氷織屋先生と白犬 1.三年四組【創作大賞2024】
令和六年 三月八日
「こちらお飲み物になります」
カラオケ店のアルバイトがトレイに入り切らないほどの大量の飲み物を並べて部屋へ入ってきた。そしてテーブルにまとめて置くと、そのまま部屋を出ていった。このカラオケ店のアルバイトは手抜きで有名であり、朝の終了時間まで再び部屋に来ることはない。
漠間高校三年四組のクラス全員は、このカラオケ店にある一番大きいパーティールームに集まっていた。卒業式まであと2日。何も問題が起きなければ卒業を迎えることになる。
部屋の中心に三脚を設置し、その上にスマートフォンを取り付けた。その後ろに動画配信者がよく使うドーナツ型のライトもスマートフォンを配置した。
「じゃあ、ここに立って一人ずつしゃべればいいわけ?」
「ライバーみたい」
「お題はスケッチブックで見せるから」
「お前はまだ17歳だからお酒飲んじゃダメだろ?」
「18歳もダメだろ、何言ってるんだよ」
「スマホはあそこにまとめておけばいいのね」
「葛根は後から来るらしいよ」
「先生の写真飾っとく?」
「俺、ちょっと仮眠していい?」
「充電器どこに挿すの?」
「クッション投げたの誰!」
「雪降ってないじゃん」
「ポテトフライ頼んでいい?」
学級委員が部屋の中央で右手を挙げると、それを見たクラスメイトたちは次々に右手を挙げ始めた。全員が右手を上げ終えると、学級委員が手を下ろし、他の生徒も同時に手を下ろした。静寂の中、全員の視線が学級委員に集中した。
「これから始めるのは、遊びじゃないからね」
学級委員は部屋の中央にあるスマホを指さした。
「この棺桶に、全てを残してください。自分の録画が終わったら、隣のRoomBに移動してください。全員の録画を終了したら、誰もいなくなったこの部屋で動画を消去して、埋葬します。そしてデジタル埋葬は終わります」
学級委員はクラスメイトに向けてゆっくりと頭を下げた。お盆の時期の墓地のように、部屋中に線香が置かれていた。
「では、私たち三年四組のお葬式を始めたいと思います」
Room A REC 柿竝 里芙
【高校生活のこと】
学級委員の柿竝里芙です。
高校生活の終わりが近づき、私たちは人生の新たな章の扉を開こうとしています。この三年間で、私たちは知識を深め、友情を築き、青春をしてきました。この文集を開く度に、私たちの心に刻まれた高校時代の思い出が色鮮やかに蘇ります。
私たちの高校生活は、ただの人生における通過点ではありません。それは、私たちが成長し、学び、そして夢を追いかけるための基盤を築く土台です。教室での議論、放課後の活動、スポーツの試合、文化祭、何よりも、私たちが共有した無数の笑顔と笑い声。これらすべてが、私たちの青春の一部となりました。
先生方には、知識だけでなく、人生を豊かにする教養を教えていただき、心から感謝しています。友人たちには、いつも支え合い、励まし合い、共に成長できたことに感謝しています。そして、家族には、絶え間ない愛とサポートを送ってくれたことに、感謝してもしきれません。
そして一緒に学んだ仲間たちの出会い、特に三年四組の皆とは数々の思い出を共有しました。どんなことでも一致団結して立ち向かう戦友です。友達と呼ぶには言葉が簡単すぎるほどの関係だと私は思っています。
これからの私たちの進路はそれぞれです。しかし、高校で一緒に過ごした時間は、私たちの心の中で永遠に生き続けるでしょう。将来何かにくじけそうになるときでも、必ず私たちの心の支えになるはずです。
高校生活は終わりかもしれませんが、人生にとっては新しいスタートです。私たちは、この高校での経験を活かしてそれぞれの夢に向かって進んでいきます。そしていつの日か、必ず再びこの場所に戻ってきて、私たちがどれだけ遠くへ来たかを語り合うことでしょう。
卒業の日、私たちは新しい未来への扉を開けます。これまでの全てに感謝し、これからの新しい旅路に期待を寄せながら、私たちは前進していきます。どんな時でも高校の卒業文集に記された言葉は、私たちの心の中で永遠にダイヤモンドのように響き続けるはずです。
このお葬式が無事に終われば。
20:05
Room B REC
カメラに映っているのは、三十人を収容できる広々としたカラオケルーム。安価なスナックに置かれているような人工皮革のソファが、部屋の前から後ろまで壁沿いに配置されている。通常は部屋の中央にあるはずのテーブルが隅に寄せられており、中央には何もないスペースが広がっていた。
