【創作】題名のない物語 第9話 夜路
玄関で西野がぎこちない笑顔を見せながら
「リストランテ ウエストフィールド閉店です。これまでありがとうございました。一人で帰れますからここで大丈夫です」
告げて頭を下げた。木元は、まだ話したいことがあると感じながらも、言葉どころか声にもならず、くるりと向けられた背中を、強張った顔で見ることしかできなかった。
カタン。
静かな音とともにドアが閉まり、二人は職場の同僚に戻った。
(追いかける訳にはいかない。彼女の恋を応援しなきゃ。僕ができる唯一つのことは彼女の幸せを祈ることなんだから)
どのくらい玄関先に立ちすくんでいたのかわからないまま、木元は頭をぶんぶんと横に振った後、コートを羽織って外に出た。通路に西野の香りが残っているような気がして鼻の奥がツンとした。外に出ると深夜の冷たい空気が目と耳に痛かった。未練を断ち切るように駅とは反対方向に踏み出し、コンビニの前を横切り墨田川へと向かう。ライトアップされた中央大橋の白い鉄骨が天に伸びていた。
空には、星も月も見えない。
視線を落とし墨田川の河川敷を目的もなく川上に歩き出す。去年の冬は西野との未来を考えながら川沿いを歩いたことを思い出しながら、こんな未来を迎えるとは考えていなかった自分、ちゃんとした道を選べなかった自分が悔しく情けなかった。
暗い川はいつもと変わらずに流れていた。川向こうのタワーマンションに灯りはほとんどなく、大きな墓標のように聳え立っていた。
(今は痛いくらいの悲しさで胸が一杯だけど、いつか、この痛みに慣れる日が来るのだろうか。いや、慣れなくても耐えなきゃ。まだ生きているのだからここから何かを生み出さなければ。そのために、僕は何ができるのか何をしなければならないのか。大事なことは、これからどうしていくかだ。上手くいく保証はないけれど)
決意を胸に顔を上げる。永徳橋の先にはスカイツリーの暗い影があり、浅草寺を参拝した時に露店で紫蘇の苗を買った西野を思い出した。
「何で紫蘇なの」
答えは無く、笑顔だけが返ってきた夏の夕暮れ。
何度も西野と一緒に過ごすことができて幸せだった。それはかけがえのない宝物として心に残っていた。
(西野さんに出会うことができて幸せだった)
木元は天を見上げた。東京の空は暗い闇にしか見えないけれど、雲や暗さの向こうに星はある、空の上では輝いている光があるはずだと自分に言い聞かせた。
古い歌が口から溢れた。
「上を向いて歩こう、涙がこぼれないように」
(第9話 おわり)
第1話
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