び出した。とりあえず公園にでも行って朝まで時間を潰そうとした。そしてコンビニの角を曲がって少し歩くと、向こうから見覚えのあるシルエットが目に入った。母ちゃんだ。俺を呼ぶ声が聞こえた気がするが、俺は白犬に「走るぞ!」って叫んだあと、逆方面に走り始めた。白犬も俺と一緒に走った。俺はバレないように必死の表情をしていたかもしれないけど、白犬はとても楽しそうに笑っていた。遊んでくれていると思ってるのだろう。そして公園にたどり着いてベンチで休憩した。俺は息が切れていたが、白犬はまだ走り足りなさそうだった。俺がジャングルジムを指さすと、その周りをグルグル走り始めた。
月が空のてっぺんに浮かんでいた。三日月でもない半月でもない、なんとも言えない月だ。
俺の青春なんてあってないようなもんだと思ってた。なんとなく青春風な形状をしているけど、なんだろうあれみたいな。まるであのなんとも言えない月みたいに。でも、白犬と走ったときのことを思い出すと、これが青春なのかもしれないってちょっと思った。
21:24
Room A REC 臼元 健作
【幸せの授業のこと】
臼元健作です。
あれは五月の初め頃だったと思う。道徳の宿題が出て授業までに自分の考えを整理しておくようにと言われた。内容は豚ととんかつの画像だった。豚の画像は、家族に囲まれながらソファに寝転がっていた大きな豚が映っていた。とんかつの画像は、表面サクサクで断面が分厚く、火のとおり具合も完璧な様子で、見てるだけでご飯が欲しくなった。というか、その日は越生君と一緒にとんかつ食べに行った。そう、正解。トン鈴美味いんだよね。
何の話だっけ。そうだ、課題だ。もしかして本とかで見たことあるヤツかと思ったんだよね。小学校のクラスで豚を育てて、その後食べるかどうかという授業の話。でも正直言うと、僕は祖母の田舎でニワトリを飼っていて、正月になるとその鳥を食べるわけ。小さい頃はショックだったけど、それが普通って思ってからは美味しく食べている。むしろ祖母の家で食べる正月の鳥料理は楽しみだ。
だから豚を育てて食べる授業になったとしたら、自分の中の答えは決まっていた。その時のみんなとは意見が違うかもしれないけど。
そして道徳の授業が始まった。氷織屋先生は学級委員にお題を見せて、そのまま教室の後ろに座った。学級委員は先生に渡されたメモを見て、すごく困惑していた。だから代わりに前へ立って俺がそのメモを読んだ。
じゃじゃん。ちゃんとあの時の内容をメモってきたので読みます。
豚のチョコチップちゃんは両親と子供二人の仲睦まじい家族に、広い一軒家の中で飼われています。ただしチョコチップちゃんは家族の父親から毎晩夜這いにあっています。性欲が異常な父親の浮気のバツとして母親が考えたそうです。当然子どもたちには秘密です。チョコチップちゃんは丁寧に育てられ、とても長生きしました。死ぬ前日まで、父親は毎晩に来ていたそうです。一方、自然豊かな放牧で伸び伸びと育てられた564号は母豚に見守られつつ兄弟豚たちと出荷時期まで楽しく暮らしました。最後には銀座の高級とんかつ屋で特上カツ丼として振る舞われ、来日していたアメリカの大統領のお腹に収まりました。
そして氷織屋先生は僕たちに質問した。
果たして皆さんはどちらが幸せだと思いますか? なお豚の寿命は平均十五年以上。養豚場の豚の出荷は平均で生まれてから半年です。
氷織屋先生はいつもの通り教室の左右に机を討論形式に並べ変えるように指示した。廊下側はチョコチップ、校庭側は564号。最初はざわめきながらどちらにいくか迷っていた。
僕は564号が幸せであるという意見の校庭側の机の一番前に座った。すると他のみんなも一斉に校庭側へ座った。このままでは討論にならないとかと思ったが、羽生田が廊下側に座った。クラスは少しどよめいた。そしてもう一人いた。葛根だ。席に座ったのは廊下側二人、校庭側二十人、その他選べない人が後ろに立っていた。
討論は細かいことまで覚えていないけど、泣いたり怒号が飛んだり大変だったのを覚えている。その理由の一つは羽生田がパパ活をしていることをバラされたからだ。なあ、羽生田。あれ、ひどかったよな。そういえばまだパパ活してんの? へー。
また脱線しちゃった。僕たちの出した結論は、どちらも幸せなのかはわからない、だった。