部屋の照明は月明かりに照らされた小さな公園のように暗く、動いているのはミラーボールだけだった。音もなく壁を回る光の玉は、まるで夢の中にいるかのような感覚を与えていた。ミラーボールがゆっくりと回転するたびに、無数の小さな光の点が床に映し出された。光の点は、まるで小さな光を放つ生き物のように床一面に広がり、静かに回っていた。光の点は時折、色を変えながら、赤や青、緑といった様々な色で部屋を彩っている。
そんな静寂が支配する中、かすかに呼吸する音が聞こえる。
20:05
Room A REC 有巣 和夏名
【体育祭のこと】
有巣和夏名です。
「和夏名は前世で応援団長だったと思うよ」という井先の一言で、私は気がついたら体育祭で風軍の応援団長になっていました。
私たちの学校の体育祭は風、林、火、山の四チームに学校のクラスを振り分けて、四つの軍が戦う。私たち三年四組は、一年二組、二年三組の生徒と一緒に風の軍でした。そしてその風の応援団長として私が応援団を率いることになりました。応援団となった仲間と共に、エールの交換や応援のテーマ、風軍のTシャツ作りなどやることはたくさんありました。
ある日、風林火山対抗リレーの時にクラスでまとまって行うエールをどうするかが決まりませんでした。特に団長のソロエールが重要になるので、ここだけは他の軍に負けたくありませんでした。特に火軍や山軍の団長は声も大きい男子なので、とても迫力があったのてすが私はどうしてもあの迫力に勝てませんでした。私はどうして良いか分からなくなってパニックになって教室を飛び出してしまいました。そして中庭で一人泣いて落ち込んでいました。すると井先がクラスに戻ってこいと呼びに来ました。
教室に戻ってドアを開けると。クラスのみんなが突然応援を始めました。
がんばれがんばれ和夏名
がんばれがんばれ団長
応援する側なのに、皆に応援されてしまいました。
私はみんなの応援を聞いて泣いてしまいました。顔がグチャグチャになってるので、ちなみにあの時私を録画していた皆は動画を消すこと! わかった?
応援は一人でやるんじゃない。皆で応援するんだと皆に教えられた気がしました。
体育祭での応援は、エール合戦で見事一位をいただくことができました。皆は和夏名のおかげだと言ってくれましたが、私はあの時に、わたしを応援してくれたクラスのみんなが私の力となりました。
クラスの皆で手を組めばなんだってできる、それを教えてくれたのが三年四組の仲間たちです。私はみんなと同じクラスになれて本当に良かった。みんな本当にありがとう。
これから卒業してもみんなで会いたいな。
20:17
Room A REC 岩府 紗結稀
【文化祭のこと】
はい、岩府紗結稀です。私は文化祭のことを話します。楽しかったよね!
あれは日景の提案で始まったと思う。私は正直日景が最初何を言っているのかわからなかった。だってさ、笑えるお化け屋敷だなんて誰が見に来ると思う? でもクラスの皆はいいねっていうから仕方がなく文化祭委員になった。でも、それが私の高校時代の最高の思い出になるなんて思わなかった。
有佐美、日景、銅口、私が文化祭委員の中心となってお化け屋敷の研究を始めたんだけど、私は遊園地もお化け屋敷も好きじゃなかった。ううん、ウソじゃないよ。それまで一度も行ったこともないし、親にも連れて照ってもらったことはなかったの。
初めて文化祭委員で山佐加遊園地のお化け屋敷に行ったのね。おどろおどろしい古民家風の建物で鼻をつんとつくかび臭い空気、これでもかと無駄に並ぶ白骨、スーパーの半額セールでワゴンに積まれているかのような大量の生首、井戸からモーターで繰り返し出てくる女性の霊の人形。
最高だった。初めて見た私にとってそこは笑いの楽園だった。屋敷の中から出た私は、涙を流して笑っちゃったの。あんなに笑ったのは人生で初めてだったかもしれない。だから私はその日以来、お化け屋敷の魅力に取りつかれちゃったの。おばけに取り憑かれたわけじゃないから、変なこといわないの、そこ! 確か、次の月には日帰りで行けるすべてのお化け屋敷は制覇しました。
ちなみに私たちのクラスの出し物【笑えるお化け屋敷】をワラオバ!と名付けたのは私です。ワラオバの最大の目的は文化祭に来ている人全員を笑わせることでした。
まずは入口を小さな骸骨で埋め尽くして、マッサージ師の霊を一人立たせた。足裏が痛気持ちよくなることで笑うためのテンションを上げてもらうための仕掛け。その他もワラオバの中は合計二十体の霊と六の仕掛けで訪れる人々に怖面白さをアピール。
あれだよね、バズッたの。校庭でやった百メートルろくろ首長縄チャレンジ。あれヤバかったよね、五百万再生ありがとうございます。あ、誰も聞いてないか。洋麻がろくろを握って回すやつ最高だったんだけど。
もう一回やって! ここで!
