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「腐るまで待って」第2話【note創作大賞2024】

 ――我々は今まで人類に虫けらのように殺されてきました。古くは小説や映画などで怪物として描かれてきた苦い過去があるからです。しかし人類と共存する現代では旧時代の思想であります。我々でゾンビと人間の共生するダイバーシティな未来を作ろうではありませんか!

 大きな拍手が鳴り響いた。現職の総理大臣が自らゾンビであることを公表したのだ。その発表がきっかけとなり、この国は人間とゾンビが共存する世界へと大きく舵を切り始めていた。それを聞いても、現実味を感じられない人が多いだろう。僕もそうだった。だが、ゾンビ特区に住む者以外はゾンビであることを隠して生活しているらしい。だから、気付かないうちに既に相当数のゾンビが人間界の中に潜んでいるそうだ。

「おやつの時間でーす」

 夕那はリビングにおいてあるリモコンに手を伸ばして、総理大臣が見知らぬ人を見つけて吠えている犬のように演説している動画を止めた。そして設置している卓上型AIに向かって叫んだ。

「殺してやる」
『分かりました。【腐るまで待って】を流します』

 卓上型AIは動画再生数が三億回を超えたと話題の曲を流し始めた。1LDKの僕の部屋は、アコースティックギターのイントロに包まれた。歌が始まると夕那は鼻歌交じりで口ずさみ始めた。僕はアーティスト気分で歌っている夕那に問いかけた。

「前から思ってたんだけどさ、なんで『殺してやる』って声を登録しているの?」
「えへへ。だって私達がケンカ始めたとするでしょ。それが危険な方向に走ってどっちかが殺そうとするかもしれないじゃない。そして『殺してやる』って突然音楽が流れたら、ケンカが和むと思わない?」

 夕那は満足そうに笑い、猫の形をした鞄の中から猫柄の可愛い袋を取り出した。

「今日は生地に紅茶とマカデミアナッツを入れてみました」

 僕は夕那なら袋を受け取り、中から猫の形をしたクッキーを取り出した。そして曲のリズムにあわせながら、クッキーをテンポよく食べた。

 ♪きっと僕らは結ばれない それが運命と知ってても

 夕那が作るクッキーは、どんな店で買ったものより美味しい。その甘みと口当たりとほろ苦さで、僕は幸せいっはいな気分になる。現役パティシエとしてはこの味を超えるものを作りたいのだが、毎回僕の想像を超える味のクッキーを作ってくる。
 
「うまいっ。うちのケーキ屋で出したいくらいだ」
「でも猫の形のクッキーなんて子供っぽいから藍一のケーキ屋には合わないよ」
「僕は高級なケーキ屋になるつもりは無いんだ。美味しいケーキを子供達が沢山食べられるような、そんなケーキ屋になりたいんだ」
「じゃあ、猫と犬のクッキー作ってみる」
「味見は任せろ!」

 僕はクッキーをもう一枚口に放り込んだ。クッキーを頬張る僕の顔を見ながら嬉しそうに微笑む夕那の笑顔がクッキーの味を二倍、いや十倍美味しくさせる。

 夕那は猫の鞄から取り出した紙パックの飲料にストローを挿して、口を可愛くとがらせて飲み始めた。そしてくちびるをティッシュで拭いた後、飲みきった【一日分のホルマリン】のパックをゴミ箱に捨てた。
 
 ♪乗り越えてみせる どんな事だって たとえあなたがゾンビでも

 そう。夕那はゾンビだ。

 元々、ゾンビは体が腐敗することが大きな問題だったが、特別なホルマリンを定期的に摂取することで、腐敗せずに生き続けることが可能になった。しかし、かつてゾンビは人間を襲っていた。これは、ゾンビが一度人間の肉を食べると、他のどんな食べ物よりも美味しさを感じるためであり、まるで麻薬のように中毒性があったためだ。しかし人間を襲うゾンビはすべて人間によって排除され、現在存在するゾンビは味覚を持たず、人間を襲わない種類だけが生き残った。これが人間と共存できる理由である。現在の総理大臣は、この問題の解決に貢献した特殊ホルマリン飲料を販売していた企業の元社長だ。その結果、人間社会に溶け込むゾンビの数が増えている。

 夕那に初めて会った日から畑を見に行く度に声をかけるのが日課になっていた。そして夕那がうちに転がり込んできたのは、あの山で出会った日から3ヶ月後くらいだっただろうか。

「冬は寒いから、家に来れば?」

 毎日川で水浴びをしていた夕那が寒さを感じないことは知っていた。でも女性が男性の誘いに応じるには嘘でもいいから理由が必要なのだと何かの本で読んだ。

 そして僕の家で同棲する事になった。家賃の代わりに料理をしてくれている。現代のゾンビには味覚がない。そう考えると、やはりなぜこんなに夕那がクッキーを作るのが上手いのか不思議でしょうがない。

――今度、お店で夕那さんのクッキーを再現して販売すると聞いたのですが?