氷織屋先生は、黒板の前で笑っていた。そして答えはチョコチップちゃん一択だと言い切った。先生曰く、チョコチップちゃんが毎晩不幸な目に遭っていると君たちは考えたのではないかと。僕は確かにそう思っていた。しかし先生は言った。チョコチップちゃんが父さんとの夜を楽しんでいたと仮定したら、それは幸せなのではないか? そしてそれで浮気がなくなった母親も満足。父親も満足。これが幸せということじゃないのか? 物事は全方位から考えなくてはいけない。360度でも足りない、と。
おお、羽生田がむっちゃ頷いてるじゃん。そうだよな。氷織屋先生、優しいんだよな。
僕は幸せという概念を甘く表面的に考えていた。間違っていた。そして氷織屋先生の考え方をもっと学びたいと思った。
21:38
Room A REC 大鳴 燈月
【命の授業のこと】
大鳴燈月です。
道徳の時間に、氷織屋先生が「トロッコ問題やるぞ」と言い出した。俺は知らなかったのだけど、トロッコ問題という有名な究極の選択があるらしい。トロッコがそのまま走るとその先にいる五人がひかれて死ぬけど、それに気づいた人が線路を切り替えると別の線路にいる一人が死ぬ。果たしてそれに気づいた人は切り替えるか切り替えないかという問題だ。
でも、先生が僕らに出した問題は少し違っていた。モノマネしろって? わかったよ。
「刃物を持った男が5人を人質に立てこもっている。田中を呼ばなければ五人全員を殺すといっている。あなたは田中が犯人の後ろの戸棚に隠れていることを知っているが、他の皆は誰も知らない。あなたが田中の居場所を教えれば田中は殺されるし、教えなければ人質五人は殺される。そして田中はあなたの恋人である。果たしてあなたはこの悩みをどう解決しますか?」
教室の廊下側が伝えるの席、校庭側が伝えないの席となって、二択で討論をすることになった。伝えない側に七割の人間が座った。そして討論が始まった。あの時の意見はこんなんだっけか。
「恋人と生きていけるならいいでしょ」
「知らない人が五人死ぬのと知り合いが一人死ぬのは事情が全く違う」
「人の命は平等だから犠牲は少ないほうがいい」
「恋人は別れるかもしれないし」
「ある意味、自分が殺していることにならない?」
様々な意見が出て、それぞれの理屈は正しく感じた。恋人を助ける側の人数が多く、最終的には「恋人は大事」という結論に達した。氷織屋先生は教壇に立ってゆっくりと話し始めた。え? またモノマネ?
「僕はこの悩みをどう解決するか、と訊ねた。だから悩み事をなくすための解は一つだ。五人殺すまで犯人を放置して、その後恋人の居場所を教える。そして恋人が殺されるまで待つ。つまり全員犯人に殺してもらう。こうすればどちらを生かすのかという悩みごとは一切なくなる。さらにもう一つ大事な事がある。恋人が犯人と浮気していたと証言することだ。すると世間のかわいそうは殺された側から一気に自分に注がれる。そうすると、見殺したひどい人間から裏切られた悲劇の主人公になれる。悩みがなくなっただけでなく、世間の同情も手に入る。あなたたちはわかっておいて欲しい。社会に出る前に知っとくべきことは、数学でもコミュニケーションでも処世術でもない。【かわいそう】の操り方だ」
俺たちは氷織屋先生の話に、一言も返すことができなかった。そして先生は続けた。
「もし恋人を生かす選択をした場合、その恋人は五人の尊い命を犠牲にして生き延びたことになる。つまりその恋人関係は五人の命を背負うことになる。別れたりなんかしたら、五人の遺族には恨まれる。逆恨みされることだってあるかもしれない。そうなると、その恋人とは簡単に別れることができなくなる。それは、愛ではなくて、足枷という」
モノマネうまい? ありがとう。似てるでしょでしょ。「足枷という」 練習したかいあったわ。
そして極めつけは、あれ。
「物事は全方位から考えなくてはいけない。望む結果のためには手段を尽くすべきなんだ」
やっぱ、氷織屋先生、最高だわ。
21:46
Room A REC 真佐見 洋麻
【白犬の授業のこと】
真佐見洋麻です。
あの日の授業は自分の価値観を見直すきっかけになりました。氷織屋先生は命について改めて一度フラットにして考えてみることが大切だからと言ってチョークを持ちました。