そうそう!こっちこっち。
最高!
あれ、次の日回し過ぎで首が取れちゃったもんね。
そして大成功に終わったワラオバは、その年の生徒が選ぶ文化祭出し物ランキングで一位を獲得しました! そして私は人生をかけて追い求める趣味を見つけました。私はこれからもお化け屋敷を追いかけて、笑いを追求します!
皆、ワラオバ最高だったよね?
20:25
Room A REC 惠平 日加利
【マラソン大会のこと】
惠平日加利でーす。緊張するので読みます!
わたしは運動が苦手です。
多分子供のころから家で遊ぶのが好きだったせいです。
しんどいことが苦手なのでそのせいでもあります。
たしか、小学校の頃は一度も走っていないはずです。
ちょっと距離を手加減してほしいと先生にいいましたが
はしにもぼうにもかからないって笑われました。
皆走りたいと思っていないのにどうして
こんなに辛いことをしなきゃいけないんだって思いました。
「ロックじゃねえな、日加利」と幾岡に言われました。
さしあたって、マラソン大会をどのように正式な手続きで休めるか考えました。
れん習の時にわざと転んで足の骨を折る計画を思いつきました。
ルックスのよい臼元に見とれていたら、
反対から走ってきた有佐美にぶつかるはずでした。
「忍者かよ」って思わずつぶやいてしまいました。こうして私はマラソン大会に出ることになりました。
吐く息は白く、肌寒い冬の日でした。
ちょっとまだ途中なんだけど!
20:35
Room B REC
一人の女性がドアを開けて静かに部屋に入ってきた。ショートヘアに銀縁のメガネ、白いシャツにジーンズを合わせている。彼女のファストファッションのコーディネートは一見地味に見えるかもしれないが、彼女はその服装では隠せない品格を持っていた。部屋の中央に歩み寄った彼女は、壁に掛けられたポスターや飾り物を目で追った。
三年四組卒業おめでとう
壁に貼られた大きな紙へ書かれた文字が、薄暗い部屋の中で不気味に浮かび上がっていた。左右に飾られた風船も、何となく不安定に漂っているようだった。女性はそれらをしばらく見つめて、一回頷いた。そして、古いシーソータイプになっている照明のスイッチに手を伸ばした。
カチリという音が部屋に響き渡り、部屋はたちまちパーティーの雰囲気に包まれた。女性は満足げに頷き、並べられたソファの端に腰を下ろした。彼女は両手を膝に置き、入り口のドアをじっと見つめていた。キリンのように長く伸びた首は、彼女が上品な家庭で育った証拠のようだった。そのスラリとした首に浮かぶ筋肉は、ギリシア彫刻のような力強さと儚さを感じさせた。
女性は、「あ」という形に口を広げた。
まっすぐに伸びた首へ垂直にナイフが刺さっていた。そしてナイフは九十度ひねられて、まるでダムが決壊するかのように大量の血が女性の首から吹き出した。
女性はうめき声と血を同時に口から吐き、振り返ろうとしてそのままソファの背もたれに顔を埋めた。
しばらく、首の横から血が流れ続けた。首からの血が穏やかになると、部屋に照明のスイッチの音が響いた。
部屋は再び薄暗くなり、ミラーボールの明かりがただの屍と化した女性を優しく照らしていた。
20:16
Room A REC 日景 真
【合唱コンクールのこと】
日景真えーす。ういーす。
合唱コン、マジで最高だった。浄見が指揮者やってくれてマジで良かった。俺はお前が日本一の高校生指揮者だと信じてる。
だって足の骨折って、病室からオンラインで指揮した高校生いるか? 検索してもそんな人見たことないぞ。文化祭の岩府といい、うちのクラスには天才が揃ってる。オンラインで指揮するために設備全部そろえてくれた片倉や清札もマジ感謝。
特に驚いたのは氷織屋先生だ。俺、浄見が怪我する前の日、聞いちゃったんだよ。みんなが帰ってる姿見ながら、氷織屋先生は「浄見が骨折でもして指揮をしたら感動が増すのにな」って言ってた。多分俺しか聞こえてないと思うけど。
浄見がバットで足を殴られたってメッセージ回ってきた時、絶対に氷織屋先生がやったと思った。いつも先生が【成功のための犠牲は尊い】と言っていることを思い出した。
