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【創作】題名のない物語 第13話 発芽

 会社に就職してからは覚えなくてはいけないことが多過ぎて、今までは他の部署を見ている余裕は無かったけれど、ちょっと意識してみると塚原課長から叱責を受ける職員は時々いて、「なんだとー」という塚原課長の声がフロアに響くことがあった。それが鳴ると、数人の職員はちょっと期待の表情で哀れな生贄に目を向ける。そして、その生贄を木元が救うのが基本的なシナリオのようだった。
(木元さんにあの時のお礼を言わなくてはならないのでは)
 ぼんやり考えることがあったけど、そのためだけに木元さんの近くに行くのも何か変な気がした。
 あの時、木元さんが塚原課長の邪魔をしなかったら、本当に会社を辞めていたと思う。塚原課長の理不尽さだけでなく、こんな人を管理職にするという会社に対する不信感も強く感じた。けど、中村先輩が言う「ツーカギレイ」という言葉はなかなか適切だったみたい、中村先輩以外の方々からも「大変だったわねぇ」「聞いたわよ」という感じで、慰めとか励ましとかの言葉をたくさんいただいたので、「仲間意識」が急に高まり、人間関係がとても良くなった感じがした。

 それに後から塚原課長が「詫び」を入れにきたと課長から聞かされた。詫びを入れる相手は課長ではなく私では、と思わなくもなかったけれど、まぁ、根っからの悪い人ということでもないみたいだから、あのおかげで新しいことを学べたことに少し感謝しても良い気もします。

 そんなこともあって塚原課長の職場を意識していたら、ちょっとしたことに気づいた。
「中村さん、塚原課長のところって、残業代とか交際費が他課や営業所よりも断然少ないのですが、やはり塚原課長が厳しいからですか」
 気づきを言葉にしてみた。わからないことをそのままにはしておきたくない。
「あっ、気がついた。それは塚原課長というよりも木元さんが採用されてからみたいよ。あの人営業のくせに接待とか残業が嫌いですぐに帰るんだけど、周りもつられて同じ感じになったみたい。で、結果として課全体の数字が下がったのよね」
「そうですか。でも営業成績自体は悪くないですよね」
「そうなのよ。悪くないどころか大きな売り上げは無いけど、コストをかけてないから利益率は高いのよね。まぁそれだけ他の部署が無駄な経費をかけているとも言えるんだけどね。営業の人たちは交際費名目で自分たちが飲んだり食べたり、無駄な残業したり狡いわよね。ま、ヒツヨーアクな部分もあるのでしょう。塚原課長と一緒で」
 中村さんは自分の言葉で笑っていたけど、そんなに面白い話とは思えなかった。 
 木元さんは「変わった人」みたい。そういえば、社の歓迎会の時に色々と話かけてきたり、連絡先を交換しようとしたりした男性がいたけれど、木元さんとは話をしてない気がする。誰とも連絡先を交換してないから確認することができないけど。その後には影で「お高くして」みたいなことを言う人もいたみたいですけど、お父さんに子どもの頃から何度も言われているんです。
『出会ってすぐ口説いてくる異性は、愛ではなく恋で動いているので駄目だ。恋にあるのは下心だからな』
 そういうお父さんは、お母さんと最初の職場研修で知り合い、すぐに付き合い始めたことを聞いているから、出会ってすぐに恋が始まるのも悪くないとは思うけど、すぐに連絡先を聞いてくる異性は信用できないというのは、自分の経験や友達の話から考えても納得できるもんね。

 木元さんは誰にも連絡先を聞いたりしないのかしら。新しい疑問が湧いてきたけど、わざわざ確かめに行く気にはならなかった。

(第13話 おわり)

第1話

#創作大賞2025
#恋愛小説部門

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