黒板に書かれた文字は、【白犬の卒業方法】
君たちが卒業したら誰も白犬の面倒をみれない。白犬をどうするかと先生は言いました。
私たちはどうするかなんて考えてもいなかった。でも誰かのペットじゃなくて私たちのペットなので、誰かの家に連れて行くというのは違う気がした。皆で様々な案が出たが、どれも『私たちのペット』を満たすようなアイディアではなかった。
すると氷織屋先生は、とんでもないことを言い始めた。
卒業式にみんなで白犬を食べるのはどうだろうと。
皆はどよめきました。皆、驚いたよね。私も驚いた。
小学校で豚を食べる授業があるというのは知っていました。クラスで育てた豚を卒業前に出荷して、みんなで食べるという授業。命とは何だろうと考えさせられるものだと私は思いました。
でも白犬は豚じゃない。食べるわけないじゃんって先生に言いました。すると氷織屋先生は「じゃあ豚と白犬の違いを説明しろ」と。
白犬は食べられるために生まれたんじゃないし、そもそも殺すのはおかしいと。しかし氷織屋先生は、豚を食べても殺してもOKな理由を説明してくれと。
私は普段食べている豚のことを調べました。養豚場では世界中でおよそ9億匹の豚が飼育されています。そして食用の豚は生後半年で出荷されるているそうです。つまり毎年何億もの豚が人間に食べられるために生まれて、その目的通りに食べられてしまう。豚を食べるかどうか決めているのは養豚場の人間、つまり食べるかどうかを決めているのは人間でした。
だったらなぜ豚だったらいいのか、私たちには理由が思いつきませんでした。
人間は豚を自分たちで飼っているから、食べてもいいんだという人がいました。誰だっけ。幾岡だったっけ。だったら白犬を飼っている私たちが、白犬を食べるかどうかを決めていいということです。
混乱しました。豚と白犬は同じ条件なのに、白犬を食べるのはダメな気がする。
なぜ豚と牛と鶏は許せて、白犬はダメなのか。そもそも牛や豚は人間が肉として加工しやすく美味しいという人間都合で育てているだけだ。本当は豚だって同じ命なのだから、食べられるのはおかしい。とんかつ屋にかわいい豚のイラストが描いてあっても、肉の部位を説明する豚の図が描かれていても、豚を気持ちよく、美味しく、食べている。
私たちは白犬の味を知らないから、食べたいと思わない。かわいそうと思うから食べない。けれどその味が牛や豚より美味しかったら、私たちは食べたいと思うのかもしれない。なんだったら、もし美味しかったら、それを許すのかもしれない。現に世界のどこかでは食べている国もあると聞いたことがある。
氷織屋先生は言っていた。「命の手綱を握っている私たちには、それを食べるかどうかの判断をする権利がある」と。
私は振り返って教室の後ろを見ました。机の上に座っている白犬は、こちらを見て眠そうにあくびをしていました。確かに見ても美味しそうなんて感情までは湧いてこない。しかし私は自分の中に少しだけ芽生えた好奇心を捨てきれなかったんです。
白犬は、どんな味なんだろう。
先生はいつも言っている。答えを求めるには、物事を多面的に見なくてはいけないと。
私は立ち上がって、教室の逆側に一人で座った。皆が悪魔を見る目で私をにらみつけてきたのを覚えている。ウソじゃないって。ほんとだよ? みんなだよ。みんな。あの時、むっちゃ怖かったよ、みんな。
氷織屋先生はそんな私に向かって理由を説明しろと言った。そこで、まだ整理できていない自分の気持ちを言葉にしてみた。
もしここで白犬はかわいそうというのなら、なぜ豚がかわいそうじゃないのか説明できない。私が美味しいと思って食べたとんかつや牛丼や回転すしもかわいそうなはずだ。
私たちは「かわいそう」に目をつぶって美味しく生きている。
このまま私たちが卒業したら白犬は放置されて、捨てられたらどこかで殺されるかもしれない。そんなのは飼い主としては無責任だと思う。
それだったら私達の白犬の思い出を味覚として記憶するのも飼い主としての一つの愛情だろうし、それが白犬の飼い主としての命への向き合い方なんじゃないかなって。
氷織屋先生は私の頭を撫でた。他の先生がそんな事をしたらセクハラで訴えるが、この時は自分が少し誇らしく思えた。
21:54
Room A REC 間片 年見
