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【創作】題名のない物語 第24話 感謝

 野菜サラダに添えられていた苺を最初に口に入れる。
「何これ、凄く美味しいです。なんて言うか、苺苺しているというか、すごく苺の味が濃いです」
 下手なグルメレポーターみたいなコメントをしてしまい、自分でも恥ずかしいと思うけれど、思いもかけず言葉が飛び出しちゃった。今まで苺だと思って食べていたのは何だったんだろう。
「口に合って良かったです。これ郡山市の田村町にある、ふかや農園さんの苺なんです。東京のレストランとかでも人気があるらしいです。葡萄も栽培していて、うちのワイナリーにも納めていただいています」
 木元さんは自分が褒められたみたいに、嬉しそうな顔をしながら教えてくれた。
「他のお野菜もお試しください。野菜もお肉も、地元の生産者さんと契約した、拘りの逸品揃いということです」
 いわゆる「ドヤ顔」を前に、それは木元さんの手柄ということではないと思うのですがと、少しイジリたくなる。
「なるほど、随分と詳しいようですけど、よく来ているのですか」
「とんでもない、まだニ回目です。職場の先輩に一度連れてきてもらっただけです」
「こんなに美味しいのに、利用しないというのは、木元さんらしくないですねぇ。家から遠いからですか」
「利用したい気持ちはあったのですが、最初に食べて『すごく美味しい』と感動した時、『西野さんにも食べて欲しい、西野さんと一緒に食べたい』という気持ちが浮かんでしまい、自分だけで来る気持ちになれませんでした。今夜は西野さんと一緒に来ることができて嬉しいです。ありがとうございます」
 照れる様子もなく、木元さんが応える。
 暫く逢わないうちに、随分とお話が上手になったんですね。それとも本心からの素直な言葉なのかしら。まぁ、どちらでも良いことにしましょう。今日は美味しい食事を楽しむことが、一番大事ですね。
「で、店の名前もarigatoということですか」
「偶然ですが、西野さんへの感謝を伝えるのに、ピッタリの店名でした」
 運ばれてくる料理を食べながら、木元さんが店のことを教えてくれた。原子力発電所事故の後、風評被害で苦しむ農家さんたちの力になりたいと考えたオーナーが始めた店で、木元さんが勤める「元宮ワイナリー」と同じコンセプトを持ち、農家さんとお客様のことを大切に考えているお店ということですか。なるほど、お客様のことを考えているからお値段もリーズナブルなんですね。
「うちのワインはまだ置いて貰えないんですけど。いつか、ここの料理とのマリアージュも、西野さんと一緒に楽しみたいです」
 と言われた時には
「いつかじゃなくて、早く実現できるよう、ちゃんと営業してください」
 返してしてしまいました、厳しいようですけど、木元さんならできるはずです。

 ジャズをBGMに、多くの女性客で賑わう店内では、お酒を楽しんでいる人も多い。メニューには日本酒やワインなど、食材に負けない質の高いお酒が掲載されているように見える。
 賑やかな女性客の中で、独りで食事をとるのは、居心地が悪いから木元さんは店を利用できなかったのかもしれないですね。相変わらず友達が少ないみたいですし。そう言えば、カウンターに独りでいた中年の男性は、肩を小さくしながら食事をしていたように見えましたね。
 木元さん、私が郡山に来たから二人で一緒に来ることができて良かったですね。
「今日は西野さんの歓迎会ですから、食事代は持ちます」
 食後の珈琲を飲み終わり、会話が途切れたところで、木元さんが伝票を持って立ち上がる。
 変わらないスマートさは嬉しいですけど、ちょっと残念な気もしますよ。逢えなかった期間があるということが。

「お会計は、大沼様からいただいております」
 レジの女性から告げられた木元さんが私の方を振り向く。いや、私にどうしろと言うのですか。
「大沼さんって、誰ですか。このお店の方ですか」
 木元さんが
(ああっ)
 と、声にならない声を発して天井を見上げ、ポンッと額に手を当てて納得したようにレジの担当者に挨拶した。
 店のドアを開けながら教えてくれる。
「大沼さんって、多分ですけどワイナリーに時々来てくれるお客さんです。この店のことも話をしていたような気がします」
「その人が私たちの食事代を出してくれたのですか。木元さんそんなに親しいのですか」
「いや、そんなに親しくは無いのですが、熱心なワイナリーファンだと聞いています。『変わった人』だと聞いていますので、変わったことをしたかったのでしょう」
 変わった人に変わった人と言われるということは、逆にまともな人なのか、物凄く変わった人なのか良くはわかりませんが、木元さんが頑張っている御褒美ということで、御馳走になることにしましょう。塚原課長といい、木元さんは変わった人に好かれるんですね。
 木元さんの車までは、ほんの少しの距離しかないけれど、彼に寄り添い腕をそっと絡ませた。

(第24話 おわり)

第1話

#創作大賞2025
#恋愛小説部門

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