『未来のタネはボクの手の中』は、いい曲だよな。まだあの歌詞覚えている。オンラインでの指揮、涙の合唱、学校の生徒全員の心を虜にしていた。
今は小さい僕ら あの木みたいに伸びてやる
そして未来の僕らは あの木のようにと言われてる
俺達のクラスは金賞だった。
困難を乗り越えるためには人は力を合わせることができる。たった一人の足を折るだけでこんなに素晴らしい結果を手に入れることができた。先生の言うことは全部正しかった。だから俺は氷織屋先生みたいな先生になることに決めた。これからの時代は不透明になる。安定した仕事なんて存在しなくなる。 これから生まれてくる子どもたちに、既成概念を破壊して結果を出していくという方法を教えてあげたい。
氷織屋先生が言うように、俺らは常識に捕らわれすぎているんだ。
みんな子供ができたら俺の学校に転校してこいよ!
20:42
Room A REC 片倉 肖愉夢
【生不思議のこと】
わかちゃんとあまみんと寒河井の四人で学校の七不思議を調べたときのことです。ワラオバのネタを考えてるときに、そもそもこの学校の七不思議はなんなのかと盛り上がったことで調べてることになりました。確か七不思議はこんな感じです。
夜中、給食用のエレベーターから鬼が降りてくる
昔自殺した学生が、高鉄棒で深夜にグルグル回ってる
用務員さんは見た目三十歳に見えるが、実は創立からずっといる。
H棟の階段を登っても永久に屋上へつけない日がある
校門の前の銅像が生身の体に変わる
校舎が生になる
誰かが、ふざけて適当に作ったとしか思えない七不思議だった。特に後半がひどい。校舎が生になるというのは何を言っているのかわからなかった。でも寒河井が絶対に全部見ると言って聞かなかった。そして氷織屋先生に学校に泊まらせてくれとお願いしていた。寒河井は霊感があるらしく、ついていけば一つくらい見れるかもしれないと思っていた。
どうやったのかわからないけど氷織屋先生は学校の宿泊許可をらってきた。ただし男女で問題が起きるといけないから氷織屋先生も一緒という条件だ。そして寒河井の熱意に負けて私たち四人と氷織屋先生で夜中に学校に泊まることになった。
結論だけまとめると給食用のエレベーターから鬼は出てこない、高鉄棒でグルグル回ってる学生はでない、用務員は途中で息子にバトンタッチ、という感じだった。
だから氷織屋先生が持ってきた霊感の上がるラムネを皆で食べることにした。ちょっと変わった味だったけど、背に腹は代えられなかった。だってわざわざ学校に泊まってまで何も遭遇できなかったなんて、来た意味がない。
なんだかフワッとしてきた。霊感なのかなんなのかわからないけども、学校の机が私に語り掛けてきたような気がした。これが霊感なのかとみんなに聞くと、みんなも机も黒板もそうだと言い始めた。今しかないと思って皆で校門に向かった。時間はちょうど夜中の二時だった気がする。銅像の台座まで手をつないでスキップしながら向かった。
そして銅像の前について驚いた。台座の上には何もいなかった。
「ねえ、校庭!」と騒ぐわかちゃんが指さした方を見ると、校庭を走っている人がいた。いや、人のようなもの。体が茶色風で、裸の人だ。手を挙げた女の人をかたどった銅像は、両手をあげたポーズのまま校庭を走っていた。銅像じゃない、生身の体に見えた。寒河井は感激している様子だった。私も恐怖というより感動に近い感情が湧き上がっていた。
そして何か悪寒を感じて私たちは校舎を振り返った。まるでプリンのように校舎がプルプル揺れていた。氷織屋先生が校舎の壁を押すと、校舎は大きく揺れた。
私は感動した。生校舎だって。
寒河井は校舎に合わせてプルプル揺れだした。わかちゃんとあまみんもわらび餅みたいにプルプルし始めた。
氷織屋先生は笑いながら「よかったな、生不思議見れたな!」って私に言った。
私たちは最高の気分になって、教室で朝日を浴びた。帰ろうとして確認をすると、校舎も銅像もいつもと変わらない様子に戻っていた。
あれは夢だったのかと今でも思う。でも生不思議は私たちの目の前で起きた。間違いない。
20:52
Room A REC 鷲崎 和花
【プール実習のこと】
さんねんよんくみ わかちゃんです!
