見出し画像

【創作】題名のない物語 第6話 中央大橋

 八丁堀駅近くのラーメン屋に入った木元は、なんとかの一つ覚えで「激辛ラーメン」を注文した。素早く提供された豚骨ラーメンに赤い辛味を入れて口にしたものの、何だか味気ない気がした。手早くかき込んで会計をしようとすると、レジに立った店員は何か言いたそうな表情をしていた。木元は聞かれてもいないのに
「すいません、美味しかったのですが、お昼に食べ過ぎたみたいです」
 と伝えた。普段は替玉をニ個、多い時は三個注文する男が、替え玉をしないで帰ると言われたら、店としては心配になるだろう。お客の体調のこととか、味のこととか、接客のこととか。
(体調は問題ないけれど「恋の病」とか言うものに罹患しつつあるのかもしれない)
 考えながら、自宅を過ぎて墨田川まで歩いた。

 漫画「3月のライオン」に登場する場面と同じ構図で中央大橋を見上げた。木元は自分が物語の主人公になったような気持ちで、この橋を見上げる日が来るとは考えてもいなかった。
 潮を含んだ風を鼻腔に感じながら、川沿いを海に向かって歩く。
(自分が主人公だとしたら、この物語にどんなタイトルをつけるかな。駄目だ良い考えが浮かばない。そもそも物語になるのかもわからない)
  ポン ポン ポン ポン
 船が走る音が聞こえ、足を止めた。川向うのタワーマンションのまばらな灯りを見ながらぼんやりと考える。
(遅くならないタイミングでLINEをしなきゃな)
  美術館でのことを思い出す。
「御縁を大事にさせてください」
 咄嗟に出た言葉としては、上出来だったと思った。自分に好意を寄せられているかもという期待値はゼロでは無かったが、そんなことはあり得ないと打ち消しながら美術館に向かった気持ちも思い出していた。
(西野さんが好意を抱いてくれているとしたら)
  それを受け止めたいと感じ、同じくらい抵抗感を抱いた。学生時代から人間関係を深めることを避けてきたので、どうしてよいかわからなかった。
「まずは、正直に話をしよう」
 川に向かい、自分の気持ちを言葉にして伝える覚悟を決めた。
 この先、西野の気持ちを受け止められるのか、自分がどうしたいのか、今は考えがまとまらないけれど、好意か恋なのか、わからないままだったが、ハッキリしている気持ちが一つだけあった。
(西野さんと付き合うことはできない。そのことをちゃんと伝えよう。この高鳴りが消えるのは残念だけど、自分が自分でいるためには、曲げられないものがある。誤魔化したり隠したりしないで、正面から向き合おう)
 寒さのせいで耳に痛みを感じたところで、自宅に戻ろうと歩き始めた。木元としては付き合うつもりは無いけれど、歌をもう一度聞きたいと思うのはわがままなのかとも考えたが、考えるだけ無駄なことだと思考を止めた。答えは西野しか知らないのだから自分は誠実であることだけに務めようとだけ考えた。

 冷たいけれど、優しい風が後ろから吹き抜けていった。

(第6話 おわり)

第1話

#創作大賞2025
#恋愛小説部門

いいなと思ったら応援しよう!

福島太郎 サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。  皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。