【創作】題名のない物語 第12話 開花(西野編第1話)
「西野君、ちゃんと聞いているのかぁ」
(どうして私が叱られなきゃならないの)
そう考えた瞬間から、目の前でキャンキャン吠えている塚原課長の声が遠くなった。先輩から
「塚原課長の判子が漏れているから貰ってきて」
と頼まれてきただけなのに「今どき判子なんて経理の制度がおかしい」とか「こんな忙しい時に来るな」とか「若い世代は駄目だ」とか言われても、私には関係ない話ですよね。「給料泥棒」と言われた瞬間に
「では、もう辞めさせていただきます」
という言葉が頭をよぎっちゃった、もともと好きで入った会社でもないし。
「塚原課長、お話し中にすいません」
斜め後ろから声が聞こえて、塚原課長が顔をしかめた。声の主は私の隣に来て話を続けた。
「例の田中商事の件で、少し確認したいのですが」
塚原課長の返事を待たずに書類を塚原課長の机に広げた。空気の読めない人らしい。ちらっと横目で顔を見たけれど目立つタイプじゃないから、名前は知らない。
「木元、お前なぁ、それって今しなきゃならない話かぁ」
塚原課長、それ同意見です。木元さんという人を見ると、はにかむような顔で「はい」と応えた。
「しょうがないなあ。西野君、書類貸して」
塚原課長は書類にポンポンポンと判子を押してから返してくれた。
(どうせ押すならさっさと押してくださいよ)
そう思いながら自席に戻って先輩の机に書類を置いたら中村先輩が話しかけてきた。
「災難だったわねぇ、塚原課長は新人を見ると必ず、マウントをとりたがる人なのよ。ま、ハラスメントみたいに思うかもだけど、わが社のツーカギレイみたいなものだから、我慢してね」
そんな通過儀礼は廃止にしてください。ハラスメントみたいではなく、ハラスメントです。
「ただねぇ、あれでいて部下想いのところもあったりして、部下を庇って上の人に楯突いたりもするのよ」
だからといってハラスメントをしていい理由にはなりません。なんて駄目な会社なんでしょう。
「木元さんもねぇ、早く助けてくれればいいのに、もっさりしているというか何というか。塚原課長を止めるのは木元さんの仕事なのに」
え、助けてくれたの。単に空気が読めないだけじゃなくて、私を助けるために塚原課長に話かけたということなんですか。振り返り塚原課長を見ると、楽しそうに木元と談笑していた。
「そういうものなのでしょうか」
「そういうものよ。後ね、うちの課長と塚原課長は同期で、塚原課長はうちの課長をライバル視しているから、うちにはことさら厳しいのよ。ま、これからも色々と教えてあげるから、仲良くしましょうね」
中村先輩が微笑んできたので、作り笑いで返した。課長たちの軋轢は、塚原課長のところに行く前に教えて欲しかったです。と言うのは我慢します。
窓の外では春の暖かい日差しが道行く人を包んでいるのが見えた。何となく楽しそうに見える。これから週末にかけてニュースやネットでは桜の話題が増えるのでしょうね。
とりあえず気持ちを切り替えて目の前の仕事を片付けることにしましょう。もう少し、ここで働き続けるのも有りかな。
(第12話 おわり)
第1話
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