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【創作】題名のない物語 第22話 枯草

 経理課有志による「中村さんの結婚を祝う会」から帰宅して真っ先に窓際に駆け寄る。植木鉢で栽培していた紫蘇は、新しい葉に命をつなぐことなく、完全に枯れてしまっていた。
 十一月末で木元さんが退職していなくなり、中村さんは十ニ月末で急遽退職することになった。
「この子とも、さようならか」
 思わず口に出してしまったせいか寂しさが全身に広がる。木元さんと浅草寺を参拝した後に露店で買った紫蘇の苗。夏から同じ部屋で一緒に過ごし、他の人には言えない、木元さんとの話を聞いてくれていた。いつかはあなたを使った料理を創り、木元さんに食べてもらいたかったけど、もう終わりだね。木元さんの話をすることも、木元さんに料理をすることもないのだから。短い時間だったけれど一緒にいてくれてありがとう。
 あなたが家にいたことを知るのは、世界で一人しかいない。一年にもならない短い期間だったけど仲の良い友人として一緒に過ごしてくれた人。
「何で紫蘇なの」
 笑いながら聞いてきたけど、私が切ない想いで紫蘇を選んだことに気づかない鈍感な人。
 花が咲くような関係じゃないもの、実を楽しめるような間柄じゃないもの、美しい花も美味しい実も成らなくても一生懸命に生きようとする紫蘇が愛おしく思えたんだもの。
「今まで、一緒にいてくれてありがとう」
 植木鉢の中の命だったものに別れを告げ、迷いながらLINEを送る。このこを知るもう一人に報告だけはしておこう。
「紫蘇が枯れてしまったの」
 多分、もう寝ているだろうし「これからはLINEもしない方が良いですよね」と語った頑固な人は、レスをしてこないだろう。それでもいい、何か答えが欲しいわけじゃない。ただ、少しだけでも心を重ねたかっただけ。
 掌の中でスマホが震えた。
「紫蘇は、君と一緒に暮らせて幸せだったと思う」 
 狡い人。人が落ち込んでる時に変な優しさを見せるなんて。
(じゃぁ、あなたは)
 一度、入力してから取り消す。じゃぁ、あなたは私と過ごして幸せだったの。それを手放して故郷に帰った今も幸せでいられるの。「ハチミツとクローバー」という古い漫画の一場面が心に浮かぶ。
『実らなかった恋に意味はあるのだろうか』
 紫蘇は枯れましたよ、何も実りませんでしたよ。「幸せだったと思う」ですって。過去形にしないで、ちゃんともっと幸せになりましょう。
 あなたとの縁を断ち切ったのは私ですけど、私たちはまだ生きているんですから、ここからでも何かを生み出せると思いませんか。
 そのために私は何ができるのか、何をしなければならないのか。ハードルは高いし、上手くいく保証はないけれど、大事なことはこれからどうしていくかです。
 私は幸せになりたいです。
 そんなことを考えながら、もう震えることがないスマホをテーブルに置いた。
(第22話 おわり)

#創作大賞2025
#恋愛小説部門

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