【創作】題名のない物語 第5話 岐路
美術館を出て二人で東京駅に向かおうとしたところで、西野が木元に話しかけた
「ところで、この間、食事をした日のことですけど」
思わせぶりな表情を浮かべ、木元が戸惑うのを楽しむ素振りで続ける。
「偶然、帰りが同じようなタイミングになったと考えていませんか。まぁ、偶然同じ日に残業になり、偶然同じようなタイミングで仕事を終えて、偶然食事をともにした、というのも運命的な感じで面白いですけど、そうなるように頑張った子がいた。というのもいじらしいと思いませんか」
言い終えて屈託なく笑う。木元は白旗を上げることを決めた。
「偶然にしても、必然にしても、この御縁を大事にさせてください」
「そうですね。大事なことは、これからどうしていくかですかね。今日は帰るにしても」
今度は返事が間違いではなかったことに安堵した。
「いいわけ、するみたいで何ですけど石橋にかけて断るつもりなんて全然なくて、単純にこの美術館が好きなのです。ここに来ると安心するので、一緒にいても緊張しないでいられるかな、ということでの選択したんです」
休日の八重洲口周辺は車も人通りも少ないので、木元が訥々と話す言葉がちゃんと西野に届いている。
「モネの絵を見ていると、故郷の風景を思い出す。特に、水辺の風景や風を感じる絵が好きで、時々来ている。という話は、さっき聞きましたから大丈夫ですよ。石橋の話は、木元さんが『このまま帰ろうと意地悪を言う』ことに対するお返しです。美術館の次を考えてくれていなかったことに、ガッカリしましたよ」
意地悪と言いつつも、怒っていない様子を見た木元は「止まらなくては」という意識の壁が崩れていく。意地悪なんかしたくない、喜んで欲しい。
「今日の次をちゃんと考えて、後でLINEします」「わかりました。今日のところはお別れですね」
八重洲口に着いてしまい、西野が素直に去ろうとする態度に、木元は少し残念だと感じた。
(To be, or not to be, that is the question.)
木元の胸に古い戯曲の台詞がよぎる。
(あの主人公の選択は悲劇を生んだけれど、僕は間違えないで進むことができるのだろうか。もしかしたら、既に間違えた選択をしてしまったかもしれない)
「では、また職場で」
西野は軽く頭を下げると改札に向けて足を進めた。
木元が八重洲口に背中を向けると有楽町や銀座周辺はクリスマスを感じさせるイルミネーションが街を輝かせていたが、木元が向かう八丁堀の方面は暗い建物ばかりだった。
木元は小さくため息をついた。
木元が住む賃貸マンションまでは歩いて三十分ぐらいなので、いつも歩いている慣れた道なのに少し足が重く感じていた。
(まずは腹を満たすことにしよう、ふわふわしたケーキじゃ落ち着かないよな)
気を取り直して、行きつけのラーメン屋に向かって踏み出した。下町風情が残る自宅近くに戻れば気持ちも落ち着くだろうと考えていた。
(第5話 おわり)
第1話
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