ちゃぷちゃぷだよね。そうだよね。あ、思い出した。男子がいつもきがえのぞきてたののひってるから。男子男子男子だんしだんしだんしししし
えろいなあエロスだよよわかちゃんはゆるちないよ!
ながしばー、なるきー、そめー、いさきー、まだいったっけ。わかんないや。
今日はなんだっけ、なんでみんなであつまってるんだっけ。うーろんちゃ。ラムネ。もももももも。ももももももももももももももももも。
もはおもしろい。いさきはえっち。パンツ反してくれない。あのパンツたかかったんだからね。
そうだ。せんせいはどこ? またあのラムネもらわないと。そろそろなくなっちゃうから。
もももももももも
かなぶん ぶた おに いにいよ はなくさかまらな ねも はさこにつえ
えへへ クイズです!
わたしは、わたしでしょうか?せいかい!だいごもんめです いらっしゃいませ
まさなはか はくぶ しこわい
これでおわり
わかちゃん
わかちやんんんんんー
20:55
Room A REC 井先 倖也
【十年後のこと】
和花連れてって! そうそう水飲ませて。
あ、井先 倖也です。
僕たちに未来があるなんて本気で思ってるのならば、手を挙げて欲しい。十年後に何をしているか。本当だったら二十八歳になってるから。結婚したり、会社起業したり、海外に行ったり色んなところに羽ばたいているはず。
だから和花くるなって。誰か捕まえといて!
なんだっけ。そうそう。十年後の話ね。僕たちは離れ離れになるのは無理だ。僕たちはいつでも一緒にいなければならない。一人たりとも欠けちゃいけない。
理由なんてわかってるだろ? 僕たちは一心同体なんだ。誰ひとり欠けちゃいけない。誰ひとり抜け出しちゃいけない。大島も浄見も鍛冶梁も葛根も。みんなだ。みんな一緒だ。
みんなで一緒に卒業しような。
21:01
Room B REC
薄暗い照明の中、ミラーボールが回っている。
部屋の奥側にあるソファの端には両手を揃えて座っている姿の女性がいる。背もたれに深く体重をかけた様子で目を瞑っている。首からは大量の出血の跡があり、洋服は大量の血で汚れている。その隣にも同様のポーズをした男性がいる。その隣には女性、その隣には男性。現在六人の人間がソファに座っているように見える。七人目の筋肉質な男は右手にマイクを握らされている。遠くからみればカラオケをしている人達に見えなくはない。
一人目の女性の右手が膝の上から落ちた。そしてしばらくブラリと揺れていた。手をつたって流れてくる血液は、手の甲を伝って中指まで到達し、中指の先端に球状の血が溜まっていた。そして女性の右手は再び膝の上に乗せられた。
隣の部屋から何人かの話す声が聞こえる。しかしこの部屋は静寂が支配していた。ミラーボールは無音で回転し、床に血が垂れる音すら響くようだった。
アリジゴクは巣穴を作ったらアリが落ちてくるまで静かに待ち続ける。獲物が入ってくるまでは微動だにせずに。
この部屋は、静かに待っていた。何の変哲もないカラオケルームの顔をしながら、アリではない何かを。
そしてまた、ドアが静かに開いた。
21:12
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