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【創作】題名のない物語 第20話 追肥

 いつもどおり誰よりも早く職場に着いて、自分の課の机を拭く前に、コソッと営業ニ課の木元さんの机にブラックサンダーチョコとメモを入れた袋を置く。メモには昨夜のお礼と私のLINE IDを書いておいた。木元さんといると話のペースが狂わされてしまうので、LINEで情報収集することにしましょう。

 男性というよりも、変な生き物に対する「学術的興味」みたいな感じでなんだか気になるし、昨夜は児童心理を勉強していた時の「子どもに対する接し方」を思い出したりした。
『子どものペースを大事にすること』
  そんなことを考えながら仕事をしつつ、木元さんからのLINEを待っていたけれど、昼休みも夜も、翌日を過ぎても木元さんからのLINEはこなかった。

 何様のつもり。

 偶々、木元さんが給湯室に向かった姿が見えたので追いかけてしまった。インスタントコーヒーにお湯を入れる背中が楽しそうで、少しイラッとしてしまう。振り返った木元さんが何も言わず、軽く会釈して横を通り抜けようとしたから、少し体を寄せて壁に手を当てて行く先を遮る。お、これが壁ドンってやつですね。
「メモは見てくれましたか」
 木元さんの目が天井の方を向いて泳ぐ。
「見ました。お菓子ありがとうございました」
「じゃぁ、どうして連絡してくれないのですか」
「LINEアプリを入れてないのです」
 LINEアプリを入れてないなんて、今どきありえないと思いますけど、嘘は言っていないように見えますね。
「携帯番号の方がよかったですか」
「いや、後でアプリを入れてLINEします」
 壁から手を下ろし体を横にずらす。木元さんは逃げるようにして自席へと向かった。そんな取って食べたりしないですよ。
 LINEが来てもスルーしようかしら。そんなことを考えながら紅茶を淹れる。何か淹れていかないと、突然席を立った変な子になってしまう。優しく少し甘い香りが広がる。
『少し変な子だけど、悪い子じゃないのよ』
 以前、実習に行った施設の先生の言葉を思いだした。そうか、あの施設でも同じ紅茶を使っていたはず。給湯室に来る度に感じていたデジャブの正体を知ることができてよかった。
 園の隅っこで、一人でボーっとしていることが多かった、集団行動が苦手で皆からおいていかれることが多かったあの子は、今はどうしているのだろう。多分、今もみんなには馴染めず、一人でいるのかもしれない。今ならあの子に伝えることができるのに。
「焦らなくて大丈夫。色々な人がいて会社も社会も動いているから、君は君のままで良いんだよ」
 あの子はどんな風に成長したのかな。私は成長しているかな。カップを両手で包み込むように持ちながら自席に戻った。

(第20話 終わり)

第1話

#創作大賞2025
#恋愛小説部門

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