【完全犯罪の授業のこと】
間片年見です。趣味はミステリー小説を読むことです。将来は名探偵になりたいです。というわけで、推理小説風にしゃべってみたいと思います。
氷織屋先生は黒板に【完全犯罪のやり方】と書いた。
「トップの大学に行くための方法を考えろと言っても、エスカレーターで大学にいけるお前たちは真剣に考えないだろ? だから今日は犯罪だ。困難を克服するための思考プロセスは大学受験も完全犯罪も一緒だ」
氷織屋先生は、あの悪魔みたいな独特な笑みを浮かべた。
まず、僕らは殺害の実行方法を皆で考え始めた。いろいろな殺害方法を検討したが、結果的に自殺に見せかけるのが一番であるというのが多数決で選ばれた。しかし僕は手を挙げた。現在の医学は進んでおり、簡単に自殺か他殺かを判断できる。司法解剖の技術の高さはすさまじいレベルだと。ただし僕は一つだけ自殺に見せかける簡単な方法を知っている。
僕は皆にその方法を伝えた。すると皆からは大絶賛を受けた。そして僕の考えた偽装自殺の方法をベースに完全犯罪のシナリオを作成した。そして時間が来たので先生に提示した。
「悪くないな、しかしその方法を完全犯罪と呼ぶには一歩足りない」
先生は黒板に文字を書き始めた。
【犯人は完全犯罪を黙っていられない】
「人間は常人が成しえない成功を誰にも言わずに墓場まで持っていくのは難しい。つまり犯人が生きている限り、完全犯罪にはなりえない」
氷織屋先生は、また僕らに向かって笑みを浮かべた。
22:01
夏休みの課題.mp3
この夏休みに僕から特別課題を一つ出そうと思う。
課題は完全犯罪で僕を殺すこと。
ちなみに僕は自殺願望なんて全く無いから、誤解しないで欲しい。
そもそも僕は自分の死のタイミングを選べないのはおかしいと考えている。僕たちは命がはじまる場所を選べない。気がついたら突然始まっている。終わりは誰にも教えてもらえず、自分で選ぶこともできない。だから四年前にコロナで死ぬなんて僕からしたらありえない。絶対にあれで死ぬつもりはなかったからマスクもワクチンも厳重にしていた。
自分で人生の終わりを決められないというのは、不幸だ。特に通り魔に襲われるみたいな死に方は一番ありえない。
僕は夢を抱いて学校の教師になった。その夢は僕の思想を受け継いでくれる優秀な人達で世の中を溢れさせることだ。ずっと探していた。優秀な遺伝子が学校に集まってくるのを。そしてあなたたちを見ているとその夢が叶うのではないかと確信している。
あなたたちに殺されるなら、僕は本望だ。僕は死ぬんじゃない。あなたたちの中で僕は生き続ける。
夏休み明けの初日、班ごとに僕の殺し方をプレゼンして下さい。
条件、完全犯罪であること。そして、とてもかわいそうな死に方であること。
あなたたちの命がけのアイディアを期待します。僕は自らの命をもって応じます。
Room A REC 元好 春紀
【クラスメイトのこと】
元好春紀です。
私は浄見から相談を受けていました。彼氏の葛根くんからあまり連絡が来なくなったって。嫌われるようなことはなにもしていないはずなのにって。それで浄見は葛根くんに聞いたそうです。なにか変なことをした?って。そしたら葛根くんが「変なことをしないんだよ、浄見は。だからだよ」って返してきたらしいです。
だから葛根くんが浮気していると思って、浄見は葛根くんを呼び出しました。
カフェに来た葛根くんは、椅子に座ったら浄見に言ったそうです。「浮気とか本気とか、そもそも恋愛とかいうくだらない概念で語る話じゃない。物事をあらゆる角度で見ないと」って。
浄見は葛根くんがいなくなった後に私を呼び出しました。私は葛根くんのいなくなったカフェで泣き続ける浄見をずっとなぐさめていました。あの時の浄見はまだ氷織屋先生の考え方がわかってなかったから。
だから氷織屋先生をカフェに呼びました。先生は浄見の話を聞いた後、真剣な目を私たちに向けながら言いました。
「先生に抱かれてみるか?」って。
そして私は氷織屋先生に言われて、そのまま帰されました。
次の日、葛根くんから連絡がくるようになったんだよね。ね、浄見? あれ? どこ言った? まだ話ししてないよね。おかしいな、トイレかな。
22:09
Room A REC 大纒 隆大郎
【先生の宿題のこと】
大纒 隆大郎です。
