見出し画像

【創作】題名のない物語 第8話 帰路

 二人が初めて食事をした冬から春夏にかけて、西野に誘われるまま二人で一緒に出かけたり、食事をしたりと同じ時を重ねた。木元の中では異性の友達というものがどういう存在なのかは曖昧なままだったが、会う度に心が惹かれていくことを自覚していた。
 故郷に帰ることを諦め、このまま西野と生活していく選択肢もあるのではないか。そんな迷いを抱きながら、故郷での就職活動を行うときには「天職」という言葉の意味を考えることもあった。
(去年と今年と就職活動をして、地元企業に採用されないということは、天がそれを否定しているのかも叶わぬ願いなのかも知れない。自分勝手な話だけど、西野さんが受け入れてくれるのならこのまま東京で暮らしていくことを真剣に考えるべきなのかな)
    木元が職場の同僚から聞いた話では、西野と一緒に出かけたりしている男は木元以外にはいないようだった。連絡先も教えて貰えないらしい。木元は自分が唯一、男性の友達ということに嬉しさを感じながら、もう一歩踏み出したくなる気持ちを抑えきる自信も自覚も揺らいでいた。
(クリスマスが来る前に勇気を出すべきかな)
 三日後に故郷にあるワイナリーから12月1日付けでの採用通知が来る未来を知らないまま、木元は待ち合わせ場所に向かった。

 生き生きとした海の生き物を二人で楽しんだ後、夕暮れの街を駅に向かい歩きながら西野が話し始めた。
「唐突に感じるかも知れませんが、こうして二人で過ごすのは、今日で終わりにしていただけますか。勝手な女と思うかもですが………好きな人ができました。その人のために、木元さんと職場以外では会わないようにしたいのです」
(僕に拒否権はない。けれど何だこの全身から力が抜けるような感覚は。こうして突然に世界の終わりが訪れるものなのだろうか。いや、多分、兆しはあって、西野さんはサインを送っていたのだろう。僕が気づかないせいで、辛い思いをさせたのかもしれない。けど、彼女の心を何よりも大切にしなきゃな。西野さんに好きな男がいるのなら恋の邪魔にならないようにしよう)
「わかりました。これからはLINEもしない方が良いですよね」
 西野の顔が強張る。
「そういう素直なところを、私は思いやりと理解していますけど、普通の子ならガッカリするところですからね。気をつけた方が良いと思いますよ」
(あぁ、彼女を傷つけたかも知れない。せめて、この後の時間は選択を間違えないようにしなくては。残り僅かな時間だとしても、少しでも楽しい時間を重ねておきたい。けれど彼女に好きな男性がいることを考えると、これ以上一緒に居てはいけないよな)「夕食は特に予約とかはしてないので、このまま食べずに解散しますか」
 西野から怒りのオーラが立ち上がる。
「ちゃんと話を聞いていますか。『今日で終わりに』と言いました。今日はまだ終わらないですよ。余裕で晩御飯を食べる時間がありますよね」
「はい、申し訳ありません」
「罰として、夕食の場所は私が指定します。良いですね」
( 財布に現金は数万円しか無いけれど、カードが使えれば大丈夫かな)
「もちろんです。どんな高い店でもエスコートさせていただきましょう」
    西野が木元の少し前に出て、振り返りながら店を指定する。
「素直で何よりです。では、今夜はリストランテ・ウエストフィールドにします」
「行ったことがない店ですね。フレンチ、それともイタリアンですか」
「ジャンルはこれから決めます。材料とお客様次第になりますから」
「無国籍料理という感じですか、珍しいですね」「うーん、国籍は日本ですから、和食ベースかも知れません。決めるのはお客様です」
「何とも、不思議な店ですね。場所はどこになりますか」
「八丁堀駅の近くらしいです。このまま京葉線で行けます」
「八丁堀にそんな店がありましたか。全く知りませんでした。最近出来た店ですか」
 西野が噴き出す。
「最近も何も、リストランテ・ウエストフィールド。本日オープン本日閉店です。一夜限りのレストラン、チーフシェフは私、スーシェフは木元さんになります」
(西=ウエスト、野=フィールドということですか。八丁堀ということは、僕の家ということなのでしょうか。けど、それを確認したら怒られるんだろうな)
「では、チーフシェフ、仕入れに同行していただいてよろしいですか」
    西野はお道化た、大きなリアクションでうなずいた。

(第8話 おわり)

第1話

#創作大賞2025
#恋愛小説部門



いいなと思ったら応援しよう!

福島太郎 サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。  皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。