 はい。僕の話を聞いて一度食べてみたいというお客様もいらっしゃったので再現してみました。

――再現できるんですね。

 いえ、これでも夕那のクッキーの美味しさの半分にもたどり着いてません。梨花に食べ比べさせたら、笑われるくらい違います。

――梨花さんというのは?

 あ、すみません。梨花は僕の幼なじみです。

 梨花を呼び出して、大学時代によく行った店へ足を運んだ。梨花や仲間たちと毎週のように飲みに来ていたその店に、卒業してから早八年。信じがたい。梨花をはじめ、大学の友人たちとは連絡を取り合ってはいるものの、直接会う機会はずいぶん減ってしまった。それが、八年の歳月が作り出した距離感なのだろうか。

 久しぶりに会う梨花は変わっていなかった。ショートカットでスレンダーな体型、笑うだけで周りが明るくなるような太陽のような存在感。しかし、どことなく大人になっているようにも感じた。どこがと言われると説明できるものはないのだが醸し出す雰囲気に落ち着きが感じられた。

「なんか梨花、変わった?」
「老けたってこと?」
「何言ってんの、まだ二十代だろ?」
「慰めになってない。ミス1ね」
「ミス3まではセーフ」

 久しぶりだという感じは全くない。梨花との会話は、滞りなく流れる清らかな川のように続いていく。何を話したか詳しくは覚えていないが、とにかく心地が良い。それが幼馴染というものだろう。しかし、今日の私は川の流れを止める大きな石を持ってきてしまった。いつ川に投げ入れるかが重要である。

「何このクッキー」
「食べてみて。美味い?」
「こんなの食べたことない。凄いね藍一。お店のクッキー?」
「実は、違うんだ」
「なに、ライバル店の研究? でもクッキーでこんなに感動したのはじめてかも」

 夕那の存在を伝えるきっかけになるかと持参したが、結果的には夕那のクッキーは美味いという事を確認しただけになってしまった。

 気がついたら4時間が経っていた。居酒屋の店員が眠たそうに店内の掃除を始めていた。見渡すとすでに客は僕ら二人だけになっていた。そして僕は店が閉まる前に、今日の会話中にずっと抱えていた大きな石を梨花にぶつけた。

「実は聞いてほしい話があって」
「なにゅよ」

 もう梨花はかなり酔っていた。

「実は、プロポーズを考えているんだ」

 真っ赤になっている梨花はあっけにとられた顔をした。そして突然泣き始めた。

「ありがとう」

 どうやら誤解させてしまったようだ。必死に誤解を解こうと考えたが、酒に酔った梨花が気分を損ねるとどうなってしまうかも知っている。否定する隙を見つけられないまま、既に僕との幸せな結婚生活を語り始めていた。こうなってしまったら、もう梨花を止める事は出来ない。ただ、今までの梨花の酔い方から推測すると今日の記憶は飛ぶだろう。今夜は僕らの妄想結婚の話をそのまま続けることにした。

 そして次の日。梨花は休暇と聞いていたので朝から梨花の家へ向かった。僕を出迎えた梨花はボサボサの髪の毛で服も昨日のままだった。どうやら家にたどり着いたらそのまま寝てしまったようだ。大人になったと思っていたが、こういう所は変わってないなとどこか安心した。

「ごめん、シャワー浴びるからそこら辺にいて」

 梨花の部屋は必要最低限の物以外ない。1LDKにソファが一つ。以上だ。服は押入れに収納されてるらしいがさすがに覗いたことはない。寝るのもソファだ。さすがに幼なじみとはいえ女性のベッドに座るのは違うかもしれないので、ソファの脇に座った。ただ、久しぶりに梨花の部屋に来たのだが、今まで見たことのないパンダ柄の旗が飾られてあった。キャラクターに興味が湧くなんて母性本能が芽生えたのか。

 そしてシャワーを終えてダブダブのルームウェアに着替えた梨花が部屋に戻ってきた。こんな姿を見ても何も思わないのはおかしいと友人に言われるが、僕達は昔からこんな感じなのだ。梨花と一緒にいるところを見ると、あの子、お前の恋人じゃなくて幼馴染だったのかと驚かれる。