夏休み明けの最初の授業で、先生の課題に対してグループごとに発表することになった。各グループでそれぞれ完全犯罪の方法を十枚のスライドにまとめて、先生にプレゼンをした。僕は最後のグループのメンバーとして、教室の前でプレゼンターの隣に立ち、スライドを操作していた。プレゼンテーションが終わった後、先生は熱烈な拍手を送った。そして、深いため息をつき、「今年、人生を終わらせる決断をしました」と僕らに告げた。
つまり、僕らの班のアイデアが採用されたということだった。
僕たちの班のメンバーは、先生の言葉を聞いて目を丸くした。他のクラスのメンバーも同じだ。そうだったろ? みんな。しかし皆の動揺を無視するかのように学級委員が手を挙げて、先生に「いつ決行ですか?」って質問した。
学級委員、凄いよな。
氷織屋先生は学級委員を見て笑っていた。そして1ヶ月後はどうだろうと提案してきた。僕たちの班は不安ながらも頷いた。
22:19
Room A REC 鍛治梁 富未加
【氷織屋先生が死んだこと】
鍛治梁富未加です。
家に帰ると、母が今まで見たことのないほど驚いた顔をしていたのを覚えてる。「氷織屋先生が亡くなったらしいわ」と母さんは言った。学校からは死因についての情報は流れてこなかったが、母親たちの間では通り魔に襲われたという話が広まっていた。私は成功したようだと思いつつ、ショックを受けたふりをした。母は何度も「かわいそうに」と言い続けた。
その日の朝礼はいつもどおりに進んだ。氷織屋先生は平然と授業を行っていた。生徒たちによって命を落とす運命を知りながら、どうして普段通りに授業ができるのか不思議に思った。氷織屋先生の精神的な強さには驚かされた。さらに、先生は宿題を出し、まるで明日も何事もなく学校に来るかのようだった。
でも私たちの計画は始まっていた。
これ、どこまで話すの? 全部? 私が? なんか嫌だなぁ。
わかった。
夜中、授業の時の先生の声をSNSにあげた。「自分で人生の終わりを決められないというのは、不幸だ。特に通り魔に襲われるみたいな死に方は一番ありえない」という声だ。
通り魔に殺されたくないと言っていた先生が通り魔に殺されたという投稿は大バズりし、そして世間は先生に【かわいそう】の称号を与えた。
母さんは「氷織屋先生がかわいそう」としばらく言い続けていた。
警察は、橋の下の浮浪者にいろいろと聞きまわっていたが、氷織屋先生を殺したのが誰なのかわからなかったみたいだ。私たちの計画は、無事に成功を収めた。
22:29
Room A REC 寒河井 響士
【氷織屋の葬式のこと】
寒河井です。
葬式に参列したのは、ばあちゃんの葬式以来だった。こんなことを言うと不謹慎といわれるかもしれないけど、俺は葬式の雰囲気が好きだ。ばあちゃんの葬式で飾られてた遺影は本当にかわいかった。ばあちゃんが生きているときは腹が立つこともあったし、小遣いもらったら別にしゃべることもないしと思っていた。でも祭壇の真ん中で見たことのないような笑顔のばあちゃんを見たときに、なんだか泣けてきた。幼稚園の頃に手をつないでばあちゃんとコンビニにお菓子を買いに行ったこととか、運動会にあまじょっぱいせんべいを持ってきてくれたことを思い出した。人間は祭壇の中に飾られるだけで、天使になれるんじゃないかと思う。
葬式に参列している人は肩を落として残念がっていた。俺たちは生徒として順番にお焼香へ並んだ。俺の番になったので、氷織屋先生の祭壇の前に立った。名前のよくわからない花に囲まれて、氷織屋先生が笑っている写真が飾ってあった。学校の名前のついた花も飾ってあった。氷織屋先生の親族と思われる方々がこちらにお辞儀をしていた。雰囲気で俺もお辞儀をした。
祭壇を見た。氷織屋先生も天使になっていた。
俺は焼香台の前に立つと燃えているお焼香の上にベーコンを置いた。小さくジュワっと音がしてほのかにいい匂いがしてきた。係の人にすごく怒られたけど、先生が好きだったからと激泣きしたら許された。
先生、ベーコンレタスバーガー好きだったから、喜んでるに違いない。
氷織屋先生も、焼かれたらいい匂いがするんだろうか。
21:37
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