「なんで来たの? 昨日どこかで野垂れ死にしたと思った?」
「突然いなくなるのは、もう嫌なんだ」

 梨花は表情を固くした。そしてイヤリングを右耳につけた。髪が短い分、そのウサギのイヤリングは目立つ。

「まだつけてるんだ」
「当たり前でしょ。あの日からずっとつけてる。あの約束を果たすまで」

 梨花の右耳でウサギのイヤリングが跳ねるように揺れた。

「あたしはいなくならないけどね。今まで記憶を飛ばした回数は数えられないけど、家に帰れなかった回数はゼロだよ」
「昨日の記憶も無いの?」
「うーんとね。クッキーの話までは覚えてるよ」
 
 良かった。ちゃんと記憶を飛ばしていた。それを確認できたらもう帰ろう。プロポーズの相談は改めてすればいい。

「わかった。久しぶりで心配しすぎたかもしれない。帰るわ」
「朝ご飯食べてけば?」

 それはできない。今頃、夕那が朝ご飯を用意してくれているはずだ。

「大丈夫。昨日食べすぎたから腹減ってない」
「何言ってんの、枝豆しか食べてないのに」

 そして僕は玄関に向かった。すると梨花は別れ際にさらりと僕に告げた。

「そうそう、婚約指輪は安くてもいいからね」

 そのあと梨花への謝罪と弁明に一時間かかった。梨花は一旦納得したが、その後夕那というゾンビと付き合ってる事や夕那にプロポーズする話を伝えると再び怒り始めた。それをなだめるのに三時間かかった。夕那が作ってくれた朝ご飯をすっぽかしたのが気がかりだが、流石に途中で連絡する事はできなかった。僕は失礼な事をしてしまった梨花に謝罪の気持ちを改めて何か形にしようと心に誓うと共に、真っ赤に腫れた頬を冷やすシートでも買って帰ろうとも誓った。

――そのあと、ちゃんとプロポーズしたんですか?

 はい。

――成功したんですか?

 プロポーズって、難しいですね。

 あれは梨花に相談を持ちかけた一週間後だった。僕は夕那を連れ出して駅まで散歩に出かけた。映画のイメージだとゾンビは足を引きずるように歩くが、夕那はまるで羽が生えた天使かのように軽やかに歩く。この辺りも僕が思っていたゾンビのイメージは全て崩れた。

 駅前では「ゾンビ法案廃止」と書かれたのぼりを掲げた男たちが大声をあげていた。僕は梨花の目に留まらないように、別の道の方へ促そうとした。しかし夕那はその男達に向かってまっすぐ歩いていった。

 そして拡声器を持って叫んでいた一人の男の前に立ち、話しかけた。

「すみません。なぜゾンビ法案に反対なんですか?」
「全ては与党の悪政です。ゾンビ法案で弱者を切り捨てるのが与党の戦略だからです」
「どういう事ですか?」
「政治家が寿命を延ばすために、皆ゾンビ化するんです。そして今国会にいる政治家達がずっと引退をしないままこの国の政治を続けていくことになるんです。しかもその子供達も政治家になって、政府は与党だらけになってしまいます。ゾンビ化法案は、独裁国家の第一歩になるんです」

 男は慣れた口調でまくしたてるように夕那へ言った。しかし夕那は男に反論した。

「国会って定員が決まってるから、ゾンビだろうがそうじゃなかろうが優秀な人が残るんじゃないんですか?」
「そうですか、あなたも国を滅ぼそうとする思想の持ち主ですか」

 夕那が絡まれ始めた。駅の周りにいた活動家達が夕那と男の言い争いを聞きつけて集まった。僕は慌てて夕那の手を引いて逃げようとしたが、夕那は僕の手を振りほどいた。その瞬間、夕那は活動家達に囲まれてしまって僕の入る隙がなくなった。活動家達はのぼりや旗を使って僕が近づけないようにガードした。

「おい、夕那! 大丈夫か?」
「大丈夫! ちょっとそこで待ってて!」

 夕那の言葉を信じて、少し待った。すると夕那は活動家の隙間からするっと現れた。そして何事もなかったように僕へ告げた。

「ごめん、行こ」

 僕は夕那の表情を見た。すると微かに唇のあたりが切れているような気がした。

「もしかして、殴られた?」
「うん」

 僕の頭が瞬間湯沸かし器にスイッチを入れたかのように一気に熱くなった。そして先程の活動家たちに向かって走ろうとした。しかし夕那は僕の肩を掴んで止めた。僕の肩を掴む力は、女性とは思えないほど強く、まるで横綱力士に掴まれているかのようだった。ゾンビは人間より力強いというのを体で感じた瞬間だった。

「藍一、いこ」

 そして夕那は駅から離れる道へ向かって歩いていった。その後、僕たちが向かったのは畑へ向かう道、夕那がロープから落ちてきた場所だ。

「ここ覚えてる?」
「覚えてるよ、藍一と初めて会った場所でしょ?」

 夕那が突然落ちてきた山道だ。僕はもう使っていない夕那の秘密基地を指さした。

「あそこに住んでたなんて、今でも考えなれないよ」
「意外と楽しかったよ。山へ草刈りに行ったり、川で洗濯したり」
「桃太郎暮らしだ」

 夕那は立ち止まると、両手で大きく桃の形を作った。

「おじいさんや、この桃割ってくれないか」
「しょうがないのう、こうか」

 僕は手を包丁のように見立てて、夕那の作った桃を優しく二つに割った。すると夕那は両手を大きく広げた。

「パッカーン。桃の中には金色にピカピカ輝くゆうな姫がすやすやと眠っていたのでした」
「かぐや姫と混ざってない?」
「いちゃもんつけるなら月に帰るよ?」

 夕那は空を指さした。青い空に半分くらい欠けた白い月が浮かんでいた。

 月は夜光るものとばかり思っていた。だからはじめて昼間にも月が出ていることを認識した時にとても驚いた。でも理屈を知ることで白い月を自然と受け入れる事ができた。

 多分、ゾンビだってそうだ。まだ受け入れられない人もいるのかもしれない。でも僕も夕那と出会って、夕那を知って、そして全てを受け入れた。

 かぐや姫、プロポーズ。千載一遇のチャンスが訪れた気がした。

 不可能の文字が毎ページに書かれている僕の辞書を毎秒千ページの勢いでめくった。そして使えそうな言葉を何とか探し出し、息を飲み込んでゆっくりとしたトーンで話しかけた。

「姫が望むものはなんですか?」
「なんだろうなぁ」

 夕那は心なし着物を着ているような身振りで顎に手をあてた。

「もし、その望むものを僕が用意したら。夕那、僕と結婚してくれないか?」

 プロポーズはストレートが一番だと梨花が教えてくれた。夕那は一瞬目を丸くした。その後、今まで見た事が無いほど柔らかい笑顔を僕に見せて、そして首を小さく横に振った。

「どうして?」
「え?」
「どうして私と結婚しようって思ったの?」
「夕那の事を、愛しているから」

 夕那は先程までの笑顔を一瞬でどこかにしまった。そして強い口調で僕に問いかけた。

「私、ゾンビだよ」

 僕は言葉に詰まった。

「今、政治家もゾンビだし。大丈夫だよ」
「さっきの人達見たでしょ。あれが人間の本音よ。私もゾンビになる前なら、同じこと考えてたかもしれない」
「僕は違う。夕那と、ゾンビの夕那と一緒になりたいんだ」

 僕は夕那の両肩に手をおいた。夕那の肩が少し震えていた。

「藍一、ちゃんと考えてる?」
「当然だよ」
「わたし、こども産めないよ?」
「いいよ」
「ご両親に反対されるよ?」
「いいよ」
「藍ちゃんもゾンビと同じ仲間だっていわれるよ?」
「いいよ」

 夕那は唇をぐっと噛んだ。そして言葉を選ぶように口を開けた。

「藍一が先に死んじゃうけどいいの?」

 僕は決断をしていた。長い袖をめくって涙で溺れそうな夕那に右手を差し出した。

「噛んでくれ」

 夕那は悲しい表情で僕を見つめた。そして一言つぶやいた。

「返事、待ってくれる?」
「なんで?」
「ゾンビは味覚を失うんだよ。藍一は世界を代表するパティシエになるんだから」
「そんなの、どうでもいい」
「どうでもよくない!」
「じゃあ、いつまで待てばいい?」

 夕那はペンで絶望と殴り書きされているバスケットボールを抱えこむかのようにその場に座り込んだ。そしてそのまま夕那は肩を揺らして泣き続けた。

――今の藍一さんの成功をみてると、夕那さんのお気持ちもわかります。

 その時の僕にとっては、どうでも良かったんですけどね。

――藍一さんがパティシエでなくなることは、藍一さんを殺すのと同義だったんじゃないでしょうか?

 じゃあ、なぜ夕那は僕のそばにいてくれたのでしょうか。

――私はあまり恋愛相談は得意じゃないんですが、恋は理屈を飛び越えるのが得意ですから。

#創作大賞2024
#ホラー小説部門



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